【凪双】発情期

――またこの時期が来てしまった。自分は獣なのだと実感してしまう、この忌々しい時期が。
「っ、やっとこの間のが終わったのに……まいっちまう、ぜ……」
朝日は今しがた昇ったばかり。凪千は居間の片隅でぎゅっと膝を抱くと、苦しげに顔を歪める。口からは熱い吐息が溢れ、肩は盛んに上下していた。身体の奥から湧き上がる疼くような衝動に、ぐっと唇を噛みしめる。彼が人の身体を得て唯一苛まれているのは、猫がゆえに逃れられぬ、この煩わしい性だった。
「くっ……」
最近は、猫の姿で双葉の布団に潜り込むこともない。この情けない姿を、彼女にはとくに見せたくなかった。
「ふ……っ、はぁ……」
――なんとかこれが治まるまで。凪千はいつものように、ただその時を待つ。
そのとき、背後でがたりと物音がした。今日は、いつも通りとはいかないようだった。
「……凪千?」
今は聞きたくなかった声に、びくりと肩を震わす。凪千は慌てて額の汗をぬぐうと、平静を装って声の方を振り返った。しかし、潤んだ瞳と赤らんだ顔は隠せない。
「どうしたの? 具合悪いの?」
明らかに様子がおかしい凪千を見て、彼女はこちらに近づいてくる。
「く、来るな! 双葉……その、大丈夫、だから……」
しかし、絞り出した掠れ声は、彼女の不安を煽るばかり。
「……熱があるの?」
双葉は彼のすぐ横に膝をつくと、凪千の額にぴたりと自分のそれを合わせる。額から広がる彼女の熱に、凪千は思わず息を呑んだ。――すぐ目の前に、彼女の転がるように丸い瞳がある。長い睫毛が白い肌に影を落とし、愛らしい唇が不安げに結ばれていた。それを見た瞬間、身体の奥を突き上げる熱が、より一層高くなる。
「ふ、双葉……っ!」
凪千は彼女を勢いよく押し倒すと、その小さな身体に覆いかぶさる。
「な、凪千!?」
大きな目を見開き、双葉は驚いた様子で凪千を見上げた。そんな彼女に、凪千はなけなしの理性で言葉を紡ぐ。
「わ、悪ぃ……でも、今の俺は自分じゃどうにもできねぇんだ……っ、だから、早く、逃げ……じゃないと……っ!」
必死にそう囁く凪千に、双葉もただ事じゃないと悟る。
「……凪千、事情があるんだね」
双葉は手を伸ばすと、凪千の赤くなった頬にそっと手を当てた。
「……逃げないよ。どうすれば凪千が楽になる?」
双葉の柔らかい微笑みに、胸がぎゅっと締め付けられる心地がする。凪千はそのまま倒れこむと、双葉の首元に顔を埋めた。彼女の優しい香りに身を委ね、彼女の細い二の腕をぎゅっと握る。昔から、凪千は彼女の香りが大好きだった。
「ごめん……少し、このまま……」
力を入れないようにしても、どうしてもそうはいかず。彼女の白い肌が赤くなっていく。けれど、双葉は表情を変えず、そんな凪千にこくりと頷いた。
「うっ……くっ……」
耳にかかる凪千の荒い息に、彼女の心臓がぢきどきと音を立てる。双葉はなるべく意識しないようにしながらも、凪千が早く楽になるようにと祈った。しかし、双葉はあることに気づいて――顔から火が出るような心地がする。
「っ! あ、あの、な、凪千……!」
「っ、悪ぃ……痛い、よな……」
苦しげに顔を起こした凪千を見て、双葉は首を振る。
「そ、そうじゃなくて……その……」
――下腹部に感じる彼の感触。でも、双葉には、それを言うことができなくて。
「な、なんでもない……! その……少し落ち着いた?」
しかし、凪千はまた荒い息を吐く。双葉はその背中に手を回すと、とんとんとさすってやった。
「ふぅ……っ、うっ……!」
凪千は口を開けると、双葉の首に歯を立てる。鈍い痛みに、双葉は少しだけ顔を歪めたものの、大丈夫だと言い聞かせるように凪千の頭を撫でてやった。

しばらくして、ようやく彼の力は弱まり――
「……双葉、ごめん。首、痛かったよな」
凪千が申し訳なさそうに双葉のうなじを見つめる。
「ううん、大丈夫」
凪千は双葉の隣に座ると、先ほど彼を見つけたときと同じようにぎゅっと膝を抱く。そして顔を伏せると、消え入りそうな声で呟いた。
「……ごめん、ほんと。双葉には隠してたけど……俺、猫だからさ。その……たまに、ああいう時があるんだ……」
凪千は少しだけ顔を上げると、双葉を見つめる。
「で、でも、もう迷惑はかけねぇから! ちゃんとお前から離れて、巻き込まないように――」
「凪千、いいんだよ、無理しなくて」
双葉はそう言うと、凪千の頭をぽんぽんと撫でる。
「辛いときは頼って。凪千はいつもわたしを助けてくれてるんだから」
「頼れって……双葉、お前、わかってんのか!?」
凪千はそう言うと、頭に置かれていた双葉の手を、ぐいと自分の方に引き寄せる。
「今日はあれで済んだけど、今度は噛むだけじゃ……! っ、お、お前を、無理やり……お、襲っちまうかもしれねぇんだぞ!」
顔を真っ赤に言う凪千に、双葉は恥ずかしそうに目をそらす。
「で、でも、凪千なら……その、そんなことは、ないんじゃないかな」
「っ! それはお前、俺が弟みたいだからって、そんなことできないと思って――」
「そ、そうじゃなくて!」
双葉はそう言うと、上目遣いに凪千を見つめる。
「な、凪千になにかされても、嫌だと思わないから……無理やりでは、ないよってこと、なんだけど……」
「なっ……!」
凪千はますます顔を赤くすると、やがてぷいと顔を背ける。
「そ、それでも! 俺が……そういうのいやなんだよ。欲に負けるなんて、かっこ悪ぃ……」
そう呟くと、凪千は苛立った様子で頭を掻く。
「ああ、もう! こんなのに負けねぇくらい、強くなってやっからな!」
凪千はそう言うと、双葉をまっすぐに見据える。
「……だから、俺がお前に何かしそうになったら、止めてくれ。……必ず」
「……うん、わかった。凪千が言うなら」
そのとき、ぐぅーっと凪千のお腹が鳴る。
「ふふ、お腹すいたね。朝ごはん作ろうか」
「そうだな! よし、隠してた煮干しを少しつまんでから……」
「だめだよ。朝ごはん前にお腹いっぱいなっちゃうでしょ」
「な……! す、少しだけだって!」
そんないつも通りの会話を交わしながら、台所に向かう。
いつの間にか、暗闇は明け、外では朝日がきらきらと輝いていた




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