鈴は、初めは家で書いていたのだが細かいことを決めるときにはやはり、佐和の許可がいる。いちいち電話して聞いてもいいのだが、それでは手間だ。
ということで、いつの間にか鈴はノートパソコンごと、佐和の家で原稿をすることになりその際。
「さ、鈴ちゃんこれを着て」
「これって……下着!? なにこの派手なピンク色は!」
「いいじゃない。ユニフォームよ! ユニフォーム私たちの決心と、結束を固める為にね……! いっちょ着て欲しいわけよ!」
鈴は初め、その下着を口を開けて見ていたが実は、佐和の下着を見て羨ましいと思っていた気持ちを思い出したので、そこは大いに頷いておく。
「じゃ、着替えるから! しかし、佐和さんはホント、私よりも自由だねぇ……」
しみじみとした口調で、鈴が服を脱ぎ始める。
「ふふ。伊達に宝くじで暮らしてないわよ!」
下着を身につけ、佐和に向き直ると、その表情が輝く。
「似合うじゃない! これはいいわ! 創作意欲が掻き立てられるというか、とにかくすごくいいわ! この際だから鈴ちゃん、あんたはずっとこの格好でいなさい。私のやる気に繋がるから」
それに、鈴は苦笑で返す。
「分かった、じゃあ、その代わり佐和さんこそ下着姿止めないでよ? あと、輪ゴムも止めないこと!」
「ハイ! 了解です!!」
くすくすっと、二人で笑い合う。
「じゃ、原稿始めましょうか。締め切りまで、あと十日!」
だがしかし。
さすがに、連絡はしていても何泊も外泊を重ねた鈴の親から、すぐに帰ってこいとの電話がかかってきてしまったのだ。
それはそうだろう。かれこれ、四日ほど、鈴は佐和の家に入りびたりなのだから。
「あーあ。面倒だなぁ、親って」
鈴は、ユニフォームである下着を脱ぎながら、大きく溜息を吐いた。
「あら? いるだけいいじゃない」
その言葉に、鈴は思わず着替える手を止めてしまった。
「え……? 佐和さん……独り、きりなの?」
「そうよー。両親共に、自動車事故でねー。まぁ、そのおかげでお金には不自由してないし。官能小説あるし。あらやだなにその顔」
「で、でも……」
「気にしなくていいのよ。ただ、すぐに帰ってきてね! 二人で一人の、鈴澤先生なんだから!」
その、帰宅途中。
鈴はずっと、佐和のことを考えていた。
両親がいない。あの様子分だと、兄弟もいないだろう。佐和の、どこか突き放したようなそんな雰囲気はそこから来ているのかもしれない。
早いうちに親を無くし、生涯孤独となった佐和。官能小説を読むのが好きだといった佐和。
きっと、何か夢中になれるものが欲しかったのだろう。それが、いくらいかがわしくても。
つらつらと考えているうち、自宅へと到着した。
そんな鈴に待っていたのは母親の大きな声での説教だった。
「あんたねー!! どれだけお母さん心配させれば済むと思ってんの!! 何日も何日も家にも帰らず……! なにしてたの!!」
「あー……怒って、らっしゃいますね」
たはは、と頭を掻くと、ごつんと拳骨が落とされる。
「馬鹿にするんじゃないの!」
「友達のとこ! 一緒に、小説書いてるの! そんで、五月が締め切りだから間に合わせようと必死にだね……!」
「そんなの、通るわけ無いでしょう!」
それには、鈴もカチンときてしまう。
「分からないよ!? 通っちゃうかもよ!? とりあえず、そんなに怒らないで落ち着こうよ!」
と、そこでキンコーンと軽やかに玄関チャイムの音が鳴った。
「ほらお母さん、出ないと拙くない?」
しぶしぶ、母親が玄関に向かうとなんと。
「鈴ちゃーん? 私よ、佐和」
という声が聞こえるではないか。
「佐和さん!?」
慌てて、鈴も玄関に飛び出すと、そこにはいつもの下着姿の佐和でもなく、髪も輪ゴムで留めてあるわけでもなく、本当にかっちりとした服装に身を包んだ佐和が微笑んでいる。
「初めまして、鳥居佐和と申します。娘さんを長い間、お借りしちゃって申し訳ありません。今日は、そのお礼とお詫びに参りました。これ、つまらないものですけれど」
元々美しい佐和だ。それに、好感の持てる優しい色の服装で纏めれた彼女は、どこからどう見ても常識人で。いや、そう見える服装に着替えるのも佐和の戦法のうちなのだが。
鈴の母親も、お土産を受け取り、その佐和の態度についつい、心が動いてしまったのだろう、薄く笑っている。
「今、娘さんと進めている小説作りがとても楽しくて、鈴ちゃんのご家族のことを考えていなかった私が全て悪かったのです。本当に、申し訳ありません。娘さんの作り出すものが、とても好きなので、ついつい引き止めてしまって」
「こんな、馬鹿娘が、ですか?」
「馬鹿娘だなんて……娘さんは、とても素晴らしいと思いますよ。なので、これからもぜひ、私の家で一緒にお話を作らせていただきたいと考えているのですが、許可いただけませんでしょうか? 犯罪行為など、一切する気はありませんし、させる気もありません。ただ、一緒にお話が作りたいだけなのです」
その、佐和の言葉に、母親が喉を詰まらせたのが分かった鈴は、ぽんぽんと、二度、母親の肩を叩く。
「ここまで、わたしのこと必要としてくれる人なんて、いないと思うんだけど」