【桜双】【急募】桜時さんに落ち着いて恋をする方法(※ギャグ)

――六月。
徐々に気温が上がり、夏の訪れを感じ始めたある日。
リアンがお世話になっている甘味屋が新しいお店を出すらしく、桜時さんが店主としてお祝いのご挨拶に行くと聞いてわたしは同行を申し出た。
少し遠いし一人でも大丈夫だよ、と桜時さんは言ってくれたけど、遠いならなおさらと食い下がったのだ。(桜時さんと少しでも一緒にいたい)
そして当日の朝――いつもは和服姿の桜時さん(とてもかっこいい)が珍しく洋装を着ていたときの衝撃といったら……。
「挨拶に行くときぐらい、ちゃんとした格好しなよって、葵ちゃんに怒られちゃってねぇ」
「な……! 桜時さん、ま、まさかその格好でお外にお出かけを……?」
そんなかっこいい桜時さんを、無料で街の人たちに……?
「ありゃ、どこか変かい?」
「うう……いえ……とてもお似合いです……葵くんにあとでお礼をしておきます」
ぐっと唇を噛んで、もろもろを口走らないように興奮を抑える。なんとか深呼吸をして、その場は事なきを得たのだった。(お触りはしたけど)

用事はすぐに終わって帰り道。
古い宿街は昼食の支度や宿の掃除で少しだけ慌ただしかった。
そんな中、桜時さんのズボンのポケットに手を入れたい欲望をなんとか抑えながら、隣を並んで歩く。
「ごめんねぇ、お嬢ちゃん。ついてきてもらっちゃって。疲れてないかい?」
「全然ですよ! 桜時さんと一緒にいられて、むしろ元気いっぱいです。それにわたしが来たくてついてきたので、気にしないでください」
そう答えながら桜時さんを見上げると、洋装のシャツから大胆に覗く胸元にまた目が離せなくなる。
「あう……桜時さん、それ……」
「ああ、これかい?」
胸をさわさわしてもいいか聞こうと思ったんだけれど、勘違いした桜時さんが慣れない様子でサスペンダーをつまむ。
「普段はほとんど和服だから、やっぱり落ち着かないねぇ……」
眉尻を下げて笑う桜時さんへの愛おしさで、爆発しそうになる。危険な男、桜時さん。朝から落ち着かないのは、桜時さんだけではない。
「そうなんですね、でも……」
桜時さんの足元に視線を向けると、舐めるようにその姿を目でなぞる。(これで何度目なのか数えるのは、もうやめた)
大きな革靴、体格の割に細い脚、華奢な腰、弛んだシャツ、サスペンダーの隙間、無防備に開いたポケット、シャツからうっすらと透ける肌、引き締まった胸元、袖から覗く太い腕……。
「ん、なんだ?」
優しい目で見下ろされ、胸がいっぱいで息が出来なくなる。

「ううう、今日の格好、本当にすごく素敵です! すごく! 今日一緒に来れて本当によかったです! もし今日の桜時さんを見逃してたらと思うと……なんて恐ろしい……」
「はは、お嬢ちゃんにそんなに褒めてもらえて嬉しいよーありがとな」
安心した様子で目を細めた桜時さんが、不意に空を見上げる。
「……桜時さん? もしかして、空から歓声が……?」
「いや……なーんか空模様が怪しいなって思ってな」
確かに、厚く不穏な雲がこちらに流れてきている。
「ほんとだ、今は梅雨の時期ですもんね。あまり長居しないで、早く帰った方がいいかもしれま――」
そう言いかけたときだった。
「お嬢ちゃん!」
声とともに、桜時さんに手を引かれる。
「わっ……!」
そのまま大きな腕の中に引き込まれたかと思うと、桜時さんはわたしがいた場所にくるりと背を向けた。そして次の瞬間――
バシャン!
水が溢れる音がしたかと思うと、今度は降ってきた小さな桶がカラカラと音を立てて地面に転がる。
「え……?」
「……っと、お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
その声に答えようとすると、ポタポタと冷たい水が顔に滴った。はっとして桜時さんを見上げると――
「ぎゃー! 桜時さん、びしょ濡れじゃないですか! 大丈夫ですか!? 怪我は……」
頭から水をかぶった桜時さんが、声を上げるわたしを見下ろしていた。
「はは、大丈夫よ、ちょっと濡れただけ。何も当たってないから怪我もないよーお嬢ちゃんこそ濡れてないかい?」
「わたしは全然濡れてないです! すみません、かばってもらって。あ、桜時さん、濡れて前髪が落ちて……え……あ……かっこいい……う……」
びしょ濡れ桜時さんの溢れ出す色気に混乱していると、すぐ近くの宿からバタバタと誰かが降りてくる。
「あー! すーみませーんっ!」
大きな声とともに、小さな男の子が焦った顔でこちらに駆け寄ってくる。そして濡れた桜時さんを見ると、涙目になりながら頭を下げた。
「ご、ご、ごめんなさい! 手伝いで二階の窓手摺の花に水をやってたら、手が滑って……ど、どうしたら……女将さんに…でも今女将さんは外で……うう……」
慌てている男の子を見て、桜時さんは優しく目を細める。わたしから離れると、男の子の前にゆっくりとしゃがんで視線を合わせた。
「へえ、まだ小さいのに宿のお手伝いしてるのかい? 偉いなーいくつ?」
「む、六つです……」
「お、六つで働き者かーおじさんも見習わなきゃねぇ」
桜時さんはそう笑うとぽんぽんと男の子の頭を撫でる。そして立ち上がりながらおもむろに煙草を咥えると、いつものようにぱちんと片目を閉じた。
「今日は暑いからねぇ。これくらい歩いてれば乾くから大丈夫よーお手伝い、ご苦労さん」
拾った桶を、わたしが男の子に渡すと、桜時さんはひらひらと手を振る。わたしも男の子に、お手伝いがんばってね、と声をかけると、桜時さんを追ってその場を後にしたのだった。

少し歩いて街を抜け、あたりは田舎道になっていた。桜時さんはようやく咥えていた煙草を箱に仕舞う。
「……しけっちゃったか。帝都に戻ったら新しいの買うかねぇ」
いつもと変わらぬ様子でそのまま歩き続ける桜時さんを、わたしは慌てて引き止める。
「待ってください、桜時さん、本当に歩きながら乾かすんですか?」
「ん、そうだよーリアンに着く頃には乾くだろうしねぇ」
「そうかもですけど……それはいくらなんでもだめです」
水に濡れた前髪を邪魔そうにかきあげた桜時さんが、首を振るわたしを見て少し困った顔をする。……でも負けない。
「夏だから乾くとは言え、風邪引いちゃうかもしれませんし、それにそんな、せいて……濡れた桜時さんは、いろんなものが出てるのでだめです」
「だめかい?」
「はい、とってもだめです」
さっきまで、シャツからうっすらとうかがえた程度の肌が、今はしっかりと、くっきりと、はっきりと透けている。……というか見えている。筋肉の形が浮き彫りになり、溢れ止まることの知らない大人の色気……。
こんな姿をわたし以外の人に見せるわけにはいかない。とりあえず何かで隠さなければと思うものの、桜時さんの身体を隠せそうなものは何もなかった。(わたしが着物を脱ぐしかない)
どこか桜時さんを避難させられそうなところはないかとあたりを見回すと、少し奥に古い神社があるのを見つける。
「桜時さん、あそこをお借りして少し乾かしましょう」
「そうかい? ま、お嬢ちゃんがそこまで言うなら……」
のんびりしている桜時さんの腕をぐいぐい引っ張りながら、わたしは神社に向かって早足で歩き始めた。

神社のまわりには、色とりどりの紫陽花の花が咲いていた。
「お邪魔しまーす……」
拝殿の戸を開けると、中は案外綺麗で、定期的に誰かが掃除に入っている様子だった。
「街の人が手入れしてるんだろうねぇ」
見回しながら、桜時さんが呟く。
「さ、そんじゃさっさと乾かすか」
桜時さんはそう言うと、少しのためらいもなく、シャツのボタンを外し始める。
「ま、ま、待ってください! そんな……ちょ……あ……!」
突然の供給過多に、耐えきれなくなって顔を覆う。(ただし指の隙間から、ぎらぎらの視線を投げてはいた)思わず後ずさるわたしを見て、桜時さんがからかうように笑った。
「はは、お嬢ちゃんどうしたの? 初めて見るわけじゃあるまいし」
「あうう……そうじゃないんですよ、桜時さん。好きな人の肌は、いつ見てもどきどきするんです。ちょっと危ないので、わたし外に出てます!」
押し寄せる興奮の波に耐えきれず背を向けると、戸に手をかける。しかしそのとき――ゴロゴロゴロと雷鳴の音が鳴り響いた。そして、まもなく強い雨があたりを叩き始める。空も半裸の桜時さんに昂っているらしい。
「……あらら、降ってきちゃったねぇ」
その声に戸から手を下ろすと、おそるおそる後ろを振り返る。目があった桜時さんはすでにシャツは脱ぎ終わっていて、引き締まった身体が晒されていた。
そんな桜時さんのせいで、体内はすでにお祭り状態のわたし。そんなこちらの状況にはお構いなしで、桜時さんは乾き始めた髪を整えながら、片目を閉じる。
そして、ゆっくりともう一方の手を差し出すと――
「お嬢ちゃん、そこ、雨入ってくるんじゃない? 早くこっちおいで」
「!!」
……今、好きが爆発した。
「っうう……いぎます……!」
飢えた獣のような声を出しながら、桜時さんのもとに駆けて行く。(二メートルくらいしか離れてないけど)
そんなわたしを笑いながら受け入れてくれる桜時さんに、たまらずぎゅっと抱きついた。
「ありゃ、お嬢ちゃんそんなに震えて……もしかして雷苦手かい? さっきの音、大きかったもんねぇ」
……そういえば雷、鳴ってたっけ。武者震いしながら、ぼんやりと思う。あまり覚えていないが、桜時さんが頭を撫でてくれるので、とりあえず雷に深く感謝申し上げた。
「はぁ……桜時さん、ありがとう……ございます……あの、シャツ干すので、貸してください」
シャツを受け取ると、それを大きく広げてじっと見つめる。これは……すごく持ち帰りたい。
「お嬢ちゃん、悪いこと考えてるね?」
「ばれました?」
諦めて大人しくそれを干していると、桜時さんはその場に腰を下ろす。
「お嬢ちゃんは考えてることが分かりやすいからなー」
「えっ、本当ですか?」
「そうよー……だから、別に隠さなくてもいいんだよ?」
「そう言われても……」
心の荒ぶりは、隠したくなるのが乙女心である。
しばらくしてようやくシャツを干し終わり、わたしも桜時さんの隣に腰を下ろした。
「雨、やみますかね」
「そうだねぇ、夕方までにはやめばいいけど」
雨の音が、しんとした拝殿にこだます。そのせいか、すぐ隣にいる桜時さんの体温、息遣いがはっきりと感じられて、またそわそわと落ち着かなくなった。

――そういえば、お転婆が過ぎると淑女になれないと龍兄様は言ってたっけ。まあ、淑女にはならなくていいけれど、桜時さんの隣にいて恥ずかしくない、落ち着きのある女性にはなりたい。
そう、もう少し落ち着いて恋がしたいのだ。余裕がある、大人の恋……。うっとりとそんなことを思いながら、桜時さんへの衝動を抑える。
そのとき、桜時さんがぽつりと呟いた。
「……ちょっと肌寒くなってきたな」
「え!? わたしが温めましょうか?」
落ち着いた女性は、早速どこかに行ってしまった。
「それじゃ、頼もうかねぇ」
「はい、失礼します!」
わたしが桜時さんに勢いよく抱きつくと、桜時さんもわたしの背に手を回してくれる。
「はぁ……桜時さんの……香りがします……」
「はは、恥ずかしいねぇ」
堪らず胸元に顔を擦りつけていると、桜時さんもわたしの頭に顔を埋める。
「……俺も、お嬢ちゃんの香り、ほっとするから好きだな」
耳元で低く囁かれて、びくりと肩が揺れる。
「わあああ! だめです! わたしは汗かいてるので!」
慌てて離れようとするも、桜時さんががっつりとわたしを抱きしめているため、逃げることができない。どうしたものかとあわあわするわたしを、桜時さんはより深く抱き寄せると、優しく囁いた。
「……お嬢ちゃん、大丈夫? さっきからあわただしいけど」
「あうう……桜時さんがあったかくてふわふわで全然大丈夫じゃないです……すみません、やっぱりわたし、もう少し落ち着いたほうがいいですね」
「そう? おじさんはどんなお嬢ちゃんも好きだけどねぇ」
そんなことを言われたら、また好きが止まらなくなる。辛抱堪らなくなり、桜時さんのお胸に手を伸ばしたとき――いつのまにか雨の音が止んでることに気がついた。
「……あれ? 桜時さん、雨止んだみたいですね」
「お、ほんとだねぇ。通り雨だったのかな」
桜時さんからゆっくりと離れると、拝殿の戸を開けてみる。すると――
「あ、桜時さん、虹が出てます!」
晴れた空に、一本の虹がかかっているのを見つけた。雨で濡れた鮮やかな紫陽花と、空に浮かぶ七色の虹。出てきた桜時さんも、それを見て感嘆の声を漏らす。
「ほーう、綺麗に出てるねぇ」
「はい!」
桜時さんと一緒にお出かけして、色っぽくてかっこいい桜時さんを見られて、桜時さんと一緒にこんな綺麗な景色を楽しめて――。
「……今日は、すごく実りのある一日だった気がします」
「そうかい? 歩いただけだけどねぇ」
「桜時さんといれば、なんでも実るんですよ」
「はは、そりゃ嬉しいねぇ」
……もう落ち着かなくていいや。桜時さんがいいって言ってるんだ。わたしはわたしらしく、桜時さんに恋をしよう。
「……桜時さん」
「ん?」
「ポケット貸してください」
「いいよー」
ポケットに手をねじ込みながら、桜時さんのほかほかの熱に幸せが溢れて止まらない。
「お嬢ちゃん、それ、楽しいの?」
「はい……すごく楽しいです」
桜時さんとわたしの落ち着かない日々は、これからもまだまだ続くのだった――。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -