揺れるゆれる 6

 しかし、値段はどうなのだろう。そんなことに気づいてしまった私はこっそりと値札に目をやり驚いた。……高い。けど、買えない値段ではない。それに、このネックレスはとても知佳ちゃんに似合ってて、出来れば着けて欲しいなあ。なんて安易に考えた私は、つい心を言葉に乗せてしまう。
「ね、買ったげようか。私これ知佳ちゃんにプレゼントしてあげるよ! すごく似合ってるんだもん」
「え、そんな……い、いいです。高いですから、このネックレス。それに、昨日知り合ったばかりなのにそんな」
「いいっていいって。欲しいんだよね? なんなら、半分お金出してもいいし。買っちゃおうよ!」
 私は自分がしつこい人間になっているのを感じながら止められないでいた。ものとの出会いは一期一会。それに私は知佳ちゃんを元気付けたかった。もので元気になるなら、そう思ってもう一度「買ったげる!」そう口に出そうとすると知佳ちゃんは大声で「いいです!!」そう拒否の言葉を吐いた。
「……いいんです、本当に……。お金を出してもらうのもいやなのもあるけど彼女、私を振った彼女と一緒に見つけたネックレスなんです。彼女は私には似合わないって言った。私もそう思った。彼女がそういうならって思って欲しかったけど諦めた。そういう、ネックレスなんです。半年以上も売れ残ってるネックレス……。私、絵里香さんに彼女を重ねてる。……絵里香さん、私が踊るの、愉しいですか。失恋して、傷心の私に優しくして……それで私が喜んで絵里香さんに心が移るその過程、そんなに愉しいですか。彼女みたいに振るつもりですか」
「え、え……?」
 話の飛躍についていけない私だった。ネックレスに因縁があったのは分かったけれど、彼女はなにを言いたいんだろう。踊るってなに? 私が知佳ちゃんを踊らせてるってこと?
「やっぱり……彼女と似た絵里香さんと関わるべきじゃなかった。私、絵里香さんのこと好きになり始めてる。彼女に似てて、似てない優しい絵里香さんに。……もう、振られたくない。あの、ごめんなさい。帰ります私っ……!」
「ちょ、知佳ちゃん!?」
 瞳に涙を浮かべた知佳ちゃんは、自分でネックレスを外し乱暴に置いて店を出てしまう。
 追いかけなければならないと思いつつも、私も少々ショックを受けていてどうしてもそれが出来なかった。
 そっか、彼女は未だ……振られたことを引き摺っているんだ。こっぴどくふられたことの傷が未だ、癒えずにいる。私は、目の前に見える鏡の中の自分の顔を見て溜息を吐く。私と似た、私じゃない誰か。知佳ちゃんを振った誰か。
 楽しかった時間はあっという間にしゅわしゅわと萎んで無くなっていった。

 それから、半月経った今でも私は知佳ちゃんと会うことは無く朝、例の交差点でその姿を見つけることも出来ず味気ない毎日を送っていた。
 誰と挨拶を交わすことも無く教室へ向かい机に突っ伏す。すると、級友である沢田がやってきて頭を小突かれた。
「痛いよー、沢田」
「最近あんた元気ないじゃん! なに、どしたの」
「んー……? うん、振られたの」
「ふられた!? って、誰に!? どんな男!?」
「あー……くまモンに。くまモンに振られたの。くまモンには好きな人がいてね、忘れられないんだって。だから、私の出番は無いの。ずっと、無いの」
「くまモンに!? なにあいつ好きな人なんていたの!? どこの県のゆるキャラ? ふなっしーじゃないよね?」
「ふなっしー……ではないね。私に似てるんだって。だから、無理なんだって」
「あんたに似たゆるキャラってなに!?」
「もういいから自分の席行きなよ。ホームルーム始まる」
「ちょっとその話! あとから詳しく聞かせてもらうからね!!」
 そんな捨て台詞を残し沢田が去ってゆく。詳しい話っていっても……だって、三分くらいで終わっちゃうよ。説明なんて。私たちは互いに何も知らなくて、なにも話してない。話す時間すら、まともに取ってないんだもん。
 けど、好きになるのに時間は掛からない。一秒の間に恋に落ちることもあるんだから。
 本当に、恋愛って不毛だ。不毛だけど、とてつもなく魅力的で……空恐ろしくなる。ああ、知佳ちゃんに会いたい。
 会って、ごめんねって言いたい。その時は、私も正直に何もかも話そう。彼女の心が少しでも軽くなれるように。過去に囚われすぎてるその心に一滴でも、なにかを落としたい。

 その日、私はわけを聞きたがる沢田を振り切り早めに学校を飛び出し自転車に跨って例のコンビニで知佳ちゃんを待ち伏せすることにした。ちょっとストーカーみたいだけど仕方ない。だって、顔が見たい。声が聞きたい。この気持ちに正直になりたい。
 多分、彼女は通学ルートを変えたか登校時間を変えたかの二択だと思う。後者ならここで待っていれば掴まる。
 陽が傾き始める頃、私は二本目の紅茶のペットボトルを開けた。やっぱり、会えない……か。
 嫌われたかな。もう、だめなのかな。
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