コンビニに到着し、それぞれ飲み物を買って私はついでに二つドーナツを買った。先に彼女がコンビニを出て、それを追う形で私も外へと出る。
ここのコンビニは駐車場が何より広い。ので、片隅に陣取っても車の邪魔には殆どならない。けれどまあ、いい事ではないけれどね。でも他に話す場所もなく。
「おまたせっ! はい、ドーナツ! ここのコンビニのドーナツって美味しいって知ってた?」
二人、並ぶ形で駐車場の隅に座り込んだところでドーナツの入った袋を差し出した。するとまたきょとんと彼女は目を瞬かせ笑顔になる。
「食べたこと無いけれど……あなたが言うなら食べます。あの、いただきます……ね?」
あなた。あなたときた。今どきの高校生であなたって……面白い。これは面白い。
「あ、ホントに美味しい……! いちごのドーナツって私初めて食べました。すっごく生地が美味しい……!」
あらら、口の端にドーナツ付けちゃって。
私はひょいっと彼女にくっ付いているドーナツに手を伸ばし摘んで口に入れる。
「うん、美味しい! ね、早速なんだけど……名前聞いてもいい? 私は橋本絵里香。高三です」
「あ、私は……えと、高一で山本知佳と言います。……あは、なんだか、照れます。……初めて声掛けてもらった日にドーナツまでいただいてしまうし」
彼女の頬は赤かった。その頬の赤さが私を見てそうなったと思うと、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「なんかさー、ずっと、話しかけたかったんだよね。毎朝さ、私たち顔合わせてるじゃない? いつもいつも知らん振りしてすれ違って学校通っててさ、だから今日……知佳ちゃんが『おはよう』って言ってくれて……すごく嬉しくてね。挨拶くらい、したかったから」
素直になりたかった。ので、素直に喋ってみたのだけれど……。どさくさに紛れて知佳ちゃんなんて呼んじゃって……。ちらりと横を見ると、知佳ちゃんはかちんと固まってしまっている。顔も、身体もかっちかちになっちゃっていた。
「ち、知佳ちゃん!? どしたの? 私いけないこと言った? 言ったなら……!」
すると、固まった知佳ちゃんの瞳から大粒の涙がぽろりぽろりと溢れ出して来た。見事な雫は知佳ちゃんの顎にすぐに溜まりコンクリートの上へと落ちてゆく。
「知佳ちゃん……」
すると、彼女は少し笑んで目元を擦った。
「ごめ、なさ……。泣く、つもりじゃなかったんですけど……。絵里香、絵里香さん……なんか、優しいから。私の好きだった人に、似てるから……」
どういう意味だろう。内面が? 外見が?
そのまま黙っていると、知佳ちゃんは泣くのは止めたけれど目は真っ赤に染まっている。
「今日、朝挨拶して……こうやって絵里香さんと喋ったりするの初めてで、引かれるのは分かってます。分かってて、でも言いたくて。……私、卒業と同時に、失恋して……。私の好きな人、オンナ、じょ、女性って言ったら……気持ち悪いですよね。分かってます、分かってるんです。彼女にもそう言われました。私は真剣に告白したのに、彼女は気持ちが悪いって言った。私の思いはそんなに不快だったのかと、嫌悪するようなものだったのかと……真剣に傷つきました。間違っていたのかな、私の恋心は。彼女に寄せていた想いが、こんな形で終わるなんて思わなかった。……本気で、好きだったのに……!!」
彼女は顔を真っ赤にし、再び涙を零し始めた。
「絵里香さん、彼女に少し似てます。きれいな長い黒髪も、漆黒の瞳も、血色のいい唇も……。こういう、優しさも……」
咄嗟だった。私は震える彼女の手を握ってしまった。
「あのっあのさっ! あの……明日、学校休みなら一緒に買い物行かない?」
「えっ……?」
「うん……。いきなりすぎるよね。けどなんか……知佳ちゃんの話聞いてたら、ほっとけなくなっちゃった。私もさ、知佳ちゃんと同じ。振られてるよ、私も。けど、知佳ちゃんはえらい。ちゃんと、想いを伝えたんだもん。私なんかさ、言う勇気すらないの。言って、傷つきたくないから。卑怯で、卑屈で。私の恋愛はいつもそう。けど、知佳ちゃんの想いは不快なんかじゃないよ。人を好きになるって、そういうことだもん。理屈じゃなくって、そういうなら理屈で話がつけられるならそれほど楽なものなんてなくって……だから、苦しんでいるんであって……。知佳ちゃんは頑張ったと思う。えらかったよね」
私は一息にそれだけを言って、知佳ちゃんのボブヘアーを撫ぜた。さらさらの髪からは花のような香りがした。
「わたし、えらかった、ですか……? 気持ち、悪くない……? だって」
「えらいよ。気持ち悪くも無い。……女がオンナ好きになってじゃあなにが悪いのって、私は言いたいな。人類みな兄弟! って、ね?」
途端、彼女は顔をくしゃくしゃにし、大泣きを始めた。そんな、震える声の傍らこんなことを言ってくれた。
「……絵里香さんに、話してよかった……! 誰かにずっと、聞いて欲しくて。肯定、して欲しくて…! 彼女に似た、絵里香さんにずっと聞いて欲しかった……! あり、ありがとう、ございます……!!」
「うん、泣いちゃえ。泣きたければ泣いちゃえばいいよ。時間はたっぷりある。飲み物もある。私も傍にいる」
知佳ちゃんはかわいい顔を歪め、必死に過去を振り切ろうとしている。
そんな姿を見ながら私はどうして、自分も女が好きという告白をしなかったのか考えていた。それを言えば、きっと知佳ちゃんはもっと楽になれる。もしかして付き合えるかもしれないのに。
どうしても、私は言うことが出来なかった。