祓本夏の心霊ロケで怪事に巻き込まれてしまった夢主の話

そんなにではないと思うんですが、ホラー苦手な方は避けてください



「はぁ、今日の撮影嫌だなぁ……」
番組のディレクター見習いをしている私は、今日の撮影のことを思い憂鬱になっていた。
「心霊ロケか……」
私はたまに、人には見えない変なものが見えたり聞こえたりする。だからこそ、人気の若手芸人が心霊スポットを巡るという内容の今回、スタッフとして当然それについていかなければならないため気が重くなっていたのだった。
「よろしくお願いします!」
祓ったれ本舗の夏油傑さんが現場入りする。何度かテレビや現場でも見たことがあるけれど、背が高く塩顔のイケメンで物腰も柔らかい方だった。そのへんのモデルさんよりよっぽどスーツが似合っていて、一部の俳優さんからは共演を拒否されているなんて噂もあるくらいだ。人気が出てきた理由がわかるなと思いながら彼を見ていると、ふと目が合う。どきっとしたのと同時に、彼がなぜか私の方に歩いてきた。
「今日のスタッフさんかな。君も一緒に来る?」
近くに来られると、その体の大きさがよくわかる。身長が高いだけではなくて、鍛えているのか体の厚みもあって圧がすごかった。
「はい、よろしくお願いします。ディレクターと一緒に指示出しさせてもらいます」
「よかった。いい画が撮れそうだね。よろしく」
そう言うと、夏油さんはにこりとして、他のスタッフのところに戻っていった。
今日の撮影は、山奥にある廃洋館だった。およそ二十年前、ここにはとある実業家の一家が住んでいて、美人の一人娘がいたそうだ。しかし婚約までした恋人に浮気され、手酷く捨てられてからは気を病んでしまい、自分の部屋から出られなくなり、最後には自ら命を絶ってしまったらしい。残されていた遺書には「あの女がいなければ」とだけ書かれていて、捨てた男性ではなく相手の女性に深い恨みを持っていたようだった。だから、今もここに肝試しに来た人、特に女性は数多くの不可思議な現象に襲われているとのことだ。
「ディレクター、じゃあなんで女性の方呼ばなかったんですか?その方が撮れ高ありそうですけど」
そう聞くと、ディレクターは呆れた顔をして答えた。
「あのな、女を呼んだからって何か起きるとは限らないだろ。そもそも有名どころは心霊物は誰も出たがらないし。それより、話題沸騰中の祓本夏油傑が出てる方が数字とれんだよ。だいたい霊なんているわけねえだろ」
「はぁ、そうですか……」
今もディレクターの後ろに、小さいお化けがいるんだけどなぁと思いながらも、勿論そんなことは言えない。一人ため息をつくと、いつもポケットに入れているチョコレートを口に放り込んだ。染み渡る甘みに、ストレスにはやっぱり糖分だなと思う。ひとり息を吐くと、そろそろスタンバイしなければと思って踵を返した。ちょうど夏油さんの撮影の準備もできたところのようだった。
「?」
また目が合う。どうしてだろうと不思議に思ったものの、撮影開始の合図があり、そんなことを考えている場合ではなくなった。
「今日は心霊スポットに来ているんだけど……見て、あの洋館。雰囲気あるよね。あーあ、こんな仕事、悟に押し付ければ良かったな」
そんなコメントと同時に撮影が始まり、そのまま噂の説明をしながら、夏油さんは廃洋館の入口に辿り着く。この洋館は二階建てで、エントランスから見上げると二階のベランダがよく見えた。
「じゃあ、早速入ってみようか」
にこやかにそう言うと、夏油さんが一歩足を踏み入れた。カメラマンやスタッフと一緒に、私もそれに続く。しかし、敷居を跨ぐときに、電気が走ったようなピリッとした違和感を感じた気がした。
「……ま、入れないと思うけどね」
同時に夏油さんのそんな呟きが聞こえて、はっとして顔を上げる。すると、なぜか先に入ったはずのディレクターやカメラマンの姿がない。洋館の中には、夏油さんと私しかいなかった。
「え……?あれ?」
「やっぱり君は入れたね。なかなかセンスあるよ」
「あの……これ何かのドッキリですか?」
「ふふ、ドッキリを仕掛けるとしたら君らだろう」
確かにそうだ。そうなるとますますわからない。どうしたものかと思って、ぐるりと辺りを見回したときだった。
「っ……」
奥の部屋から、ずるずると何かを引き摺る音が聞こえる。二階からは、ぱたぱたと駆け回るような足音が響いていた。
「色々いるね。とりあえず私たちだけで回ろうか」
「でも、みんなを探さないと……」
「みんなは無事だと思うよ。逆に危ないのは私たち、というか君かな」
「わ、私ですか?」
──ああ、またか。幼い頃から怪しい影に付き纏われたり、変な声がずっと聞こえたりという経験が多かった。ただ、人の形をした霊というより、俗にいうお化けのような物を見ることの方が多かったように思う。先ほどディレクターの後ろにいたのもそうだ。
「見えてるんだろう?」
「はい……でも人型のはあまり見えないです」
「へえ、仮想怨霊より呪霊との相性がいいのかな。でもじきに見えるようになると思うよ」
そんな嫌なことを言いながら、彼はずんずんと洋館の奥へ進んでいく。
「ま、待って!置いていかないでください!」
慌てて駆け寄ると、夏油さんの後ろに隠れるようにしながら、仕方なくそれについていったのだった。

「なんか、声聞こえますよね……」
先ほどから苦しげな唸り声や不気味な笑い声、あとはガラスを踏みしめるような足音や扉が閉じる音など、あらゆる怪奇音が聞こえてきて、その度に体がびくりと跳ねてしまう。私たち以外にも人がいるようにしか思えなくて、ディレクターたちが隠れて脅かそうとしているのではと思ってしまうほどだった。
「一階は最後に隣の部屋に行って、あとは二階に上がろうか」
「夏油さん慣れてますね……」
彼は何が聞こえても顔色一つ変えることなく、見つけた部屋に入っては、そこら中に散らかっている当時の生活の痕跡を見て、何かを考えている様子だった。
「君の方こそさすがだね。静かで助かるよ。いちいち叫ばれてたら少し困るなと思っていたから」
「それは……」
正直に答えようか悩んだものの、夏油さんには話してもいいだろうと判断する。
「昔、他人には聞こえない音とか見えないものに私だけ反応して不気味がられたので……怖いなと思っても、ぎりぎりまで我慢する癖がついただけです」
小さい頃、気味悪がられたのを思い出してなんとなく俯いてしまう。
「そうか、ずっと一人で頑張ってたんだね」
彼はそう優しい声で言うと、ぴったりとくっつくように後ろを歩いてた私を振り返った。
「怖かったら、私の腕掴まっててもいいよ。今も我慢してるんだろう?平気そうに見えるけど」
「……ありがとうございます」
そう言うと、失礼しますと夏油さんの腕に掴まる。頼もしいその腕に触れているだけで、だいぶ怖さが減ったような気がした。
「じゃあ、一階の最後の部屋入ろうか」
ドアを開けると、そこは書斎のようだった。床にはたくさんの本や書類が落ちていて、中には当時の西暦が書かれているものもある。
「夏油さん、これアルバムですかね」
彼の隣で、落ちていたものを何となくみていると、それらしいものを発見した。
「ああ、そうみたいだね」
夏油さんがそれを開くと、家族写真が何枚か出てくる。
「幸せそうな家族ですね。これが例の娘さん……」
綺麗な女性が、二階のベランダでにこやかに微笑んでいた。ご家族にこうやって写真を撮られ、愛されて育ったこの女性が、やがて男と出会い、気を病んで非業の死を遂げることになる。そう思うと、なんだか可哀想に思えてしまった。
「あ」
そのとき、夏油さんが一枚の写真を見て声を漏らす。
「どうしました……ひっ!」
それを見て、ぞわりと鳥肌が立つのがわかった。そこには、おそらく婚約者であろう男性と、先程の女性が仲睦まじい様子で写っていた。しかし、その男性の顔は真っ黒に塗りつぶされており、さらに上から爪でしつこく引っ掻いた跡がある。それを見て、どくんどくんと心臓が嫌な音を立てているのがわかった。落ち着こうと深呼吸をする。しかし、視界の端に何かが映ってびくりと体が震えた。
「っ!」
慌てて顔を上げる。
「どうしたんだい?」
「い……今、裸足の……足が……見えた気がして……」
また呼吸が乱れているのを感じる。大丈夫、気のせいだ。落ち着け、私……。
「ああ、大丈夫、波長があってきて……あ、ちょっとそこでじっとしててくれるかな」
何故か私の後ろに目をやったあと、彼はそう呟く。そして、抱きしめるような形で私の頭に手を回すと、自分の胸元に引き寄せた。夏油さんの甘い香りが濃くなって、今度は違う理由で心臓の鼓動が早くなる。
「な、なに?」
一瞬、彼の手から黒い玉のようなものが出たように見える。その直後、背後でバキバキと何かを噛み砕くような音がした。
「なんですか……?」
「ううん、気にしないで。……はい、おわり」
そう言うと、夏油さんはパッと私から手を離した。いつまでも彼に身を委ねているわけにもいかないので、私も慌てて後ろに一歩下がる。
「二階、行こうか。そろそろ本体が出てくると思うよ」
「本体……女性の霊ですか?」
「そう」
古くなった階段を上りながら、夏油さんはなぜか興味深そうに私の方を見た。
「君、モテるだろ?」
「え?」
突然そう言われ、思わず顔を上げる。
「さっきから、君にいろんなのが集まってきてるよ」
「あ、そっちですか……」
ちょっとがっかりしている私を見て、夏油さんは揶揄うように笑った。
「ふふ、でも私の術式的には君がいると助かるな」
「じゅつしき……?」
そう呟いたところで、彼がなぜか階段の踊り場でぴたりと足を止める。
「どうしました?」
「ここの主も、やっぱり君のことが気になってるみたいだよ。……ほら」
ゆっくりと二階の一部屋を指差す。開け放たれたドアの横から、女性の顔が半分だけ覗いているのが見えた。その目が嫌な笑みを浮かべていることに気づく。
「ひっ!」
思わず声を上げると、その顔はすぅっと掻き消えてしまった。
「うう……もうやだ……帰りたい……」
「ふふ、大丈夫だよ。私がいるからね」
「夏油さんいるなら、私帰っても良くないですか……」
「帰り方がわかるなら帰ってもいいよ」
そうにっこり笑う彼を見て、ため息をつく。
「夏油さん、意地悪ですね」
「ごめんね、ここを出たら何かお詫びするから」
そんな会話をして、なんとか恐怖を誤魔化す。二階に着くと、夏油さんは目的地があるのか、迷わず奥に進んでいった。
「ここだね」
そこは、部屋というよりホールのような場所だった。奥にはエントランスから見えたベランダがあり、壁にはたくさんのドアがあった。それぞれがいろんな部屋に続いているようだ。
「さっきから聞こえるこの嫌な音、なんでしょう」
ここに入ってから、ギィィィという金属音が繰り返し聞こえていた。あまり聞いたことのない音で、気になってあたりを見回す。
「なんだろうね。とりあえずここ調べようか」
「はい」
ベランダから外を覗く彼から離れすぎず、私も床に落ちてる残骸を見ていたけれど、やっぱりこの音がどうにも引っかかった。
「部屋の中からかなぁ」
なんとなく、手近なドアに手を伸ばす。そして、ドアノブをゆっくりとひねってみた。
──ギィィィ。その音に、夏油さんも振り返る。
「あ、これドアノブを捻る音なんですね!……え?」
……ということは、誰かが先ほどからドアノブを捻っているということではないか。
それを悟ったと同時に、後方のドアから一際大きい金属音がした。ギィィィという不気味な音に、恐る恐る振り返る。それと同時に、私の真後ろのドアがゆっくりと開いて──
「ぎゃぁぁっ!!」
異様な姿をした女が、私を見て笑っていた。伸び切った首は直角に曲がっている。
「出たね。ここの仮想怨霊だ」
夏油さんはなぜか嬉しそうにそう言うと、躊躇なくその女に近づいた。
「ねえ、私と来ないかい?」
「……」
いや、夏油さんはなんでこの状況でナンパしてるんだ。しかし、女は変わらず彼ではなく私を見続けていた。……怖い。膝がガクガクと震えているのがわかった。下を見て、ぎゅっと目を瞑る。ああ、昔もこんなことがあったっけ。小さい頃、私にしか見えないものに付き纏われた、あのときも──。
「──オマエガイナケレバ」
「っ!」
突然耳元で聞こえた声に、咄嗟に目を開けてしまった。私の顔のすぐ横に、長い髪の毛が垂れているのがわかる。
「ひっ……!」
ああ、真横に女の顔があるのがわかる。あまりの恐ろしさに、意識を手放しかけたときだった。
「無視されると傷つくな。でも、話が通じないなら仕方ない。手荒に行こうか」
夏油さんがそう言うと、どこからか大きな化け物が現れた。象くらいの大きさのそれが、目にも止まらぬ早さで女に向かってきたかと思うと、がぶりとそれを咥えて夏油さんの方へ戻っていく。
「……飲み込むなよ。後で取り込む」
耐えきれずその場にへたり込んだ私を見て、夏油さんは近寄ると私の前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?よく頑張ったね。女に恨みがある呪霊だから、君に頑張ってもらうしかなかったんだ。無茶させて悪かったよ」
そう言うと、震えている私をみて自分のジャケットをかけてくれる。
「もう少しだけ待っててね」
そう言うと、夏油さんは先ほど出した化け物のところに近づいていった。そして、咥えられてる女に手をかざすと、女はその手に吸い込まれるようにゆらりと揺れて──やがて、真っ黒の丸い塊になってしまった。
「……え?」
それを手に取ると、彼は両手で口を押さえながらごくりと丸呑みにする。
「夏油さん……何して……」
「……今見たのは忘れた方がいいよ。君のためにもね」
どこか寂しそうにそう言うと、彼は何事もなかったかのようににこりと笑った。
「さ、戻ろうか。立てるかい?」
「っ、……はい」
夏油さんの手を借りつつ立ち上がりながら、つい先ほど目にした光景を思い出す。少し霊が見えるだけの私には、全く理解の及ばない世界だなと思った。彼は一体何者なのだろう。そのとき、ふと思い出してポケットからチョコレートを取り出す。
「食べますか?」
「ああ……でも、何で急に?」
「あの女の塊、絶対美味しくないですよね?口直ししたいかなと思って」
そう言うと、夏油さんは拍子抜けした様子できょとんとする。でも、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ……ありがとう。いただくよ」
二人でチョコを口に入れると、ようやく私たちは階段を下り始める。
「夏油さんは霊媒師なんですか?それとも陰陽師?」
「はは、そんな怪しいのじゃないよ」
うーん、それは怪しいのか。やっていることに、さほど差はないように見えたけれど。
「よく怖い思いするんですけど、お祓いとかできませんか?」
「うーん、ごめんね。私そういうのわからないから」
「わからない……」
わからない人が、あんな風に霊を操ったりなんてできるわけがない。でも、夏油さんの都合もあるのだろう。あまり強いことは言えなかった。
「そうですか……」
「でも、君が呪霊に好かれやすいの確かだよね。……そうだ、これあげるよ」
そう言うと、夏油さんはお尻のポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。手渡されたそれをみて思わず声を上げる。
「これ、もしかしてお札ですか!?」
食い気味でそう言うも、先に階段を下りた夏油さんが悪戯っぽく笑う。
「ううん、今朝のレシート。悟が朝からスイーツを買い漁ってね。見てるだけで胸焼けしそうで困ったよ」
「レシート……?いや、なんで今レシートなんですか?」
「効果あるんだよ。私のこと、信じてくれないのかい?」
「うっ……」
夏油さんにそう言われると、もしかしてこれは、とんでもないレシートなのかもしれないと思えてきた。
「……わかりました。信じます」
「ふふ、まあゴミだけど」
「っ、もう、なんなんですか!」
さすがにイラッとしてそう言うと、夏油さんは私の方を見て、意味深に目を細めた。
「君のはそんなに気にしなくても大丈夫だよ。というかどうにもならない。体質だからね」
「そうですか……」
薄々気づいていたけれど、やっぱりそうなんだと悲しくなってしまう。私は一生、普通の人には見えない何かに怯えながら過ごさなければならないのだ。
「でも、その体質と付き合いたいならアドバイスはできるよ。だから連絡して。そこに書いてあるから」
「へ?」
慌ててレシートの裏を見る。そこには夏油さんの連絡先が書かれていた。
「わ、わかりました!」
「ふふ、お詫びもしたいからちゃんと連絡してね。あ、ほら、エントランスの外、みんないるよ」
彼にそう言われて顔を上げると、私たちを見つけたディレクターたちが慌てた顔でこちらに走ってくるのが見えた。それに手を振りながら、夏油さんが囁く。
「……君と私がここで体験したことは、二人だけの秘密だからね」
「わかってますよ。信じてもらえないでしょうし」
──夏油さんと過ごした時間は、おそらく一時間にも満たなかっただろう。もう二度と経験したくないくらい怖い思いをしたし、正直数日は夢に見ると思う。でも、私が長年一人で悩んでいたものを、同じように見ている夏油さんと出会えて、こうして話が出来て。それは本当にありがたかったし、嬉しかった。
「夏油さん、ありがとうございました」
お礼を言うと、彼は不思議そうな顔をする。しかしこちらを覗き込むと、にっこりと微笑んだ。
「私の方こそありがとう。チョコレートおいしかったよ」
「チョコレート好きなんですか?」
「いや、そういうわけではないけれど」
そんなことを話しながら、少しだけ仲が良くなった私たちは、駆けてきたスタッフさんたちと無事合流したのだった。




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