小話 | ナノ



3.諦める
2013/05/21 05:41

そんなことはないと否定し続けて早数日。
戯れる神官とファラオを見つけて俺は苛立ちを覚えていた。
そんなことをしている暇があればさっさと執務を終わらせろ、と怒鳴り込みたい気分になっていたが就寝前の二人は既に今日の分は終わらせている。忌々しい、と手に力を入れればもはや古い情報しか書き込まれていないパピルスがみしりと音を立てて変形した。

何故マハードに対して苛立つのか、その理由に気付かされたのだってこの二人が原因だ。ファラオや俺以外の六神官には笑顔を向けることもあるが、俺に対しては固い表情のままだ。その時は少し苛立ったのだが、更にファラオがマハードに飛び付いてその苛立ちは一気に最高潮に達しそうになるほどだった。しかしマハードがファラオの執務が終わっていないことを見抜くと、自分も仕事中であることを告げる。だがそれでもファラオはセトなんか構ってないで、俺に構えと直球に言えばそうゆう意味である言葉をはいた。ファラオに甘いこの男のことだ、どうせファラオに構うのだろうと思っていれば、その言葉の意味を理解していないのかは分からないが追い掛けてきたシモン様にファラオを引き渡して、俺の方へ向き直った。不思議なことにこのとき、俺ははっきりと感じてしまったのだ。

今まで感じていた苛立ちが何処かへ葬られたのを。

馬鹿な、奴はただ仕事を優先したのであって俺を優先したわけではないのだぞ、阿呆かと罵詈雑言を内心で吐き散らすが葬り去られた苛立ちは帰って来なかった。これでは片想い中のようではないか!馬鹿か俺は!とこの時俺は愚かにも自覚してしまったのだった。その事実に幻想の呪縛を喰らった時以上に動かない俺の頭と身体はマハードを不審がらせた。いつもとは違い過ぎる俺の様子が可笑しかったのだろう。驚愕の事実に思考がうまく回らない俺に奴はぐっと近付いてきた。似たような身長というのは実に厄介で、俺が固まっていた思考からハッと意識を戻せば顔色が悪いのかとばかりに比較的近かった奴の顔が傍にあった。顔を離して体調は悪くなさそうだな、と検討違いなことを呟いてから大丈夫かと問われたので、いつもよりも固い口調で問題が多発している頭を置いておいて問題はない、と返した。

その時から違う違うと気のせいだと否定しているものの、ファラオがマハードに飛び付けば苛立ちは一気に増すし、自分の元にいれば気分は落ち着く。悪足掻きだ、と思う部分もあるが否定的な気持ちの方が強い。なのて俺は惚れてなどいないと何故マハードの元へ行こうとしたのか忘れて引き返そうとしたら、俺の足音に気付いたマハードに名を呼ばれた。そうだ、マハードに必要な書類を渡そうとして、いた……。
「……セト、これは………」
近寄ってきたマハードは、俺の手の中にある資料を見て顔をひきつらせていた。マハードに渡そうとしていた資料も持っていたのを完全に忘れて八つ当たりしていた。俺らしくもない、全部お前のせいだと完全なる八つ当たりだと分かっていても胸中でそう言ってから明日渡す、と言おうとしたところでマハードが俺の手の中にあるパピルスを取った。そっと、握りしめられていたパピルスを広げて資料に視線を落とした。伏せられた瞳は真剣で、それに言われも得ぬ高鳴りを覚える俺に構わずに、奴はフッと息をついて俺の方へ視線を向けた。
「なんとか読めるな」
それと同時に、ふわっと微笑んだやつの表情でまたさっきの苛立ちがふっ飛んだのが分かった。青春期か、俺は。こっ恥ずかしいことこの上ない。
それに、なぜ、このタイミングでそんな表情を……!
「……もういいだろ、行こうぜマハード」
「っ、ファラオ」
ありがとう、と礼を言ってくるマハードと俺を面白くなさそうな表情で見つめていたファラオが会話が途切れるや否やすぐさま近寄って、マハードの腕をとった。俺はこれだけで自分でも表情が固くなったのが分かった。先程とは大違いだ。
マハードたった 一人の言動に翻弄されっぱなしだ。

クソ、もういい。下らん意地など捨ててやるわ!

認めまいとあんなに頑なに拒んでいたのを諦めた俺は、離れかけていたマハードの腕を捕まえた。




初期予定→穏やかに微笑んで、どうやら俺の負けのようだな、と否定することを諦める………予定だったのに、どうしたこうなった。
▼追記
comment (0)


prev | next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -