四季シリーズ(秋)

今日は待ちに待った七海さんとの温泉旅行。しかも、紅葉が見える露天風呂つき。こんな幸せなことがあるだろうか。
「七海さん、お待たせしました!」
タオルを巻いて露天風呂に向かうと、先に入っていた七海さんが髪をかき上げながら、こちらに目をやった。その姿にどきっとしてしまい、思わず立ち止まる。
「み、水も滴るいい男……」
「ナマエさん、早く入ってください。体を冷やしますよ」
七海さんに言われ、ようやく寒さに気づきぶるりと体を震わせる。秋の風はやはり冷たい。
「失礼します」
彼の隣に腰を下ろし、ゆっくりと湯に浸かった。
「気持ちいい……」
「ええ、やはり露天風呂はいいですね」
満喫している七海さんに、来てよかったなと嬉しくなった。のんびりしていると、ひらひらと紅葉が舞い落ちてきて、温泉の湯に浮かぶ。七海さんはなんと無しに手を伸ばすと、その紅葉を手に取った。
「ふふ、それ綺麗ですね」
「そうですね。近くに銀杏並木もあるようなので、後で見にいきますか?」
「はい! 行きたいです」
この後の予定に胸を躍らせながら答える。
しばらくして、なんとなく七海さんを見つめていると、ふとその体に目がいってしまった。
「……っ」
大きな手、太い首、浮き出た鎖骨、そして綺麗に引き締まった筋肉。なんだか恥ずかしくなって、思わず頬に手を当てる。そんな私を見て、七海さんは勘違いしたのか心配そうに声をかけてくれた。
「のぼせましたか?」
「あっ、いえ! 大丈夫です! えっと……」
彼から距離を取ろうと慌てて動くと、ぐらりと視界が揺れる。
「あっ!」
しかし、すぐに七海さんがそれを支えてくれた。
「のぼせたときは急に動くと危険ですよ。少し早いですが、出ましょうか」
不安げな顔が私を覗き込む。
「ご、ごめんなさい、大丈夫です。ずっと楽しみにしてたので、もう少し入ってたいです」
「そうですか。わかりました。それでは、こちらに」
縁に腰掛け、腰まで湯船に浸かる。隣に並んだ七海さんは、まだ心配してくれているのか、私の肩に手を回して支えてくれていた。
「七海さん、少し寄り掛かってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
その胸にもたれかかる。すぐ近くに彼の肌があり、意識しないようにしてもまた心臓が騒ぎ出すのだった。
そのとき、とくとくと脈打つ、自分のものではない鼓動に気づく。
「ふふ」
「どうしました?」
「七海さん、心臓の音、ちょっと早いです」
思わず笑ってしまうと、七海さんが気まずそうに息を吐く。
「……格好つきませんね」
「そんなことないです。私のこと、意識してくれてるんだなぁって嬉しいです」
そう微笑むと、七海さんも少しだけ表情を和らげる。
「当然でしょう。これでも我慢してるんです」
七海さんの優しいけれど熱を帯びた声色に、とくんと私の心臓も音を立てたのがわかった。
「我慢しなくていいです。せっかく二人きりなんですから」
七海さんと視線が交わる。そして私から顔を寄せると、ゆっくりと唇を重ねた。
「っ……」
照れくさくなってすぐに顔を離す。しかし、大きな手に顎をくいと掬われたかと思うと、今度は彼から深く口付けられた。
「んぅ……」
舌が絡み、甘い声が漏れる。顔が熱くなり、どうすればいいのかわからなくなった。しばらくして、ようやく唇が離れると、七海さんが不安げに私の顔を見つめる。
「今度こそ、のぼせてしまいますね。もう出ましょうか」
「っ、はい……」
この幸せな時間が終わってしまうと思うと、少し寂しい。名残惜しくて七海さんの指をきゅっと掴むと、彼も優しくそれを握り返してくれた。
「……続きは後ほど」
寂しさを打ち消すその言葉に、また心臓が大きな音を立てる。
「はい」
ひらり、落ちてきた紅葉が湯船に浮かぶ。彼との甘い夜に想いを馳せながら、そこを後にしたのだった。




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