揺れるゆれる 2

 そして今日も気持ちのいい春の空気を感じる朝、彼女と交差点で鉢合わせした。
 今日は信号は赤。ということは、彼女とこのまま目を合わせたままでいられる。しかし、大きな目だな。ふわっふわの黒髪ボブヘアーというのも実に学生らしくていいと思う。
 信号が青に変わる。ああ、この時間ももう終わってしまうのか。彼女がコンクリートを蹴り、自転車を漕ぎ始める。
 待って、未だ行かないで。
 未だ、未だ挨拶が済んでないの。挨拶、挨拶……!!
「お、おはよう!!」
 大きな私の声はきっと道路中に響き渡ってこの町全体にも拡がったんじゃない? と思うようなそんな声が喉から飛び出した。
 彼女は目を大きくして、しかし笑んだ。笑んで小さな声で頬を桃色に染めながら「お、おはよう……ございます」と言って交差点を渡り切ってしまい、すれ違う。思わずその姿を目で追ってしまうと、自転車を一度止めた彼女は満面の笑みで「おはようございます!! えと、私もずっと……言いたかったんです」今度こそその言葉を残し、彼女は去ってしまった。
 あ、挨拶、出来た……。彼女もおはようって、言ってくれた……。声、声すっごいかわいかった……。アニメ声優みたいに高くて、なんだか澄んでて……鈴の音ってこういうことをいうのかな。
 信号が青から赤に変わる。私はその場から動けないでいた。
 その後、学校へと向かい教室へ入ると何故だかクラスメイトの顔がちらちらと私の方を向いている。女子高のそこは女の子の顔だらけ。私もその中の一人なんだけれど。
 なにかおかしい?
 すると、二年から同じクラスでとても仲良くしている沢田が「ちょっとちょっと!」そう言ってやってくるのに疑問符を頭に持ち上げると鞄すら机に置かせてもらえないままトイレへと連行された。
「なに、なに沢田!! どうしたの!!」
「あんたねー、どうしたのその顔! そのほっぺた! 熱があんなら帰りなよ!」
「へ? ねつ?」
 慌てて鏡を見て驚いた。両方のほっぺたが真っ赤に染まっているのだ。
「ひゃっ!! わっわっ!! なにこれなんでこんなに真っ赤なの!?」
 もしかしてボブヘアーの彼女もこの顔見たんじゃ……。
 慌てた私はトイレから飛び出て机へと突っ伏した。やだな、やだな。こ、こんな変な顔見られたなんて。ううう、死にたい……。
 そうしていると頭上から沢田の声が降りかかる。
「どしたー? なんかあった?」
「なんかっていうか……す、好きっ!! 好きなの、好きになっちゃったの!! 本当に本気で!!」
 そう、本当に本気で。あの子が好きになった。何も知らないのに。名前だって、本当の年だって、知らないのに。
 どうして。ただ挨拶を交わしただけなのに。
「好き? 好きになったってなにを? 誰!? どんな男子!? イケメンっ!?」
「くまモン! くまモンが好きなの!! 大好きになっちゃったの!!」
「はあっ!? くまモンってあんた!! この間私にゆるキャラに対しての批判的な理論をあれだけ繰り出したにも拘らず……三十分以上もその談義につき合わされた私はなんだったのよ!! ばか橋本!!」
 好きって、不思議だ……。今回は重症もいいところかもしれない、この感じ……。

 浮かれたそのまま、私は一日を過ごし――その帰り道だった。なんだかボーっとしながら道を走っていると、前から特徴的な丸襟の制服を着た彼女が自転車を漕ぎながら走ってくる。
 彼女も気づいたようでハッとした顔をした後、頬を紅色に変えぺこりとお辞儀してきてそのまま終わり……にはしない私だった。
「あっあのっ! ちょ、ちょっとストップ!」
 私は足を地面へと下ろし、彼女の行き先を遮った。彼女は頬を紅色にさせたままきょとんとした顔をして私を見ている。
「えと、あの……おなか、減ってない? あの、おごるからさ! いつも出会うコンビニでちょっと……お茶してかない?」
 怪しい。私は怪しい人だ。同性じゃなかったら丸っきりこれはナンパだ。
 しかし彼女は嬉しそうに笑んでこくんっと首を勢いよく縦に落としてくれる。
「あの、おごってくれなくてもいいです。……けど、お茶したい……です!!」
 ほう。結構この子は言う子だな。それもかわいい。大人しめな外見だけれど、それを裏切るギャップと言うのもなかなかにいいものだ。
「じゃあ、コンビニ行こっか!」
「……はい!」
 私は来た道を引き返し、彼女はそのまま進行方向へと。
 自転車に乗っている間は口聞けないからコンビニに着いたらいろいろ聞こう。名前、年齢、あとはなにがいいかな。
 わくわく、してもいいのかな。……きっと私はそのままいつものパターンで、この子を忘れていくんだろうけれど。
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