夏油傑に呑まれたい(呪専)

『お互いが触れてみたいと思っているところに、一箇所ずつ触れると出られる部屋(※途中お互いが新たに触れてみたいと感じてしまうと、一箇所以上に増えます)』


そんな部屋に、私と夏油傑が二人きり。
「なるほど……理解した! 傑は?」
「ナマエは受け入れるのが早いね」
私たちは高専のクラスメイト、ただの同期である。しかしこのお題を見た時、これは確実に抱かれてしまうなと思った。なぜなら、隣にいるのがあの夏油傑だからである。
「大丈夫だよ、傑。私は傑のこと嫌いじゃないから、どこ触られても怒らないよ」
「それはよかったよ。嫌いじゃない……そうか」
今日下着はなにをつけていたっけ。そもそも上下揃ってたかな。そんなことで頭がいっぱいになる。でも、気にしていても仕方ない。たとえ何をつけていたとしても、今の私にはどうしようもないからだ。
「よし! 傑、どこに触りたい?」
やっぱり胸か? それとも太もも? 意外に二の腕とかお腹という線も……。
「えぇっと、そうだね」
大の男が、気まずそうに目を逸らして頬を赤く染める。
「……唇かな」
「くちび……?」
――嘘でしょ。悩める乙女を何人も抱えていそうな顔をして、触れたいと言われて思い浮かぶのが唇だなんて。
「ごめん、嫌だよね」
「いや! 嫌じゃない! びっくりしただけ!」
そう、驚いただけ。傑のあまりの健全さに。そして自分の汚さに。
「君はどうだい?」
「私は――」
あーこれは、先に言えば良かった。そう思って口をつぐんでいると、傑が申し訳なさそうに呟く。
「私に触れてみたいなんて、思ったことないかな」
「いや、思ってる。常々思ってるけど……」
「常々……それは嬉しいね」
傑が緩んだ口元を隠すように唇を噛んだ。にやけてる場合じゃないぞ、夏油傑。
「――お尻かな」
諦めて、敢えて平然とそう答える。傑は大きく目を見開いたあと、訝しげに私の方を見た。
「……ナマエ、本気で言ってる?」
「傑、私はいつだって本気だよ」
かっこいい言葉だ。座右の銘にもなりうる。こんな局面じゃなければだけれど。
「そう……わかったけど……うん」
まだ処理しきれていない傑を置いて、どんどん話を進めていこう。こういうのは立ち止まったら気まずくなるものだ。
「私から触っていい?」
おろしていた髪を束ね、腕まくりをしながらたずねる。
「いいよ、そんなに気合い入れられるのも恥ずかしいけど。どうすればいい?」
「ベルト外して」
「えっ、直で触るのかい?」
「えっ」
たしかに、直で触る必要はないのか。でも唇はたぶん直接触れることになる。なら、こちらも直接触れないとフェアじゃないではないか。それを話すと、傑はしぶしぶながら承諾してくれた。
「ベルト外してくれれば、あとは私が手を突っ込むね」
「ああ……」
カチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。
ふと冷静になり、付き合ってもいない同期と何をしてるのだろうという気持ちが湧き上がってきた。しかし、傑のグレーのボクサーパンツを見た途端、その感情にはもう一度沈んでもらうことにした。
「傑、可愛いパンツ履いてるね」
「そんなおじさんみたいなこと言わなくていいから」
傑のはだけた腰元を見て、いけないことをしている気分になってしまう。……今まさにしているところだけれど。
「そしたら、失礼します」
傑と向かい合うように立つ。そしてますます顔を赤くする彼に構わず、私はゆっくりとそのパンツの中に手を挿し入れた。
「ほう……」
これはいい。
「鍛えあげられた筋肉の硬さの中に、優しい柔らかさが……」
「実況しないでくれ」
時折、小さく息が漏れるのが上から聞こえてくる。
「ねえ、どう? 傑」
「どうって言われても……というか、そろそろやめてもらいたいかな」
傑の体勢が、いつのまにか前屈みになっていることに気づいた。これは、もしかして。
「……傑、興奮しちゃった?」
「っ、申し訳ない。でも、ナマエがやらしく触りすぎなんだよ」
ようやく手を引き抜く。先ほどとは様子が異なるそれを見下ろしながら、込み上げてきた自分の感情に気付いて、ふうとため息をついた。
「ごめん傑、触ってみたい場所増えたかも」
目の前の大きな身体が、びくりと跳ねる。
「嘘だろ、待ってくれ、いくらなんでもそれは」
思わず顔を覆う傑に、さすがにちょっと申し訳なくなった。
「……君、悟にもこんなこと思うのかい?」
崩れた前髪を直しながら、傑がたずねる。
「悟に? いや、ないない。悟は触るならどこだろ、まつ毛とか? マッチ棒乗せてみたい」
「じゃあ、なんで私にはそんな風に思うの?」
――そういえば、なんでだろう。たしかに、悟と違って、傑のことはつい目で追ってしまうし、大きな手や広い背中、そしてぱんぱんのお尻を見ていると気持ちが安らぐ。傑と話すと楽しいし、この時間が少しでも長く続いてほしいと願ってしまう。あれ、これってもしかして……。考え込んでしまった私を見て、傑がくすりと笑う。
「ま、いいよ。あとで理由教えてね。とりあえず、私が新しくどこかに触れたいと思わなきゃいいんだね」
「あ、そっか。二人とも新たに思ったら、条件が増えるから……」
そうだね、とお互いに頷き合う。
「そしたら、私も君の唇、触っていい?」
「いいよー、ん」
目を閉じ、顔を上げる。そうしながら、先ほどの傑のお尻の感触を思い出し、あれこれと思いを巡らせた。傑、やっぱりいい体してるな。機会があれば太もももぜひ触らせて欲しい。そんなことを考えながら、なぜか傑が一向に触れてこないことに気づく。
「?」
不思議に思い、うっすらと目を開ける。するとすぐ近くに彼の整った顔があって、びっくりして後ずさってしまった。
「待っ……傑、何するつもり?」
「ごめん、魔がさした。でもまだしてないよ」
にこにこと微笑まれる。それを見て、なるほど、私はこれからさっきの仕返しをされるのだなと思った。好き放題お尻を触ったツケが回ってきたのだ。
「傑、その……してもいいいけど、あんまりすごいのはやめてね」
「してもいいんだ。やっぱり君の貞操観念が心配になるよ。誰にでもオッケーしてない?」
「失礼な。いいよって言ったの初めてだよ。あと淫らな傑に貞操観念の話はされたくないな」
「ナマエの中の私のイメージはどうなってるんだい?」
ため息を吐きながらそう言うと、傑は手を伸ばして私の頬にそっと触れてきた。そして、意味深に顔を覗き込む。
「……私は好きな子にしかそういうことしないよ?」
「っ!」
言い返そうとしたのを、すぐにキスで塞がれてしまった。
……ああ、これがファーストキスか。一気に指先まで熱くなって、口の中が少しだけ甘い。心臓は壊れそうなほどに暴れ回って、いろんなものが込み上げてきて頭の中がぐちゃぐちゃになった。
ゆっくりと唇が離れる。
「……ふふ、どうだった?」
くすっと笑いながら、余裕の表情で傑がたずねる。
「っ、なんか……くらくらした……あつい……」
ふと視線を下げて、目に止まったそれを見てから、再度傑を見つめ返す。
「……そんなキメ顔してるのに、下半身はキマってなくて面白いね」
「それは君のせいだろ」
顔を赤くして少し怒ったように口を尖らせるのが可愛くて、きゅんときてしまった。あ、そういえばドアは開いただろうか。
「部屋の様子、変わりないね」
そう言ってドアのほうを見ると、彼はしゅんとして目を伏せた。
「ああ……その、ごめん」
「傑も、どっか触りたいと思っちゃった?」
「思っちゃったね」
傑が、眉尻を下げて困ったように笑う。
「どこ触ってみたいの?」
「うーん、どこだろ」
「えっ」
思わずそう言うと、傑は悪戯っぽく微笑んだ。そして耳元に顔を寄せると、優しい声で囁く。
「ナマエのほっぺももっと触りたいし、耳も赤くなってて可愛いな。頑張って平然としてるけど、さっきから落ち着いてない手も握ってあげたいし、君ばかりずるいから私も君の素肌に触れたい」
「ま、待って! 急に夏油傑感出してこないで……!」
「なんだい、それ」
そう笑うと、一歩こちらに踏み出す。思わず下がると、足が壁にぶつかった。しまった、追い詰められてしまったらしい。傑は目を細めると、そのまま私をじっと見つめる。
「……でも、好きな子が嫌がることはしたくないな。だから、君も私のことが好きだと、これから先のことを心置きなくできるんだけど。さて、どうしようか」
「どうしようか、じゃないでしょ」
上から圧を感じる。上から愛を感じる。視線を上げると、彼が分かりやすく嬉しそうな顔をした。
「どう? 悟には思わないけど、私には触れたいと思う理由、わかったかい?」
「わかった、けど……」
――認めたくない。夏油傑に呑まれてしまうのが怖いから。でもそんな私の気持ちを見透かしたように、傑の目は私を捕らえて離さなかった。
「ほら、もう、手遅れだよ」
彼の顔がもう一度近づく。――ああ、そうか。私はもう彼に呑まれてしまっていたのか。
「……好き、かも」
小さな声で、私がなんとかそう答えたのを確かめると、傑が嬉しそうに目を細める。そしてまた、ゆっくりと唇を重ねて、私を呑み込んでいったのだった。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -