攻めが思い浮かべた体液をどちらか口にするまで出られない部屋

「そしたら、泣くまで私をいじめてください」
「……私があなたにそんなことを言わせている絵面、五条さんが見たら喜びそうですね」
七海さんが額に手をあて、息を吐く。体液と言われ、涙を思い浮かべたという七海さん。どうしたものかと思い悩んでいる彼を覗き込む。
「張り切って泣こうと思って、言ったんですけど」
もう一度言うと、彼はやっぱり呆れたようにため息を吐く。しばらくして、七海さんは顔をあげて私と向き合うと、ゆっくりと口を開いた。
「この歳になると、泣けと言われて泣くのがなかなか難しいので、できればあなたにお願いしたいのですが、さて……。最近なにか悲しいことはありましたか?」
「悲しいこと……」
そう尋ねられ、少し考えたところで思いついたことがあった。
「……」
七海さんには言いたくなかったことだけれど、この際仕方がない。
「実はこの間夢を見て。七海さんがいなくなっちゃう夢です」
すでに涙腺が緩んでいる。この夢を見た時、枕が涙で濡れていたのだ。
「どこを探しても七海さんはいないし、どんなに呼びかけても答えてくれなくて」
話しながら、思い出して息が詰まってしまう。
「そっか、もう、二度と会えないんだ……って……っ、すみません……」
溢れ出た涙が、ゆっくりと頬を伝う。思わず俯くと、大きな手がその涙を拭ってくれた。
「……そうですか。あなたを置いていなくなることはない、とは言い切れません。お互いこういう仕事ですので」
優しい声が落ちてくる。
「ただ、そうですね。あなたの隣にいる間は、あなたがなるべく不安を抱かないように、なるべく笑っていられるように心がけましょう。それで、ひとまずは許してもらえませんか?」
いつもより少しだけ感情の滲む声に、胸が締め付けられるような心地がする。ゆっくりと顔を上げると、安心させるように七海さんを見つめた。そして、にこりと微笑む。
「わかりました。私も七海さんの隣にいる時はなるべく笑っています」
七海さんの表情が少しだけ柔らかくなる。そんな彼に胸がじわりと熱くなるのを感じながら、ふと扉の方に目をやった。
「……あれ、開いてないですね?」
「あ」
初めて聞く間の抜けた声に、思わず七海さんの顔を見る。
「……すみません、失念していました」
七海さんが、らしくない様子でくしゃりと髪をかき上げた。
「いけませんね。あなたの涙を見たら、このことをすっかり忘れていました」
珍しく慌てた顔の彼に、思わずふふっと笑ってしまう。
「じゃあ、やっぱり私をいじめますか?」
「いえ、それはお断りします」
そんな会話で、いつもの表情を取り戻した七海さんに、なんだかほっとする。
このあと、ここを出るまでに何度かこのやり取りをしたのだった。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -