【桜双】媚薬ネタ

その日の夜、わたしは桜時さんと紅狼くんと一緒に、日比谷公園の怨霊を祓っていた。
「急急如律令!」
みんなの助けを借りて、いつものように神楽鈴を鳴らし終えたとき。
──ちくり。
「っ!」
脚に小さな痛みが走り、はっとして袴を上げる。すると、一匹の蜘蛛が脚から降りていくところが目に入った。
「蜘蛛……?」
「くく……」
妖しい笑い声とともに、ふわりと覚えのある気配を感じる。
「その毒、てめぇにはどう効くだろうなぁ」
はっと顔を上げたものの、確かに気配はあるのに、影丸の姿をとらえることはできない。
「ど、毒っていったい……」
「なに、死にはしねぇよ。俺も、てめぇともっと楽しみてぇからなぁ?」
影丸がそう笑った瞬間、すぐ近くでつむじ風が巻き起こる。そして目を開けたときには、あたりにはもうなんの気配もなくて──脚をはっていた蜘蛛も消えてしまっていた。
「毒……どうしよう……」
蜘蛛に噛まれた場所が小さく脈打ち、少しずつ熱を帯びていくのを感じる。けれどそれとは裏腹に、身体は背筋に氷を当てられたかのようにすっと冷えていくのだった。

「双葉ちゃーん、大丈夫?」
怨霊を祓い終えた紅狼くんと桜時さんがこちらに戻ってくる。
「あの、それが……!」
ふと桜時さんと視線が交わる。その瞬間、なぜかとくんと心臓が大きく跳ねるのを感じて。
「あれ……?」
どうしてこんなときに、桜時さんを意識してしまうんだろう。
「お嬢ちゃん?何かあったかい?」
わたしの顔色が悪いのに気づき、桜時さんが心配そうにこちらを覗き込む。
なぜか高鳴る心臓に戸惑いながら、二人にわたしの身に起こってしまったことを説明したのだった。


二人と一緒にリアンの前まで来たとき、紅狼くんが不安そうにわたしを見つめる。
「双葉ちゃん、どこか痛いところとかない?」
「うん、今のところはないけど……」
そう答えると、桜時さんがわたしたちを安心させるように微笑む。
「大丈夫さ。あの妖ももしお嬢ちゃんの命を狙うつもりなら、もっとほかの手をとると思うしねぇ。まあ、そうなると今回の動機がわかんないけどな」
「……」
──さっきより、身体が熱くなってきた気がする。
「そうだよね!双葉ちゃん、俺、神隠神社に行ってユラさん呼んでくるから。解毒剤作ってもらえば大丈夫だよきっと♪オジさん、それまで双葉ちゃんよろしくね!」
紅狼くんはそう言うと、急ぎ足で駆けていく。
「そんじゃお嬢ちゃん、リアンで結楽ちゃん待ちながら休んでようか」
「はい、ありがとうござ──」
そのとき、とん、と桜時さんの大きな手がわたしの背中に触れる。その瞬間、身体の芯が震えるような心地がして。
「んぁっ……!」
恥ずかしい声を上げてしまい、顔がかぁっと熱くなる。
「……お嬢ちゃん?」
桜時さんは手を離すと、わたしの顔を覗き込む。
「ご、ごめんなさい、びっくりして……」
……変に思われてないかな。桜時さんに顔を見られてると思うと落ち着かなくて、顔を俯ける。すると、桜時さんの手がそっと頬に触れて。
「んん……」
また声が漏れてしまって、どきどきと心臓が暴れる。けれど、桜時さんはそれを気にする様子もなく、ただ不安そうにわたしを見つめた。
「……熱いな。お嬢ちゃん、ちょっと顔よく見せてくれ」
「い、今は、だめです……!」
「双葉」
名前を呼ばれ、ぎゅっと胸が苦しくなる。そのまま桜時さんに顔を掬い上げられ、無理やりに目を合わせられた。それと同時に、身体の奥が震えるような心地がする。
「お、おかしいんです……身体が……」
自分の身に何が起こってるのか分からず、泣きそうになりながらそう訴える。
「……ちょっとごめんな」
桜時さんはそう言うと、ひょいとわたしを横抱きにする。そしてそのままリアンの扉をあけて、二階に向かって歩き出した。
「お、桜時さん!?」
「ちゃんと捕まっててねぇ」
桜時さんに触れられているところが、熱く火照っていく。近くなった桜時さんとの距離に、また身体の奥が疼くのを感じた。突然のことに戸惑いながらも、わたしはそのまま桜時さんに身を委ねるほかなかったのだった。

「はい、あったかいミルク」
「ありがとうございます」
ミルクに口をつけながらも、どきどきとうるさく騒いだままの心臓に落ち着かない。
──今、わたしの身体に何が起こっているのだろう。桜時さんと恋仲になったのは、ひと月前のこと。たしかに、桜時さんと二人でいるときはどきどきしてしまうけれど。今の状態は、それの比じゃなかった。
「身体はどうだい?」
その声に顔を上げると、心配そうな桜時さんと視線が絡まる。その瞬間、今度は縫い付けられたかのように桜時さんから目が逸らせなくなってしまった。
「身体が熱くて……お、桜時さんを見るとどきどきして……」
──さっきまでは、桜時さんをまっすぐに見れなかったのに。今は着物から覗く厚い胸板や大きな手から目が離せない。それに、この気持ちは……。
「──桜時さんに触れたくて、苦しいです」
わたしの言葉に、桜時さんは少し驚いたように目を見開く。けれど、すぐに優しく微笑むと。
「よし、お嬢ちゃん、少し待ってられるかい?毒の見当はついたから、おじさんも結楽ちゃんのとこ行って伝えてくるよ」
そう言って立ち上がろうとする桜時さんに、わたしは思わず手を伸ばす。そして着物を掴むと、縋るように桜時さんを見上げた。
「い、いやです……!ひとりに、しないでください……桜時さんに、そばにいてほしいです……」
「お嬢ちゃん……」
桜時さんはわたしの頭にそっと手を伸ばす。けれど、その手を途中で止めると、ゆっくりとおろした。
「……ま、そうだよな。ごめんね、お嬢ちゃん。大丈夫、そばにいるよ」
桜時さんはわたしの隣に腰を下ろすと、遠慮がちにこちらに手を伸ばした。
「……触っても平気かい?」
「はい」
そう答えると、桜時さんはわたしを自分の肩に寄りかからせる。
「……少し寝な」
ふわりと煙草の苦い香りがして、ますます身体が熱くなる。もっと桜時さんを感じたい──その思いが募りに募って、大好きな大きな手に手を伸ばす。求めていた優しい熱に、火照った身体が溶けていくのを感じる。
「桜時さん、ぎゅってしてほしいです……だめですか?」
「……おいで」
腕を引かれ、全身を桜時さんに包まれる。自分の熱と桜時さんの熱が混じり合って、また身体の奥が疼くのを感じた。けれど、もっと桜時さんに触れたい、もっと桜時さんの近くに行きたい、そんな想いがとめどなく溢れてしまって。
「ん……は……身体が……」
頭の中がぐるぐると落ち着かない。呼吸が徐々にあらくなっていく。全身が熱くて、苦しくて、欲しくて──。
「っ……桜時さん……お願いです、わたしを……」
桜時さんの着物の隙間に、手を滑り込ませる。そしてもう一方の手で桜時さんの手を自分の胸に押し当てると、顔が熱くなるのを感じながら桜時さんをまっすぐに見つめた。
「わたしを……助けてください……!」
「双葉……」
桜時さんがごくりと息を呑む。けれど、桜時さんは一瞬目を伏せると、すぐにおどけた様子で片目を閉じて、わたしの胸から自分の手を剥がした。
「お嬢ちゃん、ほら、大丈夫よーゆっくり息して、落ち着いて──」
堪らなくなり、両手で桜時さんの頬に触れる。わたしはそのまま顔を寄せると、ゆっくりと唇を重ねた。その瞬間、身体の芯が震え、下腹部が甘く疼くのを感じる。
「んっ……」
少しして、桜時さんの手がわたしの頬に触れる。優しく角度を変える口付けに、身体の奥深くが満たされていくのがわかった。
「っ……」
そのとき、桜時さんの目の下に百目鬼の紋様が現れてるのに気づく。それが鈍く光ったかと思った瞬間、意識が頭からこぼれ落ちていくような感覚に襲われて──。
「あ、れ……」
意識が煙のように消えていくのを感じながら、桜時さんの胸の中に抱き寄せられる。
「……ごめんな、お嬢ちゃん」
その言葉を最後に、わたしは重くなった瞼を閉じたのだった。


──はっと目を開ける。いつのまにか布団に横になっていたわたしは、まだぼんやりとした頭でわたしの身に何が起きていたのかを思い出した。
「お嬢ちゃん、起きたかい?」
声の方を見ると、すぐそばであぐらをかいた桜時さんがこちらを見下ろしていた。
「はい……あの……」
……気まずい。残念なことに、自分が何をしたのか全部覚えている。何から謝ろうかと考えていると、外から小鳥の声が聞こえていつのまにか朝日が昇っていることに気づいた。
「桜時さん、もしかして寝ないでついててくれたんですか?」
「ん?ああ、さすがのおじさんも、大事なお嬢ちゃんが毒にやられてるときに呑気に寝てられないよ」
「ありがとうございます。あと、ご迷惑をかけて本当にすみません。毒のせいだったのかもしれないですけど、わたし……」
いろいろなことを思い出して、今すぐに逃げ出したい衝動に駆られる。深いため息をつくと、桜時さんが水の入ったグラスを差し出した。
「起きれるかい?結楽ちゃんの薬、寝てる間に一度飲ませたけど、そろそろもう一回飲まなきゃだから」
「あ、はい……!」
桜時さんの手を借りて起き上がると、ちょっとだけ苦い薬を飲む。そんなわたしを、桜時さんは申し訳なさそうに見つめた。
「……双葉、悪かった。力使って」
気を失う前に見た、桜時さんの百目鬼の紋様を思い出す。
「いえ、大丈夫です。わたしがあんななってたので……止めてくれたんですよね?」
「いや、お嬢ちゃんを止めたというよりかは……」
そこまで言いかけ、桜時さんは少し困ったように笑う。
「ま、お嬢ちゃんはなんも気にすることないよー無事毒も抜けてるみたいでよかった」
「はい。でも、は、恥ずかしいです……自分からあんな……口づけも初めてだったのに……」
最後の方は小さな声で呟くと、桜時さんはふっと目を細める。
「それじゃあ……」
そう囁くと、桜時さんはわたしの方に顔を寄せる。
「……ん」
「?なんですか?」
「昨日の、もう一回してくれない?」
「昨日の、って……!」
く、口付けのこと……。顔が熱くなるのを感じながらも、こくりと頷く。
意を決して、ゆっくりと顔を寄せると──なんとか、ちゅっと軽く唇を重ねた。
それでもどきどきしながら顔を離すと、桜時さんが悪戯っぽく微笑む。そして顎を優しく掬われたかと思うと、今度は桜時さんから深く口付けられた。しばらくしてゆっくりと顔を離すと、桜時さんは愛おしげに目を細める。
「……おじさんは昨日のお嬢ちゃんも好きだったけどねぇ。ま、双葉が気になるって言うなら、昨日のこと忘れるくらい、これからすればいいだろ?」
とくん、と心臓が音を立てる。
「は、はい……!」
──桜時さんへの好きの気持ちが、どこまでも溢れて止まらない。こうして、わたしの長い長い夜が明けたのだった。




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