【空双】あいすくりん

――ぽかぽかとした春の陽気のなか。頬を撫でる恵風に目を細める。帝都はあいも変わらず賑やかで、人を待つ間も退屈することはなかった。……とは言っても、もう一時間近くここに立っているような気がする。周囲のチラチラとこちらを見る目も、気にならないわけではなかった。
少し移動しようかなと辺りを見回したとき、こちらに向かって歩いてくる見慣れた姿を見つける。目があっても急ぐ様子はつゆもなく。ゆらりゆらりと歩く彼に、わたしは小さく溜息を吐きつつ声をかけた。
「空耶さん、遅刻ですよ」
「……そう?」
悪びれもせず、気だるそうに首の後ろに手を当てる彼に、はいと短く頷く。けれど、帰ってくるのは謝罪ではなく――いつもどおりの間の抜けた欠伸だった。
「ふわぁあ……今日はどこの?」
「もう少し行った先の、角のお店ですよ」
なぜ空耶さんと待ち合わせをしているのかと言うと――ものぐさの作家先生(自称)を連れ出すには、好物で釣るのがいいのでは、と煌牙さんに助言をもらったからだった。
「あ、ほらそこ。あいすくりん、って書いてあります」
帝都のあいすくりんの食べ比べをしませんか――そう誘ったわたしに、面倒くさがりの空耶さんにしてはすんなりと、いいよと答えてくれた。
「はい、どうぞ、空耶さん」
「ん」
「あ、そこの公園で食べましょう」
近くの長椅子に、並んで腰を下ろす。座るとほぼ同時に、一口、もう一口とあいすくりんを頬張る空耶さんの姿は、なんだか少年のようで可愛かった。
「……これ、今まででいちばん美味いかも」
空耶さんにしては、声に喜色がのっている。
「本当ですか? それじゃあ、わたしも」
同じようにひとくち食べてみると、ぱあっと口の中に冷たい甘さが広がる。ほんのりとバターの香りがするそれに、ほっぺたが落ちそうになった。
「ん、美味しいー!」
あいすくりん巡りを始めたきっかけは、『空耶さんと距離を縮めたい』だったものの――最近のわたしは、すっかりあいすくりんの虜になってしまった。……もちろん、空耶さんと親しくなりたい気持ちは変わらないけれど。
パクパクと思いのままにあいすくりんを食べていると、早くも食べ終わった空耶さんが手を止め、じっとこちらを見つめているのに気づく。
「……」
春の陽の光が、空耶さんの蜜色の瞳を撫で、きらりと光った。まっすぐな視線が絡み、どきりとする。耐えられず、思わず公園の外に目を逃した。けれど、空耶さんの視線が剥がれることはなく――。
「あ、あの……なんですか?」
仕方なく彼に目をやると、空耶さんが小さく首を傾げる。
「……あんた、少し太った?」
「なっ……!」
最近お腹周りがほんの少し……ほんの少しだけ、きつくなった気がしないでもないけれど――
「だ、だとしたら、空耶さんも一緒に食べてるんですから、太ったんじゃないですか?」
「んー……」
ちらっと自分の身体に目をやる空耶さん。けれど、晒された小麦色の腕は逞しく、弛むことなくきゅっと引き締まっている。寝てばかりのくせに、と恨みがましい目で彼を見ると、空耶さんは呑気にまた欠伸をひとつした。
「なんで空耶さんは太らないんですか……」
残ったあいすくりんを見つめながら尋ねる。
「……妖は太らないから」
「え、そうなんですか?」
思わずぱっと空耶さんの方を見るけれど――
「……嘘」
少し得意げな顔に見えるのは、気のせいではないだろう。むっとしながら、わたしはまたあいすくりんを食べ始める。
「……ま、べつに、いいんじゃない? 俺は嬉しそうに食べてるあんた、好きだけど」
空耶さんがぼそりと呟く。
「え?」
聞こえた言葉に、もう一度彼の方に目をやる。すると、空耶さんはおもむろに手を伸ばして――ぐいとわたしの手首を掴んだ。とくん、と心臓が音を立てる。
「く、空耶さん……」
そして、空耶さんはそのままわたしの手を引き寄せると――最後の一口だったわたしのあいすくりんを、ぱくりと食べてしまった。
「あ……」
「溶けてた」
「ひ、人の食べないでくださいよ!」
空耶さんの大きな手が離れる。彼の熱が残った肌に、なんだかそわそわと落ち着かない。懸命に気にしてない風を装いつつも、頬がじわりと熱くなってしまうのだった。気を取り直しつつも、好きと言われたことに心が落ち着かない。
「……だったら、わざわざ太ったとか、言わないでくださいよ」
思わず呟くと、隣で空耶さんがふっと笑う声がする。顔を上げると、私を見つめる空耶さんと目が合って――
「……じゃあ今度は、あいすくりん無しで出かけてみる?」
「!」
空耶さんからのお誘いに、思わず目を見開く。
「は、はいっ!」
声に出した後に、うきうき全開で答えてしまったことに気づいて、途端に恥ずかしくなる。空耶さんは、そう、と素っ気なく呟くだけだったけれど……。
「ふわぁあ……」
とん、と肩に何かが触れる。次に空耶さんの柔らかい猫っ毛が頬に触れて、彼が寄りかかってきたことにようやく気づいた。
「く、空耶さん……?」
「……寝る」
まもなく、すうすうと整った寝息がすぐ耳元で聞こえてきた。わたしは小さく息を吐くと、空耶さんの寝顔を覗く。……少しは、距離が縮んでいるのかな。半身に広がる甘い熱に、きゅっと手を握る。――あともう一歩、空耶さんに近づけますように。誰に願うわけではないけれど、そう心の中で呟いた。
春はまだまだ始まったばかり。優しい陽の光に目を細めながら、ふわりと揺れる彼の髪をそっと撫でた。




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