好きです――。
言えない一言、消える言葉、壊れるかもしれない関係。
それら全て分かった上で、私たちは出会った。
「はじめましてー」
「あ、はい。はじめまして」
桜井要は隣に腰掛ける人物を視界に入れた。
初めて参加する、レズビアンのオフ会に、緊張しつつも場の雰囲気に合わせて軽い感じで話を合わせながら時を過ごしていた。
しかし、要は居心地の悪さを感じていた。出来ることなら同い年の参加者がいればいいのに、と思っていた直後の席替え。隣に座った人物は随分と年若く見えた。
「私、千鶴って言うの。いくつ?」
「あ、私は要。十七だよ。千鶴は?」
「わ! 偶然! 私もなんだよ。もちろん学生だよね?」
「うん。もちろん」
ノリの良い千鶴と名乗った同い年に、なんだか少しの安堵を感じる。
「ねぇ、このオフ会って年齢層高いよね。私、付き合うなら同い年の子が良くてさ。要にはなんか親近感湧くー」
そう言われて嬉しくないはずがない。
「私も、私も!」
「やっぱ? でもさー、やっぱ、ビアンのオフ会ってどことなく安心しない? だって、皆女の子が好きなんだもん」
意味ありげな言葉に、一瞬要の頭に疑問符マークが浮かんだが、その言葉には同感できた。慣れはしないものの、安心はする。
「うん。分かる。だって、好きになっても相手も恋愛対象として見てくれるもんね」
「…… ね、ねぇ、もしかして……」
「ん?」
千鶴は少し黙り、探るような口調で言葉を乗せた。
「あのさ、このオフ会が終わったらどこかお茶しに行かない? 他に誰か良さそうな人が居れば別にいいんだけど……」
「いいよ。私ももう少し千鶴と話したいなって思ってたし」
「ホント? じゃあ、駅のどっかでお茶できるとこ行こっか」
頷くと同時に、次の席替えが始まった。
昼を跨いだオフ会だったので門限も関係なくお茶が出来る。
要は少し浮き足立った気分と緊張と、罪悪感を持って千鶴と店に入った。
店内は混んでいて、ファストフードの安っぽい香りが鼻をつく。
コーヒーとポテトを頼んで席に着く。
ポテトを口に放り込みながら千鶴が話を切り出した。
「今日のオフ会ってさ、ビミョウじゃなかった?」
「うん。初めて参加したからよく分からないけど、なんか……入り込めない感じ」
「だよねー。あ、要はさ、誰かいい人見つけに来たの?」
「う、うん。まぁ……」
「マジで? 私もー。でも、なんか誰ともピンと来なくってさ」
「そだね」
「ね、ちょっと聞きたかったんだけど……要って誰か好きな人とかっているの?」
問われて、思わず口篭る。
いるよ。大好きな人が。でも言えない。でも……でも。
「いるって言ったら……どうする?」
質問に質問で返したくなかったが、要の頭の中に、どうしても愛しい人の顔が思い浮かんで離れなかった。
出会いを求めてやってきたのに、結局自分のしていることは一体何なのか。
「そっ……か。うん……実は、私もいるんだ。好きな人。バスケ部の先輩……」
「え? じゃあ、なんでオフ会に?」
いきなりの展開に、つい大声になる。
「多分……要と同じ理由だよ。だって好きって言っちゃったら今の関係なんて無くなっちゃうよ。向こうが自分のことをそういう対象で見ていないことなんて、分かるでしょ?」
「うん……私も同じ理由。誰か他に好きな人作ってさ、今の好きな人のことを忘れることが出来るならと思って今日来たんだけど……ダメだね。余計に気持ちが浮き彫りになった感じさえする」
冷えたコーヒーを喉に流し込む。
「ね、私たちさ、言い合いっこしない? ホラ、好きな人と何かあっても誰にも何も言えないじゃない? だからさ、報告とかし合えたら楽しいかと思って」
その提案は要も驚いた。が、それはそれで楽しいかもしれない。
「いいね。それしようよ! あ、私のLINEのID教えとくね!」
要は笑顔でスマートフォンをバッグから取り出した。
その日の夜――
『今日はありがとう。明日から楽しみにしてるね! おやすみ』
そう千鶴からLINEが届いた。
要もそれに対し簡単な返信を送り、ベッドにバサッと仰向けに倒れた。明日から、どうなるのだろう。
楽しみなような、どことない危うい千鶴とのやり取りに思いを馳せるのだった。
あくる日の朝。つい長い間考え事をしてしまった所為で寝過ごし、整容も思う存分できず、慌てて教室へと駆け込む。
「おはよー! はー、何とかホームルームには間に合った」
「おっはよ! 要。あら、なんか髪、乱れてるよ?」
「あ、マジで? やだな」
「要はもー」
教室に着いた途端、要の片思いの相手、遠田が櫛を持ってやってくる。
要は優しく髪を梳いてくれる思い人に、心が桃色に満たされてゆく。
帰り道、早速、千鶴にLINEでメッセージを送る。
『聞いて聞いてー!今日ね、遠田が髪を梳いてくれたの! すごく優しいんだ。うっとりしちゃった』
すぐに返事が返ってくるかと思ったら彼女は部活中だということに思い当たり待っていると、
『私もー! 先輩によく気が利くねって褒められちゃった!』
と返ってきた。
そういったやり取りはとても楽しく、今まで誰にも言えなかったことを堂々と誰かに伝えることが出来る。
素直に嬉しい。
それが最初の頃の感想だった。