ゆめのたね
ポップンワールドを構成する世界の一つ「地球」。そんな地球の、とある初夏の日。
今日は、
「いらっしゃい!ゆっくり見ていってくださいねー」
「毎度ありがとうございます!」
こんな声がそこかしこで交わされる。
地球の初夏。太陽が少し鬱陶しく感じられるような気温の今日、半年に一回のフリーマーケットが催されていた。とある町の広場に思い思い、人々が店を広げていた。
誰かが手に取ったとある品には、こんなキャッチコピーがあった。
『あなたの心に響きますように』
このフリーマーケット、ある特色があった。
それは、手作りの品を販売すること。
店に並ぶ品の一つ一つに、店主をはじめとする
スタッフたちの想いがこもっているのだ。
どんなに心を込めて作ったものであっても、誰ひとり見向きもしないものはある。そんな時の作り手(店主たち)の落ち込みの深さは、誰であろうと想像できよう。
そしてその逆の、つまり無事作品が迎え入れられた時の喜びもまた、想像に難くないだろう。
このフリーマーケットはまさに、ものづくりに携わる人々にとって、悲しみと喜び、さまざまな感情を揺さぶられる場なのである。
このことに関しては、リエもまた例外ではない。
ポップンワールドでたびたび開催されるポップンパーティーに参加している渋谷系女子リエは友人たちと立ち上げたブランド『Girly Candy』を引っ提げてフリーマーケットに参加していた。
今回のフリーマーケットでリエは、主に若い女性に買ってもらうことをねらい、小物やアクセサリーのほかに洋服を生産し、出品した。
そして「若い女性に買ってもらう」もくろみはあたり、商品はジャンル問わず飛ぶように売れたのだった。
「リエちゃん、すごいわね」
昼時。わずかながら客足が遠のいた頃。客の応対から一息ついたリエに声をかけたのはきれいな黒髪の少女だった。
「リエちゃんが作ったもの、ほとんど売れたじゃない」
「ありがとー、さなえちゃん!でも半分はモデルになってくれたさなえちゃんのおかげだよっ」
黒髪の少女――さなえはそれをきいてはにかむ。
今回のフリーマーケットにあたり、『Girly Candy』はこんな作戦をたてた。
いわく。『Girly Candy』の服や小物を身につけたモデルを店前に立たせ、ブランドの広告塔にしたのである。
作戦は功を奏し、客は『Girly Candy』に殺到さたのだった。さなえは今回、ブランドのモデル兼広告塔になってもらえるようリエに懇願され、おずおずと了承した。
その結果が先ほど記した通り、大盛況といいわけである。
「…わたし、似合ってたかな?」
不安そうに問いかけたさなえに、リエは「もちろん」と返した。
「モデルさんが良かったから、リエたちが作ったものが売れたんだよ!」
「それならうれしいんだけど。リエちゃんのものもみんなが作ったものもとっても可愛かったから、邪魔にならなくて良かった」
さなえは胸を撫で下ろす。リエは少しむっとしたようで「そんなのありえないよお」と返した。
「リエたちが作ったかわいいものたちが、さなえちゃんのかわいさでもっとかわいくなったんだよ」
今もそうだもん!とリエは食い気味にいう。
さなえは今も、『Girly Candy』で見た目を統一している。
白いオフショルダーのワンピースに、青いガラス玉が小さなビーズを挟んで3つ並んだものをトップとしたチョーカーと、サマーブーツ。
夏を想起させる涼しげな装いだった。
「かわいいものはかわいいものをもっとかわいくするんだから!」
「…それなら、やっぱりうれしいな」
こんな和やかな会話で、昼時のひとときは終わった。
朗らかなリエに、控えめなさなえ。対照的なふたりは、互いを尊敬し励まし合い、前に進んでいく。
今日のフリーマーケットでは、ふたりのそんな関係が垣間見えたのであった。
午後3時。そろそろフリーマーケットも終わりの時刻。一つ、また一つと店じまいが行われる、そんな時だった。
「すみません。まだ、やってますか?」
幼い声が『Girly Candy』の店スペース内に響いた。
「まだ大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」
さなえがいつもより優しげに声をかけると、とことこと3人の少女が入ってきた。
ひとりは長い髪に、特徴的なマゼンタ色の花の飾りをした少女。
ひとりは肩にかからない程度の長さの、ふわりとした紫色の髪の少女。昆虫の羽のようなものが、背中から出ている。
最後のひとりは、二つに結った金色の髪が印象的な少女。こちらは鳥の羽のようなものが背中から出ている。
「めぐみちゃんにキャンディちゃんにポエットちゃん。来てくれたのね」
さなえは懐かしさを感じて微笑んだ。いずれも以前ポップンパーティーに一緒に参加した子たちである。
「本当はもっと早くに行きたかったんだけど、せく…ううん、急用があって…」
めぐみは申し訳なさそうにいいながら、でも行けて良かった、とつぶやいた。
読者だけに秘密を明かそう。めぐみは、実は正義と愛の使者・マジカルメグの正体である。どうやら今日は普通の女の子としてやって来たようだ。
「キャンディ、お店がいっぱいあるの見るのはじめてだったから、どうしても行きたかったの」
めぐみの用事のため遅れてしまったことは全く気にしていない様子で、キャンディは答えた。そんな能天気でマイペースなところもまた、彼女の魅力といえよう。
「めぐみちゃんから、今日はお店がいっぱいやってるって聞いて、ポエットも行きたいって思ったの」
ポエットは話しながら、心はすでにスペース内に陳列した品々に向いているようだ。
「そうだったのね。買い物に間に合ってよかった」
「リエたち、頑張って作ったから見てもらえるだけでもうれしいなっ」
リエは意気込んで少女たちを案内しはじめた。
買い物を一番早く終えたのはめぐみだった。めぐみは常に身につけている髪飾り(実はビューティータンバリンという変身アイテムなのだが、それを知るものはこの場ではめぐみしかいない)よりも淡い色合いの、桜色の髪飾りを購入すると決めたようだ。
「せめてこれを着けているときは、ふつうの女の子でいたいの」
そうつぶやいて、可愛らしいラッピングをされた髪飾りを大事そうに腕の中にやった。
次に買い物を決めたのはキャンディだった。はじめはのんびりと店スペース内を見回していたが、ふとあるものに目を留めた。
それは、リエの仲間がちまちまと作った人形用の傘だった。
10角形のような形のオーソドックスなものもあれば、5枚の花びらの形といった奇抜なものもある。
キャンディはそのうちの、葉っぱの形の傘を見つめると「これ買う」と言った。
「川島くん、雨の日はたいへんだっていってたから、川島くんにあげるの」
「かわいい傘ね。わたしも月の妖精さんに…ううん、なんでもないっ!」
早々に買い物を済ませためぐみが、キャンディに相槌をうつ。最後の方の言葉は気に留めなかったのか、キャンディは葉っぱの傘をレジまで持って行った。小さな友人への贈り物であるやはり小さな品を、手のひらの中で大切そうに包み込みながら。
「行くのが遅くなっちゃったから、売り切れたらどうしようって思ったけどいいもの見つかったね」
「キャハハッ。めぐみちゃんうれしそ」
笑い合うめぐみとキャンディを、リエとさなえは微笑ましく眺めていた。
ふいに、リエが呟いた。
「ポエットちゃんは、何か見つけたかな?」
さなえはスペース内を見渡した。すぐにポエットの姿を見つけ、声をかけようとするが、ポエットの視線の先を見ると「あっ」と声を発した。
ポエットは、スペースの奥の壁にかけられたワンピースをじっと見つめていた。
それは、ポエットほどの幼い女の子では着られないものだ。リエやさなえ、彼女らの仲間たちのような妙齢の少女に買ってもらうのを想定したものだった。
パステルカラー、フリルやレースといった、乙女チックなデザインが施されたそのワンピースを見て、さなえは思い出す。たしかワンピースをデザインし縫製したのは、
「ポエットちゃん、これが欲しいの?」
声を発したきり、なんと言えばいいか分からず立ち止まってしまったさなえに代わり、リエがポエットに近づいて声をかけた。
「…うん。でもポエット、もっとお姉さんにならないと着られないよね」
ポエットはうつむき、悲しみと悔しさが入り混じった呟きを返す。
「それに、ポエットが持ってるお金全部出しても足りないの」
リエはそれを聞いて「うーん」と考え込む。
このワンピースを作ったのはリエだ。どうするのがいいかは、リエが決めるのがベストだろう。
さなえは静かにリエを見守った。
やがて、リエはそうだ、と声を発した。
「このワンピース、予約するのはどう?」
「…よやくってどういう意味?」
「ポエットちゃんが大きくなって、お金も貯まったら、その時買ってもらうのっ!」
「リエちゃん、このお洋服、とっておいてくれるの?」
「そういうことだよっ」
なるほど。未来のポエットに買ってもらう算段か。さなえはリエの機転、柔軟さに感心した。
「このワンピースは、責任もって大切に保管するねっ」
「わかった!リエちゃん、ありがと。ポエットも大きくなったらかならず買うね!」
リエとポエット は指切りをして微笑みを交わした。
めぐみとキャンディとポエットはにこにこしながら去っていった。
「予約してもらうなんてはじめてね」
「うん!楽しみだなぁ、大きくなって、あのワンピースを着たポエットちゃんを見るの」
「そうね。その頃には、立派な天使さんになってるかしら」
「それに、とってもかわいいお姉さんになってるかもねっ」
リエとさなえはそう言って笑い合った。
夢を追うふたりの少女は、可能性に満ちた小さな友達の未来を夢見るのだった。
(完)
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