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5.望む
2013/05/31 13:40

パンドラとの決闘したその日の夜。
もう一人のボクは決闘盤を起動させてデッキケースからデッキを抜くと、デッキの上から何枚目かのカードを引いた。絵柄はもう一人のボクと僕からは見えないはずなのに、もう一人のボクにはそのカードが何なのか分かっているらしく疑いもせずに、そのカードを表にして決闘盤にセットした。決闘盤からはシステムを起動するときの音が聞こえ始めて、ソリッドビジョンが投影される。もう一人のボクはその映像化したカードのモンスターの姿に向かって、今にも消えてしまいそうな程の小さい音を溢したようなか細い声で、無表情のまま呟いた。
「……ブラックマジシャン」
返答は勿論のこと、なかったよ。カードの存在であるブラックマジシャンは、ただ決闘盤によって立体化した映像なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど、もう一人のボクは俯いてしまった。きっと今日のパンドラとの戦いのことを気にしているのだと思う。
パンドラとの闘いの時、自らの意思で自分の魂を犠牲にして僕たちを守ってくれたブラックマジシャン。そんな彼の行動に驚いたのはパンドラは勿論のこともう一人のボクと僕もだった。ブラックマジシャンの魂を犠牲にしての勝利を拒んだボクたちは当然のことながら、自分たちのブラックマジシャンをエクトプラズマーになど指名していない。だって彼の魂を犠牲にするくらいなら敗北を受け入れようとしたぐらいだしね。でも今になって考えればすごく疑問なんだ。ブラックマジシャンはカードで、例えエクトプラズマーに変換してセメタリーに行ったとしても死者蘇生や次の決闘では普通に召喚できる。でもボクたちは自分たちの足が切断されれば、下手すれば出血多量で死ぬかもしれないし、一生歩けなくなる。それでもあの時は、こんなこと考えずに敗北を受け入れようとしてたんだよね。
ボクの身体を傷付けることを嫌がるもう一人のボクらしからぬ決断にボクは今さらながらに疑問を感じ始めた。けど、この時のもう一人のボクの様子を見て分かったような気がするんだ。相変わらず俯いたまま、決闘盤にセットされているカードを見ながら呟いたもう一人のボクを見て、ボクはそんな気がした。
「……どうして、お前は」
その言葉の続きは無かった。でもその代わりに目の前に立っているブラックマジシャンの背中を見るために顔を上げていた。
そう、きっともう一人のボクはこの背中を守りたかったんだ。ブラックマジシャンはボクたちの切り札であり、剣でもあって盾でもあるエースカード。でも例えそうであったとしても、もう一人のボクは彼に守られながらも、彼を守りたかったのかもしれない。いや、彼の魂を守りたかったのだろうと思う。もう一人のボクは数あるカードの中でもエクトプラズマーを最もと言っていい程に嫌悪していた。魂を生け贄に敵を討つ行為そのものを、嫌っている。そして嫌っていると同時に怖がっていた。
だから今もブラックマジシャンの魂が消えることを恐れているのだろうも思う。もう一人のボクが確認したかったこと、それは今もブラックマジシャンの魂、意思が絶えていないかなんじゃないかな。エクトプラズマーとなって消えていったことに、魂の底から震え凍るような恐怖を感じたから。その後すぐに焼き尽くされるかのような憤怒の業火を感じたんだけれど。
でも今のもう一人のボクからはそんな熱は微塵にも感じない。無に近い感情で、ただただ目の前のブラックマジシャンにそっと手を伸ばしていた。
「魂さえ、いなくなったら……お前、は……」
『……もう一人の、ボク?』
「っ………」
ブラックマジシャンへと届いた手はすり抜けた。その事に傷付いたように表情を歪めながら手を引っ込めたもう一人のボクは再び俯いた。ボクにこのもう一人のボクの言動の意味は分からなかったけれど、もう一人のボク自身も恐らくは分かっていないんだろうと思う。その証拠に、ボクに謝って心の部屋の奥へと戻って行ったんだけど、彼の心は酷く混乱していた。
でも彼の追い求めるものは、ボクには分かったよ。なんとなくだけれどね。
「いつか、キミの願いが叶う日が来るよね」
その時が来たら、きっとそれはボクたちの別れの時なのかもしれない。これは全部ボクの予想に過ぎないけれどそんな気がするんだ。もしもその時が来たら。
「ボクが言う必要はないと思うけれど、言わさせてね。……もう一人のボクをお願いね」
目の前に映し出されているブラックマジシャンを見ながら言うと、気のせいだろうけどブラックマジシャンが微笑んでくれたような気がした。でも気のせいでもいいやとボクも笑ってブラックマジシャンのカードを取り外した。すると決闘盤のシステムが起動している音が止むと共にブラックマジシャンも姿を消した。

ボクは願う、いつかキミが求めて止まないその背に触れられる日が来る事を。

キミの望みが叶う日が来ることを。




エクトプラズマーは、闇遊戯と社長は憎悪するレベルなんじゃないかと思う。魂の化身とも言うべき精霊になったマハードとキサラのことを考えると、その魂を犠牲に敵なんか討てないだろうなぁ……。
ところでこれって闇BMなの?そんな気がしない(あぁでもそれは気のせいじゃないわ!)



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