記念日を忘れてた夢主と直哉の話


・付き合って丸くなってきた直哉です。クズ控えめ



「ねえ。直哉って、なんで私と付き合ってるの?」
任務でここを離れている直哉に、電話を切る間際にこんなことを聞いたのには、理由がある。
「は?なんや急に。キモいわ」
「いいから」
「別に、理由なんてあらへんけど。他の奴にとられると癪やから、ツバつけとこ思て」
電話の向こうで、へらへらと笑う声がする。
「それは……そこまで好みじゃないけど、とりあえずコレクションに入れておこう的な?」
「え?あーそうかもな。何でそんなこと聞くん?」
「やっぱりそんな感じなんだ」
そう呟くと、なぜか彼の声が低くなる。
「あ?やっぱりってなんやねん」
「いや、大丈夫……あ、悟来たから切るね!」
「は?おい、ちょい待てや!今日よ──」
何やら叫んでいたけれど、スマホの画面には通話終了の文字が浮かんでいる。そのままそれをしまうと、戻ってきた悟のところに足早に向かった。
「さっき言ってた任務、私出るよ」
「え、いいの?あいつ許してくれた?」
「許してもらったわけじゃないけど。緊急だし任務なんだし、あとで説明すればわかってくれると思う」
実はつい先ほど、ある大物のパーティーで呪物回収が必要との情報が入った。その段取りで、回収の間にその大物の気を引くための人手が欲しいということで、たまたま手が空いていた私に声がかかったのだ。それに行くにあたって、直哉から許可──はもらえないと思ったので、どうしようかと思い、とりあえずああいった質問をしてみた。やはり素直には答えてくれなかったけれど、今回はそれが幸いした。
「私はただの直哉のコレクションらしいから、万が一揉めたら、言い訳にそれを使うしかないかと……あんまりしたくないけど」
「なにそれ、ウケるね」
パーティーまであと三時間。
「僕も行ければよかったんだけど。ま、ドレスとか色々準備あるし、せっかくだから綺麗にして楽しんできなよ」
「任務が無ければ、まあまあ楽しめそうだけどね」
そう苦笑いしながら、その場を後にする。ポケットの中でスマホが震えていたけれど、それに気づくのはずっと後になってからだった。


あれから支度も間に合い、パーティーに無事潜入。さらに、ターゲットに接触することにも成功したものの──ターゲットに近づきすぎていた。そう、気に入られてしまったのだ。
「君みたいな女の子に会えたなんて、本当今日はいい日だ。僕たち運命かもしれないね」
「あはは、そうですね……」
彼の手は私の腰にがっちりと回されていて、私は先ほどから至近距離でねっとりとした視線を向けられていた。
「僕が持ってるホテルで、君に本当の快楽を教えてあげるよ。ねえ、そろそろパーティー抜けない?まだだめなの?」
「ふふ、せっかちですね。主役がいなくなったら、みなさん寂しがりますよ」
……呪物の回収はまだかかるのだろうか。終わったら合図がくる手筈だった。でも、まだその気配はない。
「まったく、君こそ焦らし上手だ。そそるね」
そう言われても、もう焦らすボキャブラリーもなくなってきた。さて、どうしたものか。
「大丈夫、優しくするからさ。怖がることないよ」
男の顔がさらに近くなる。お酒の匂いときつすぎる香水の香りが混ざって、息をするのも辛くなった。あまりの嫌悪感で顔をしかめそうになる。……ああ、今すぐに突き飛ばしたい。合図はまだなのか。
そのとき、乱暴な足音が背後から近づいてきたのに気付く。その音に、男が先に振り返った。
「おいコラ」
「な、なんだ君は!」
聞き覚えのある声に、私もはっとしてそちらを見る。
「人の女に何しとんねん、カス」
「え、直哉?!」
そこに立っていたのは、スーツ姿の恋人だった。直哉は声を上げた私の方には一瞥もせず、勢いに押されて困惑する男ににじりよる。
「うわ、酒くっさ!下心出まくりのそのツラもきっしょいわ。それでようこいつ口説けたな。ほら、あそこに鏡あんで。はよ見てこいや、カス」
そうまくしたてると、私の腕を強引に掴む。そしてそのまま早足で歩き出した。高いヒールでなんとかそれについていく。
「ちょ……なんでいるの?」
「うっさいわ、アホ」
「でもまだ合図が……」
「もうとっくに終わっとる。お前にそれ伝えるとこでミスっとんのや。いつまであんなのにいいようにされとんねん、ボケ」
いつもよりさらに棘棘しい。低い声と苛立った目つきで、ものすごく機嫌が悪いのがわかった。
彼に引かれるままに会場を出ると、そのまま補助監督が運転する車に乗せられる。車が高専とは逆方向に走り出したのを見て、隣で不機嫌に足を組む直哉におそるおそる尋ねた。
「あの……どこ行くの?」
「飯」
「え、今から?なんで?」
予想外の答えにそう尋ねると、直哉が舌打ちをしながら私を見る。
「ちっ、お前ほんまに忘れとるんやな。呆れてなんも言えへんわ。……もうしゃべんな」
そう言って、なぜかいじけた様子で窓の外を眺める彼に、それ以上なにも聞けなくなる。
……忘れている?なんのことだろう。何か約束してたっけ。いろいろと考えを巡らせているうちに、ようやく一つだけ思い当たったことがあった。
「あ」
今日は、付き合って半年の記念日だった。でも、直哉がそんなの気にするタイプだと思わないじゃないか。今までだって、そんなのを意識している素振りはなかったし、なんなら私の誕生日だって、知っているのかどうか定かではない。
「……」
でも、たしかにそんな日に、恋人があんなことをしていたらいい気はしないか、と申し訳なくなる。罪悪感を感じながらも、今はただ、言われたとおり何も喋らず車に乗っていたのだった。


車から下ろされ、連れていかれたのは高そうなホテルの最上階、スイートルームだった。運ばれてきた一級品の食事を、黙々といただく。夜景も綺麗だし、お料理も本当に美味しい。でも、いまだに何も話さない直哉に、もやもやとした気持ちはどんどん広がっていった。食事を終え、ようやく話しかけてみる。
「ごめん、直哉。その……忘れてて」
彼はシャンパングラスを傾け、それをぼんやりと眺めている。しかし、返事は返ってこない。
「このために、わざわざ任務終わって疲れてるのに、こっちに戻ってきてくれたんだね。こんな素敵なところも準備してくれて」
「……」
引き続きの沈黙に、どうすればいいのかわからなくなって言葉が詰まる。思わず俯いてしまうと、彼がそっとグラスを置いた。
「惚れた女にはそれくらいするやろ。アホなん?」
ようやく返ってきた声に顔を上げると、そのまま直哉は続ける。
「お前、ほんまに自分がただの俺のコレクションやと思っとんの?」
なんと答えればいいかと沈黙すると、肯定と取られたのか、舌打ちをされる。
「っ、クソ……」
そう苛立たしげに呟くと、突然立ち上がった。そして私のそばに来ると、腕をつかみ、無理矢理立ち上がらせる。そのまま戸惑っている私を乱暴に抱き寄せた。
「おい、あいつにどこ触られたん?」
「え?あ、腰とか……」
そう答えると、大きな手でお尻を撫でられて、少しだけ声が漏れてしまう。
「……っ!」
「ふっ、お前なに盛っとんねん」
彼が耳元で吹き出したのが分かった。
「っ、急に触るからでしょ!」
そんな会話をしながら、私を抱き寄せる腕の力が、いつもより強いことに気づく。
「任務とは言え、ごめんね」
「ああいうのは、悟くんに女装でもさせてやればええねん」
「それは……悟大きいから、さすがに無理あるよ」
「は?お前にあんなんやらせて、俺がナマエから目離せんようになる方困るやろ」
お酒のせいもあるのか、少しだけ彼が素直な気がする。変わらずぎゅっと私を抱きしめたまま、なかなかその手を緩めない直哉に、私が思っているよりも心配をかけてしまったことを感じた。
「助けに来てくれて、ありがとうね。あとスーツもかっこいいよ」
「そんなん当たり前やろ」
口は悪いし、優しいわけでもない。でも直哉は、いつも彼なりの方法で、私への気持ちを示してくれている。
「これからも、大事にしてね」
私の言葉に彼の肩がぴくりと跳ねた。
「だからお前……当たり前のことばっか言うなや」
安心したように、彼が呟く。

──私の気持ちも、ちゃんと伝わっただろうか。
『コレクションじゃないことも、あなたが私を大切にしてくれていることも、ちゃんとわかってるよ』
心の中でそう呟きながら、彼の背中をぽんぽんと撫でたのだった。




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