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『』を読んでー内向少女の場合ー


恐ろしい物語を読んでしまった。

それは同じ国に生まれた作家の、膨大な作品の一つ。
 タイトルは『抑制心』。致命的なネタバレをしてしまうと、ひそかに吸血鬼に占領された世界でただひとり残った人間が、いわゆる「最後のひとくち」に関わる吸血鬼たちのプライドの都合で生かされていることを知るという物語である。

ここは町の図書館。放課後、サユリは受験勉強の息抜きにと少しずつ読み進め出した本に収録されたこの物語を読みおえて、想像する。
もしもこの世界が既に吸血鬼に侵略されていて、自分がただ一人人間であったなら。容易く奪われるだろう命が、吸血鬼たちの遠慮によって繋がれていることを知ったら。
「わたしは、立ち向かえるかな」
……無理そうだ。引っ込み思案な自分に何ができると言うのだろう。やがて訪れる死を、大人しく受け入れる未来しか浮かばない。我ながら情けない。あまりにも普通の、ありふれた結末ではないか。
サユリは本を閉じて、問題集とノートに向き合うことにした。この物語が終わったら、この次が終わったらとずるずる読み進めてしまっていたところだった。目の前の現実から逃げて、紙に記された字が紡ぐ空想の世界に行ってしまう。悪い癖なのにやめられない。
苦手な数式に何問か取り組んで、これでいいかと問題集を閉じた。
図書館を出て帰路に着く。
その時、見覚えのある背中を見つけた。駆け寄って、声をかける。
「サイバーくん!」
「およ、サユリ」
制服にサングラスという奇妙ないでたちのこのクラスメイトは、なんだか疲れているように見えた。学校帰りに何かあったのだろうか?
「今帰り?」
「ああ、ひと仕事終えてな」
そういうサイバーの顔は、どこか晴れやかだった。
「そーいうサユリは?やっぱり勉強か?」
「うん。そんな感じ……」
「だよなぁ」
そのまま同じ方角へ二人、歩く。なんとなく歩幅はそろっていく。

そういえば、サイバーと帰るのなんてはじめてだ。おバカな男子グループの一人であるサイバーと、地味な子の一人である自分。二人の世界は、交わることはなかった。
――何を話そう。
サユリは困った。面白い話題なんて提供できない。
何か、何かないか。今朝起きたことからこれまでのことを思い返して、ようやく見つけた話題があった。
「サイバーくん。……もしサイバーくん以外のひとが、吸血鬼になっちゃったらどうする?」
「吸血鬼ぃ?」
サイバーはサユリの方を向き、歩みを止めぬまま考え込むような仕草をする。
やがて、こう言った。
「みんな、元に戻す」
「……できるの?」
「……あ、もしもだぞ?俺が、ヒーローだったらってだけでっ」
慌てるサイバーに、サユリはツッコミを入れてみた。
「吸血鬼になったら、もう戻れないんじゃない?」
「それもあるな」
「それに、吸血鬼でいることが悪いことばかりじゃないかも……」
「あー……自信無くなってきた」
――わたし、普段話さない相手に少し意地悪を言ってる。
自分で自分に驚いた。
サイバーはヒーローに憧れているようだ。そんな彼だからこそ、吸血鬼になったみんなを元に戻すなどといういかにも英雄みたいな発想が生まれたのだろう。
でも、人間に戻ることが一概にいいことと言えるのだろうか。中には吸血鬼でいることを望むままの人もいるのかもしれない。サイバーの考えは、少し傲慢ではないか。
それで、自分の口は少しの意地悪を言ったのだ。受験のプレッシャーに倦んで、もだもだしている自分とは違って、ーーーサイバーが、眩しいものだから。

そんなことを考えているうちに、
「じゃあ俺、あっちだから」
「……うん、また明日」
別れの時が来た。
サイバーに背を向けて、サユリが目指すは我が家。
サユリは一人、歩きながら。

もし世界中が吸血鬼になって、わたしが一人人間であったなら。
もしかしたら、砂漠に落としたビーズが見つかるほどの確率で。
実はひっそり人間のままでいた奇抜なファッションの少年が助けてくれるかもしれない。
「みんなを救いに行こうぜ」なんて言いながら。

そんなことを考えてしまった。

(完)




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