あんまりにも乱暴に叩かれたため、足が赤くなってしまっている。
「痛いよ! 佐和さん痛い!!」
「すっごいじゃないのー! これよ! こういうのが私に欠けているところなのよ! 鈴、すごいわ!」
「い、いやいや……そんな、大げさなもんじゃないんだけど」
「で、この空白の部分にエロシーンを入れればいいわけね?」
「まぁ、そこら辺は佐和さん次第……だね!」
ニッと、鈴は笑った。本当は、照れくさくて堪らなかったが、佐和の喜びように鈴もつられて嬉しくなってしまったのだ。
「よし! じゃあ、私は官能の部分を書き入れるわ! 俄然やる気が出てくるものね!」
カリカリと、筆が走る音だけが部屋に響く。
そこで、鈴は前々から疑問だったことを口に出す事にした。
「ねえ、佐和さんはどうやって暮らしてるの? 仕事とか、してないでしょ?」
「ああ、そのこと? それはね、ま、大きな声じゃ言えないんだけど宝くじあるじゃない? あれをさ、遊びで買ってみたの。三枚。そしたら、結構大きな金額が当たっちゃったのよ、なんと!」
「え!? ホント!?」
「ホントよ。嘘吐いてどうすんの。だから、その足で胸糞悪い会社を辞めて、めでたく自由人という地位を勝ち取ったわけ」
「へぇー! じゃあ、お金が尽きるまで、この生活?」
「ま、それもありかなってね。宵越しの金は持たない主義者の、特権ねこれは。そういう、鈴ちゃんは?」
「私? 私はねー……完全なる、ニートだね! だって、人生一回よ? 仕事なんてしてる時間が勿体無い」
そう言った、鈴の言葉に、佐和は大笑いした。
「変わった子だと思ってたけど、本当に変わってるのね」
「佐和さんだって、公衆の面前でエロ小説読んでるし、髪だって輪ゴムで留めてあるじゃないよ!」
「ああ、輪ゴム? だって、便利なんだもの。いいのよ、誰にも迷惑かけてないし」
さらっと、言ってのけた佐和に、鈴は苦笑いで返す。
「そういうとこ、私、結構好きだな」
「そう? そんなに輪ゴム好き?」
論点がずれている、佐和であった。
その後――
珍しく、佐和からメールが届いた。なんでも、小説が完成したらしい。
鈴は、喜び勇んで佐和の家へ向かった。
そんな鈴を待っていたのは、満面の笑みを浮かべた下着姿の佐和だった。
「出来たわよ! さあ、読んでちょうだい!」
玄関先で、靴も脱がないままに、いきなり原稿を差し出してくる佐和に笑って「とりあえず、家上がらせて」と言うと、罰の悪そうな顔で佐和が「ごめーん」と謝ってくる。
「そんなにうまく書けたの?」
「私としてはね! 鈴ちゃんのおかげよ! 今すぐにお茶淹れるからその間に読んでて!」
ぐいぐいと奥の部屋に押し込まれた鈴は、早速空いているスペースに腰掛け、分厚い紙束に向き合う。
確かに、素人が書いたにしては上等ではないだろうか。
そう素直に思った鈴は、いつの間にか用意されていたお茶のグラスに手を伸ばし、一気飲みをした。
「面白い! これは面白いよ!」
コン! と、グラスを床に置く。
「本当に!?」
途端、佐和の表情が明るくなる。
「これで初めて文書いたって信じられないくらい!」
「じゃ、投稿しましょう」
さらり、と佐和が言った。
「投稿!? って……どこになにを!?」
「なにをって……それをよ。出版社に送るの。今度ね! あるのよ、募集が!」
「待って、待って待って。……通用するはずないよね?」
「そんなこと、送ってみなければ分からないじゃない。ダメなら、また書くだけだし簡単よ?」
その発想は無かった……と鈴は心の中でそう思った。だが、目の前の佐和は本気のようだ。本当に、本気で送ろうと考えている。
自由人の鈴にも勝る猛者に、思わず手を上げてしまう。
「分かった分かった。応募するならタダだもんね。でも、タイトルどうする?」
「タイトル……そこまで考えて無かったわ。そうねー……このお話、美少女が肉地獄に堕ちてゆくっていう内容だものね……」
佐和が、顎に手を当てて首を傾げる。
「じゃあさ、そのまま『美少女肉地獄』でどお?」
思いつきで言ったタイトルだったが、佐和は頬を紅色に染めてダンダンと拳を自身の膝に叩きつけた。
「それいただき! いただいたわ!! いかにもなタイトルが気に入った!」
「あと、ペンネームだね。どうする? 私の名前はいいから、佐和さんの名前にしたら? 全く別の名前を使ってもいいわけだけど」
「ペンネーム……」
また、首を傾げる佐和。
「でも、あれよね。私だけの作品じゃないのなら、やっぱり二人の名前を寄せるべきよ。鈴佐和とか、そんな感じの」
「それじゃあ、鈴先生になっちゃわない? 私、先生じゃないよ? そしたら、佐和鈴……とかのほうが」
と、そこでいきなり佐和の目が輝く。
「決まったわ! 鈴澤でどお? 難しい漢字のほうの澤、で鈴澤先生。下の名前はありません、的な!」
おおっと、思わず鈴も腰を上げてしまう。
「いいね! 鈴澤先生!! キャー! 先生だって!!」
「やぁね。まだ投稿してもいないのに」
「でもさっき佐和さん、応募って言ってたけどそれは締め切りはいつなの? ずっと先?」
「締め切りはー……五月末日ね!」
ぐっと、親指を立ててみせる佐和。
「えー!! あと三週間しかないよ!? ど、どうすんの!? このままじゃ、いくらなんでも送れないよ!」
「そんなの、二人でそれぞれの担当を、一からまた練り直すのよ」
鈴は、呆れ顔を見せたがそれがだんだん、笑みに変わってゆく。
「ふふ。私たち、運もツキもなにもありゃしないけど、自由よね。分かった。佐和さんに、喜んで協力するよ。目指せ! 大賞!!」
「そうこなくっちゃ! さすが鈴ちゃんね!」
「まぁ、自由なのが私の誇り? なので」
その日から、二人の創作の日々が始まった。