それから、二時間後。
二人は大笑いをしながら佐和のアパートへと到着した。
「やだー! 超大嘘!! いや、嘘じゃないけど、その物言いと、その格好!」
「ふふん。絶対に、怒られていると思ったし、もう時間も無いしね。私の作戦が、成功したのよ! もっと褒めてちょうだい!」
「あはは、褒める褒める。しかし、まさかそんな服装でやってくるとは思わなかったなー。予想外!」
「まぁ、会社行ってた時に着てたものよ。こういうカッコして、それなりのこと言えばそれなりの反応が返ってくるのよ。そして、お土産の力も大きいわね!」
「でも、これで遠慮なく佐和さんちにいられるね! じゃ、下着姿に変身しちゃおーっと! って、待って。どうして佐和さん私の家が分かったの!?」
「尾行よ。鈴ちゃんが出て行ってすぐに、着替えて後をつけたの」
なんでもないことのようにそう言った佐和に、鈴は苦笑いする。
「まったく……なんて人なのやら」
「あ、待った! ね、どうせなら外にごはん食べに行きましょうよ。今後の、エネルギー充填も兼ねて!」
「おごり?」
「ふふん。私をなめないでいただきたいわね!」
そうして、向かったのは洒落た店でもなく、ごくごく普通の喫茶店だった。
大いに、鈴はうろたえる。
「あの、ここ……? だって、ここ」
「いいじゃない! こういう店に限って、美味しいものが食べられるのよ。さ、入るわよ」
からんからんと、ドアについた鈴が鳴る。
そこから出て来たのは、庶民くさい中年の女性だった。
「いらっしゃい、佐和ちゃん」
「こんばんは、おばさん。あ、この子、鈴って言うの。私の、大事な大事な友達よ! 可愛いでしょう?」
すると、女性は満面の笑みを浮かべて鈴に向かう。
「こんな古びた喫茶店、嫌でしょう? ごめんねぇ、どうせ佐和ちゃんが引き摺ってきたんでしょう?」
「人聞きの悪いこと言わないでー。ね、おばさん! 今日はナポリタンにするわ。ナポリタン二つと、あと鈴ちゃんなに飲む? 紅茶美味しいわよ」
「あ、じゃあ紅茶で……。あ、あの鈴と言います! いい、喫茶店ですね……」
古いけども、と、鈴は言わない。
「まぁまぁ、座りなさいな」
席は、あまり埋まっていはいなかったがそれでもどことなく、風情がある。
お冷を飲み、二人で顔を見合わせる。そして、どちらからともなく、笑う。
「なんか、楽しいよね。すっごい楽しいよね」
鈴がそう言うと、佐和もますます笑みを深めてそっと、鈴の手を取った。鈴も、反射で握り返してしまう。
ぎゅっと、手が絡む。
「私も、楽しい……。独りでね、官能小説読んでた頃よりも、ずっとずっと、楽しい」
佐和の目に、薄く涙の膜が敷かれる。
「さわさ……」
「おまちどーお! ナポリタンどうぞ!」
どん、と机に置かれたそれは鉄板で、下に卵が敷いてあり上にはもりっと盛られたケチャップソースのパスタ。
「美味しいのよ本当に! 食べてみて!」
「あ、うん……」
すっと、手を外してパスタをフォークに巻きつけて口に運ぶ。
すると。
「んー!! 美味しい!! すっごい美味しいなにこれ! たまねぎ甘い!」
「でしょう?」
ふふ、と佐和が笑う。
そうして、次に向かったのは銭湯だった。これまた、昔作りの。
金を払い、バスタオルとハンドタオルを購入し、二人は身体をしっかりと清めて湯船へと浸かる。
「あー……きんもちいいー……蕩けそう」
鈴は、少し熱い湯船を堪能しつつ、目を瞑る。
「いいものでしょう、こういうのも」
「うん……さっき飲んだ、紅茶もすんごい美味しかったし、いい日ー……!」
「ここで、元気をチャージして頑張るわよ! 鈴澤先生の誕生の為に!!」
鈴は、薄目を開け、手でそっと湯を掬い、佐和の顔にかけた。すると、すぐに反撃されて、まるで子供のように、二人ははしゃぎ回り、銭湯の管理者にお叱りを受けた。
その帰り道。濡れたタオルを持ちながら、少し涼しい風を受けながら二人は連れ立って歩いていた。すると、すいと、手が佐和に取られる。
「ん?」
「手、繋ぎましょうよ」
「はは、いいよ」
ぶんぶんと、佐和は鈴の手を振り回しぐいっと引っぱった。
よろよろっと、鈴の足がもたつく。
「わっとっと……!」
すると、無防備な鈴の頬に、柔らかな感触。それは、額にも、鼻の頭にも落とされて、驚く鈴に、佐和がゆったりと笑う。
「私、鈴ちゃん好きだな。少なくとも、こうやってキスしちゃうくらいには」
「き、キスって……!」
「鈴ちゃんは、いや? 私と、こういうことするの。恋人とか、そういうのいや?」
鈴は、首を傾げた。
嫌どころか、寧ろ嬉しい。そう、嬉しいのだ。
今度は、鈴から佐和に迫る。
夜の道、二人は柔らかな口づけを交わした。
ただ、それだけに、終わった。