発展途上の国 2

 しかし、面白いとは思う。二度見してしまうような美人の趣味が官能小説を読むのが趣味とは。
「でも、こんなにたくさんあると本当にひとつの趣味だよね。すごいと思う」
「すごい?」
「うん。私なんて、なんにも持ってないもん」
 ひょいっと、左側に積んである本の一冊を捲り、読み上げる。
「ああっああ、あぐぅぅぅー、ひぎいぃぃぃー」
「……ねぇ、私思ったんだけど。女の人ってさ、こんな獣みたいな声って上げると思う?」
 『弘子は猛り狂った獣のような声で善がり、身体を海老反らせている』
「猛り狂った獣ってどういうこと?」
「うーん。それは私も知りたいところなのよ。確かに、官能小説に出てくる女性群は激しく善がるのよ。大げさなほどに。そうよ、大げさなところがいいんだけれど、でもねー」
 と、ふと二人は顔を見合わせた。
「あのー……もしかして、男性経験ナシ、とか?」
「そういう、あなたはどうなの?」
 鈴は、大変正直な女だった。
「無いね。私、もう二十一になるけど実は処女なの」
「あら、奇遇。私、二十四だけど男性経験は無いの」
 ぷっと、二人で吹き出す。
「あっはは。え、本当に? てか、名前聞いてなかったね。私は鈴」
「ふふふ、私は佐和」
「佐和さんも男性経験が無いとはなー。美人なのに」
「それは関係ないわよ。だって、めんどいんだもの。交際って」
「あー、分かる」
 鈴は大きく相づちを打った。すると、佐和がするすると言葉を吐き出し始めた。
「大体さー、私、クラブで声かけられて知り合いになった男とメアドを交換したんだけど、しつこいのよ。朝起きれば『おはよう』昼になれば『なに食べてる?』夜になれば『今なにしてる?』寝る前には『おやすみ』。なんなのよ、しつこいのよ。私がどうだろうが、あんたに関係ないでしょって……思い始めてから全く男女交際に興味が無くなったってわけ」
 鈴は、黙って聞いていたが、こくこくと頷き始める。
「わ、分かる……! それ、すっごく分かる! 私もね、バイト先の男とメアド交換したんだけど全く佐和さんと同じ。しつこいんだよね。明日会うだろ! って思っちゃう。だから、私には友達もいないってわけ。まぁ、それは今に始まったことじゃないけど」
 ちゅーっと、ストローからアイスティーを吸いだした鈴はクーラーの無い暑い部屋の中興奮の汗を流していた。
 楽しいのだ。それは、久しぶりの感情だった。
「私たち、いいお友達になれそうね」
 佐和が言う。鈴は頷く。
「そうだね。私、友達って初めて作るかも。あ、LINEのID交換する?」
「いいけど、何か用事がないと送らないわよ私」
「あ、大丈夫。それは私もだから」

 佐和は、本当に連絡を寄越さなかった。
 あれから暫く話をして帰り、鈴はいい気分で家路に着きスマートフォンを確かめはしたが電話は黙ったままだった。
 自分と、同じ匂いがする。
 鈴は自分の好奇心を抑えることが出来ず、電話に手を伸ばす。
 スマートフォンで電話など、いつくらいぶりだろうか。
 五コールめで、電話は繋がった。
「もしもしー? 佐和さーん?」
「ああ、鈴ちゃん? どうかした?」
「いや、元気にしてるかなって。ヒマだし、遊びに行ってもいい?」
「いいわよ。どうせ、私もヒマだし。待ってるから」
「はーい」
 元気に返事をして、鈴は外出着に手を伸ばした。
 佐和の家は、実はあまり遠いところではなかった。歩いて、三十分強と言ったところだろうか。
 気持ちのよい風を感じながら、ゆったりと歩く。すると見える、白い外観のマンション。202号室のインターホンをプッシュすると、すぐに、扉が開いたのだが――。
「佐和さんん!?」
 なんと、佐和は真っ赤なブラジャー、真っ赤なショーツ、それに、真っ赤な網タイツにガーターベルト、そしてスケスケ生地の真っ赤なキャミソール姿だったのだ。
 すぐに、扉を閉めた鈴は驚きのあまり、佐和から目を逸らせなかった。
「どうして、そんなに驚くの? どうかした?」
「なんっ! なんてカッコしてるの佐和さん!」
 それに、佐和はにんまりと笑ってみせる。
「ふふ。まずは、雰囲気作りからよ。偉大なる官能小説家が今から第一歩を踏み出すんだから! さ、来て!」
 ぐいぐいと、奥に連れ込まれた鈴が見たものは、山ほどの原稿用紙だった。
 元々、整理されていない部屋の中に散らばる原稿用紙。
 佐和は部屋の真ん中に机を置いて、腰を下ろした。
 鈴も、そっと隅に腰掛ける。
 そして、何気なく原稿の進み具合を見るが、丸めた用紙がそこら中に散らばり、佐和の手元の紙は真っ白。
「あの、聞くけど進んでるの?」
「それがねー……ほら、官能にまつわる部分は出てくるのよ。けど、設定がねー……。あ、お茶出し忘れてたわね。麦茶でいい?」
「あ、うん」
 そうして、席を立つ佐和の後姿を見送ったあと、文字の埋め込まれた用紙を見てみる。確かに、肝心の部分は書かれている。が、これでは話としては成り立たない。
「はい、麦茶」
「ありがと。ね、それ進むの? 進められるの?」
「あれね、私、官能小説を読むということには慣れきってるけど、書くのとはまた、別なのねぇ……」
 ふうと、佐和は溜息を吐き麦茶の入ったグラスを傾ける。
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