「こっちだよ」
僕の心の内を見透かしたように、馬車から降りたリリイが手招きした。僕も白馬に礼を言い、リリイの座るコーヒーカップに乗り込んだ。
「いや、ここから音楽が聴こえてくるのでもないみたいだけど……」
「これ、回してみて」
リリイがコーヒーカップの中心を指した。テーブルがハンドルになっている。
言われるままに回してみる。カップの速度が少し上がる。それに合わせて音楽も少し速くなる。せっかくの音楽が調子っぱずれになっちゃうな、と思って、僕はハンドルから手を放した。
「どうしてやめちゃうの?」
僕の代わりに今度はリリイがハンドルを回した。途端に回転が増す。音楽は早送りみたいに気狂いじみて、僕は遠心力に負けそうになる。リリイの笑い声が、頭の上をせわしない小鳥みたいに飛び回る。
カップにもたれてぐったりしていると、ようやくリリイがハンドルの速度をゆるめてくれた。
懐かしい音楽はコーヒーカップとは別の方向から聴こえていて、ぐるぐる回るコーヒーカップはただレコード盤の用を果たしているだけだった。スピーカーは他にある。
音楽には歌詞があった。僕は天を仰ぐ。
巨大な人形がすぐそばにそびえ立っていた。朽ちて傾いている歌姫の像。美しい顔もところどころ剥がれ落ちている。こんなもの、今まであったろうか。
その人形の口からあの懐かしい曲が流れていた。よく聴いてみると、ひと昔前に流行った歌だった。
夜を泳ぐ公園の神様
路地裏の壁に増える空
月の裏側の植物園
この巨大な歌姫はずっとここで歌いつづけているのだろうか、と僕は思った。遊園地が閉鎖してしまった後も、ここでずっと。
いつの間にか隣のリリイも大人しくなり、歌に耳を澄ませている。
僕はリリイの横顔を盗み見て、歌姫の人形と似ているな、と思った。あの人形のモデルはリリイなのだろうか。コーヒーカップの速度は緩み、歌声は歪んでいく。
歌姫の声が消えてしまう前に、別の曲が遠くから近付いてきた。無意味なほど明るくて、どんなに暗く沈んだ人でも無理やり巻き込んでしまう、やっかいなパレード。
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