揺れるゆれる 7

 そんなことを考えながら待っていると、すっと自転車が目の前を通る。そして揺れる黒髪のボブヘアー。
「ちっ! 知佳ちゃん待って!!」
「えっ……?」
 きっと知佳ちゃんは振り向く気なんて無かったと思う。ただ私の大声が炸裂したその驚きにこちらを見たといった感じで彼女の足はペダルからコンクリートへ降り、顔が向き目線が交わった。
 彼女の目は、どこか怯えているような、罰が悪いようなそんな色で私を見ている。
「あ、の……知佳ちゃん。この間は、ごめんね。怒ってないなら、少し話、聞いてくれると嬉しい」
 すると彼女はそのまま自転車を引いてこちらへ歩いてくる。そしてがばりと頭を下げた。
「ごめんなさい!! 私のほうこそごめんなさい……! 絵里香さんきっと怒ってると思って、そう思ったら怖くて怖くてどうしても、朝顔を出すことが出来なかった……。あの時、私はきっとどうかしてたんです。絵里香さんに当たる形になっちゃって……許してはもらえないだろうけれど、ごめんなさい……!」
「怒ってなんてないよ。それはこっちのセリフ。いいからちょっとこっちきて座って。私からもね、話があるの。知佳ちゃんに聞いてもらいたい話。卑怯な、私の話」
 すると彼女は黙って私の隣に腰を下ろし、両膝を抱え込んで丸まった。
「まずはここから。……知佳ちゃんさ、女の子好きって言ったよね? それは、私もなの」
「えっ……ええっ?」
「うん、そうなの。昔からそうなの私。でも、知佳ちゃんみたいに言う勇気なんて無くって……いつも独りで片想いして独りきりで終わってた。これは、知佳ちゃんが正直に私に話してくれた時に言うべきだったと思ってる。ごめんね、これを言えば知佳ちゃんはもっと楽になれたはずなのに私は言わなかった。……なんでか、言えなかった」
「絵里香さんもじゃあ、私と同じ……?」
「そう。そんでね、私はもう高三で……あと一年待てば女同士の恋愛が自由に出来る世界へ行けるって思いながら、そうやって我慢しながら毎日送ってた。そしたらね、知佳ちゃんに会ったの。毎朝、毎日知佳ちゃんの顔を見てるうちに、挨拶も交わさないのになんだか楽しみになってきちゃって。ああ、今日もあの子に会える。顔が見れる、そう思うと胸が躍って躍って……知佳ちゃんに、恋してた」
 私はそこまで喋り、ごそごそと鞄を探って中から包みを取り出して彼女の前へ差し出した。
「これ、もらってくれる? 知佳ちゃんはいやかもしれないけどどうしても勿体無いって思って……。着けなくてもいいから、家に飾っておいてくれてもいい。これは知佳ちゃんのものだよ」
「開けても、いいですか……?」
 それに頷いてみせると、知佳ちゃんはきれいにラッピングされたこげ茶色のラッピングシートに手をかけてきれいにゆっくりと包みを開けてゆく。そうして現れたそれに、彼女は目を大きくさせた。
「これ……!街のシルエットの、ネックレス……!!」
「やっぱり、似合うなって思ったから。ね、知佳ちゃん。これは、知佳ちゃんを振った彼女と私の大きな違いだと思って欲しい。振った子は似合わないと言った。でも私は似合うと思う。いくら外見が似てても、彼女と私は違うよ」
 すると、彼女はふるふると身体を震わせ瞳に涙が盛ってくる。すっと、頬に走る涙の粒。私は黙って、それが流れるのを見ていた。
「……絵里香さん、私は……私、なんて言ったらいいのかな、彼女に似てるとかじゃなく、私も毎日絵里香さんの顔見るの、楽しみになってました。きれいな顔が、交差点を挟んでいつも見えるのが嬉しくて。でも時々、彼女とかぶるんです。それが悲しくて。きっと、私の恋はまた無残に破れるんだろうって、思ってたから。……雑貨屋さんにいる時、うっかり私は絵里香さんと彼女を重ねてしまった。なにがなんだか分からなくなってしまったんです。絵里香さんは彼女であるのか無いのか、私はどうやって絵里香さんに惹かれたのかすらも分からなくなってしまって……」
「えと、結論を急ぐのは早いって分かってるけど……知佳ちゃんは、私が好きなの? それともきらい?」
 すると、彼女は両手を両目に当ててぶんぶんと首を振る。
「きらいな訳ない……! 好き、好き……大好き!! 優しい絵里香さんが、私は好き……! 彼女とは違う。彼女はもっと、いつも冷たかった。追いかけてばかりいたの、私。そんな私を、絵里香さんは追ってくれた……! 嬉しい、嬉しいです私……!」
「ね、知佳ちゃん。顔上げて?」
 そう言いつつも、私は無理やり知佳ちゃんの両手を解きそして驚きに溢れた表情を無視して、小さな桃色の唇に自分のものを押し当てた。
「んっ……!」
 ほんの一瞬の出来事。けれど、唇に走る感触は未だ残ってる。柔らかくって、甘い唇に私は酔ってしまった。私も彼女も目を開けたまま、至近距離で見つめ合ってしまう。
「……目、つぶって……」
 私の言葉に、知佳ちゃんは緩く頷き大きな瞳は白い瞼の中へ消えた。
 そのまま顔を近づけ、また触れるだけの口づけを施し離れてみる。
「こんな、ことされちゃうとわたし、また好きになっちゃう。どんどん、好きになっちゃう……」
「いいよ、好きに、なってよ。私も好きになるから。もっともっと、好きになるから、好き同士になろ……?」
 すると彼女はきゅっと口を引き結びこくんっと勢いよく頷いた。それをいいことに、私はもう一度彼女にキスししっかりと腕に抱く。
 小さな身体は少し震えていて、雛鳥みたいだった。生まれたばかりの雛鳥のような、華奢な身体。
「……えりかさん……好き」
「うん、私も、知佳ちゃんが好き……」

 揺れる揺れる、心は揺れる。
 揺れない日なんかなくって、いつも私たちは揺れながら互いを思ってまた揺れる。
 ゆらりゆらゆら、揺れながら恋をする。

Fin.
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