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6.願う
2013/06/01 23:10

現世をさ迷うファラオの魂が冥界へと旅立った。
それをもう一人の主がやっと未来へと歩み始めたことだと認識し、祝福するべきことなのだろう。そしてファラオを守ろうと三千年もの間、精霊となって生き続けた二人の従者のことも。だから俺もそうしようと、自分にそう言い聞かせているのだがやはり正論だけで整理をつけるには、感情というものは複雑過ぎた。
「やはり割りきれませんか」
唐突に、そうかけられた声に俺は驚いて後ろを振り返った。剣士でありながら、背後に近付いてきた相手に気付かなかったことは不覚だと反省するべきなのだろうがその事よりも俺はやってきた女性、ホーリーエルフに向かって苦笑することしかできなかった。ホーリーエルフはそんな俺を理解っているかのように柔らかく微笑んでいる。ならばいっそのこと、今はホーリーエルフの好意に甘えてしまおうと彼女に言葉を返した。
「あぁ、まだ無理だな」
「正直なのですね」
「誤魔化したって、正直になったって、どうせ割り切れない感情なら正直にいたい」
「感情を秘める貴方にしては珍しいですね」
「いや、違うな。誤魔化せないってだけだろうな」
俺は首を振って自分の言葉を否定した。かつて愛し合った恋人が冥界に旅立ったことを、俺は未だに祝福できない。そのことを誤魔化せるはずがない。何故なら俺は、本音でいえばずっと傍に居て欲しかった。いっそのこと俺のカードも破って欲しいとさえ考えた。でもきっとそれはアイツを悲しませるだけなのだろう。だから俺はいい男を気取って、笑顔でアイツの前ではアイツを祝福した。誤魔化すのはそれで一杯一杯だったってことだ。
「まったく、アイツの前では格好つけられたんだけどな」
「いつか別れの日が来ることを分かっていて、貴方の想いを受け入れた彼が悲しまないように、ですか」
「あぁ。だから笑って言ってやったよ。いつかお前よりいい恋人見つけてやる、だから安心して未来に進んでけってさ」
「いい男を気取るには、早かったのですね」
その言葉にいいや、と俺は首を横に振った。いい男を気取るのはどうやら無理だったようだ。現に俺は、お前との恋愛を糧に生きていくって言うだけで、実行に移せないのだから情けないのかもしれない。でもそれだけアイツを愛してしまったということで、この情けなさを俺は嫌悪はしていない。むしろアイツをそれだけ愛していたという証として抱き続けている。それさえも女々しいのではないか、と自嘲の笑みを浮かべる俺をホーリーエルフはニコッと笑ってこちらを見た。
「知っていますか?生きている者が死んだ者を忘れる、一番最初の部分を」
「……姿か?」
「いいえ、声です。そして死ぬ者が薄れゆく意識の中で最後の最後まで届くのは、生きている者の声なのだそうです」
「皮肉なものだな」
「貴方は彼の声を、覚えていますか」
ホーリーエルフのその質問に、俺は動きを止めた。覚えていると言おうとして言えなかった。覚えているだろうと疑いもしなかったが、俺はアイツの声を思い出すことができなかった。アイツはどんな声で笑っていた?悲しんでいた?笑顔も悲しむ顔も思い出せるのに、声だけは思い出せなかった。突然降りかかった現実を、すぐに受け止められなかった。
まさか、忘れているだなんて。
「貴方に必要なのは、時間です」
そんな俺を見越したようにホーリーエルフは優しい声色で言った。無理に割り切ろうとしている、俺自身でさえ自覚していなかった俺にホーリーエルフは気付いていたのかもしれない。そうだ、今すぐに割り切る必要などないのかもしれない。声を忘れているという事実に気付いただけでこんなにもショックを受けているのに、すぐさま割り切ることなど無理だったのだ。
気付かぬ内に、早く割り切ろうとしていた自分が可笑しかった。言われてみれば、割り切れないことに何ら不思議なことはないのだから。
「……願っても、良いのだろうか」
「叶わぬ願いでも、叶う願いでも、願っていいのですよ」
「俺は、……俺はアイツと」
そこまで言いかけて、俺は止めた。割り切れないのならいっそのこと開き直って、あの時言えなかった願いを言ってしまおうと思ったのだがやっぱり止めた。だからそんな俺をホーリーエルフは不思議そうな瞳で見つめてきた。そりゃそうだろうな。
「いや……俺はアイツの未来の幸せを願う」
「……それでいいのですか」
「その方が俺らしいだろう?」
ニッと、してやったりという風な笑みをホーリーエルフに向けた俺は、そう言いながら清々しい気分になっていた。らしくない願い事などしない。アイツが愛してくれた俺のまま、俺は今を生きよう。割り切れないのなら俺はアイツを愛したままで今を生きればいいんだ。だから俺はアイツが愛してくれたまま、感情の整理がつくまではそのままでいよう。
そんな俺の突然の変化に、ホーリーエルフは驚くも、やがて微笑んで俺を見た。アイツを愛している気持ちを割り切れない俺自身を受け入れたのをきっと分かったのだろうも思う。一旦受け入れられれば案外答えは簡単に見つかった。
「ひねくれ者ですね」
「昔からだろ」
「そうですね、貴方らしいと言えば貴方らしいのかもしれません」
小さく笑い合った後、俺たちは心地よい沈黙に包まれた。その沈黙を甘受しながら俺は過去に想いを馳せた。

いつか思い出を笑って受け入れるようになった時に、あの時の願いを口にしよう。

俺はお前と共にずっと生きていたかったよ




実は未練たらたら



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