小話 | ナノ



2.追いかける
2013/05/19 02:53

心底執務が嫌いなわけではなかった。
国の行く末を司る大切な役割だし、口では嫌だとは言っていてもやはりこれは俺の役割であり、俺にしかできないことだ、ともこの賢王であるアテムもちゃんと分かっていた。なので脱走すると言っても、残り僅かな量を残して執務から逃げ出すのだ。脱走して、掴まってからでも終わるであろう量だけを残す。終わりそうにない量ならば脱走自体を諦める。
ならばいっそのこと終わらせればいいだろう、と思うかもしれないが終わらせてしまっては脱走する意味がなかった。アテムは気分転換の意味もあるが、彼が脱走する大部分の理由はとある神官にある。むしろ、その神官に構ってもらいたいがために脱走すると言っても過言ではない。
だからわざと彼の傍に向かって脱走するのだ。
「っ、ファラオ!?」
わざと、ヤバい見つかった!とばかりに顔を歪めて逃げようとすればすぐさま彼の精霊に捕まる。精霊に道を塞がれ、後ろにはマハード。逃げようと思えば逃げられるが、逃げようとはしない。追いかけられて、追い詰められてから、むしろよく気付いたな!なんて笑ってやればマハードは大体またか、ばかりに脱力する。
「恋愛にもそれだけ追ってくれればいいのに」
「いきなり何をおっしゃいますか」
ちっとも反省しないアテムにマハードは執務を終わらせてからにしてください、と少し叱るように言えばアテムはよく執務が終わってないと分かったな、と笑う。ヤバい見つかった、という雰囲気と表情で恐らくは見抜いたのだろうことは分かっていたが。
「執務が終わって、申して下されば我々もあなたが外出しない限り止めはしません」
「座ってばっかりだと身体が固まっちゃうだろ」
反省の色を見せずに言うアテムに、マハードは咎めるようにファラオと呼ぶも、こうでもしないと昔のようには接してくれやしないのだから執務を残して脱走するんだ、とアテムは思いながら笑った。まだ自分が王子だった頃、マナと共に悪戯をしてはマハードに叱られていたあの頃のような気がしてアテムは嬉しくなる。決して叱られるのが好きなわけではない。マハードに構ってもらうのは好きだが。
しかし久々過ぎてちょっと楽しみ過ぎたのがいけなかったのか、こちらも久々の小言とお説教が出てきそうなのをマハードの様子から察知したアテムは、今度は本当に不味いと焦り始めた。多少叱られるならまだしも、本格的なお説教は勘弁だ。どうするべきか、と窮地に陥りそうな状況たに悩み始めた。マハードが何か言いかけた時、アテムは思わず自分でも、これ閃いた俺は天才だ!と自分を褒め称えても良いぐらいの名案を思い付いた。そして突然何やら企みを抱えた笑みを浮かべたアテムに気付いたらしいマハードは、疑問に思ったのか動きと言葉を止めた。
「お前が逃げなきゃ、俺も逃げない」
「何を……」
「身分とか体裁とかに逃げて、自分の気持ちからも逃げるお前が逃げなきゃ、俺も逃げない」
どうだ?名案だろ、とばかりにニヤリと笑えばマハードの頬に赤みを帯びた。いくら告白したってそう言い逃れされてきたアテムからすればこの状況は好都合だ。執務から逃げないと言っている手前、マハードはいつものように逃げることはできないだろう。マハードが条件を飲めば、執務から逃げないと宣言しているのだから。
「このゲームのルールは簡単、お前は自分の気持ちから逃げずに正直に言って俺の脱走を防ぐか、それともこの交換条件を破棄するか」
さぁどうする、とぐっと悩むマハードに詰め寄る。忠誠心の強いマハードが、アテム自ら提示したルールを破って自分の気持ちに嘘をついて、アテムに告げるなんてことは、アテムには考えられなかった。マハードは絶対にこのルールを破らないから、千年秤を使う必要だってない。いついかなる時だって、マハードは絶対に己を裏切らないという絶対的な信頼があるからこそのゲームだった。
「さぁ、どちらを選択肢する?マハード」




追い掛けていたのはファラオの方でした
▼追記
comment (0)


prev | next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -