「お前っていつも休日何してんの?」 「何って…いたって普通だと思うけど」 「でもいつも朝からいねーじゃん」 「いつもじゃないよ。ネットゲームしてる時もあるし。朝から出掛けてる時は…友近か宮本と遊んでるかな」 「本当に?」 「え、何を疑われてるの?」 「実はお前、彼女いるんじゃね?」 「いないよ」 「いーや、しらばっくれても無駄だぜ。目撃情報があるんだからな」 「えー」 「えーって何だよお前!そりゃ肯定か?否定か?」 「身に覚えのないことは答えられません」 「お前は政治家かっつーの!」 「どっちでもいいよ。順平の好きな方ってことで」 「だ・か・ら、なんでそんなに投げやりなんだよ、お前は!」 「で、目撃情報って何。俺は誰といたの?」 「俺もよく分かんねーんだけど…すっごい美人だったって。日本人じゃないっぽくて、なんかエレベーターガールみたいな不思議な恰好してたとか…」 「………」 「…心当たり、あるんだな…?」 「………はい」 (で、その彼女とはどーゆー関係なのかな!) (どーゆー関係でもないって。単に案内してただけ) (ふーん) (本当だってば!) |
-------------- 2019.06.24 -------------- あの時は、自分の誕生日なんてどうでもいいと思っていた。意味なんかないし、必要ないし、興味もないし。 むしろそんな日なんか、世界から消えてしまえばいい、なんて思っていた。何もかもが嫌だった。毎日が退屈で、残酷で、生きているのってこんなに辛いんだな、なんて生意気にも悟った気持ちになっていた。 (まさか、その数ヶ月後には考えを改めることになるなんて…思いもしなかったんだよなあ…) 『…天田?』 名前を呼ばれて、はっとする。 つい昔を思い出してぼんやりしてしまっていた。 「あーはいはい、聞いてます」 携帯を持ち変えて慌てて返事をすると、『どうかしたのか?』と電話の向こうの人は訝しんだ。 「いえ、何も」 なるべく軽く聞こえるように否定して、そして更に付け加える。 「そういえば真田さんに天田って呼ばれたの、久しぶりですね」 『そうか?』 「まあ、真田さんにっていうよりは、誰かに、って感じですけど」 自嘲にも似た笑みが浮かんだ。正直、最近はその名前で呼ばれなさすぎて、それが自分の名前だったかどうかすら分からなくなっている。ちょっと自信がない。 自分は天田乾なのか、それとも最初から戌井暢だったのか。 それでも消えない記憶の上で自分はやはり天田乾で、10年前にあの場所に存在し、生きるために戦っていた。それは決して褪せることのない事実。とても遠い記憶のようで、いつまでも鮮明な一年。忘れられるわけがない。 『お前って、今年二十歳になるのか?』 その声にまた、現在に引き戻される。 「あ、去年だったみたいです。今年の成人の日に美鶴さんから成人祝いを貰いました」 『みたいってお前…』 「そういえば今日もプレゼントを送ってくれたんですよ。ゆかりさんや風花さんからも貰っちゃいました」 言葉にすると、幸せな気持ちが増してくる。 携帯を片手に部屋をぐるりと見渡し、机に並べられた戦利品を見て、また口元を緩めた。 「順平さんは今年も、ホールケーキを送ってくれました」 いつの間にか黙ってしまった相手に気付かれないよう声を潜めて笑う。けれど、『悪かったな』とぶっきらぼうに返された言葉に、つい堪えきれなくなって声をたてて笑った。 「あはは、真田さんからは別に期待してないですから」 『……』 電話の向こうであの端正な顔を歪めて困っているのだろうか、なんて考えたら可笑しくて、悪いとは思いつつも笑うのを止められない。 わざとらしく吐かれたため息に「すいません」と笑いながら謝り、そしてようやく一番云いたかったことを口にした。 「ありがとうございます」 誕生日を覚えていてくれて。 気にかけてくれて。 いつまでも、繋がっていてくれて。 10年前の今日の僕にはきっと、この気持ちを想像することすらできなかっただろうなあ。先の未来に、こんな可能性があるなんて、僅かだって思っていなかったんだろうなあ。 『…ああ』 虚を衝かれたのか、たっぷり時間を使ってから聞こえてきた真田さんのバツが悪そうな返事に、また大声で笑った。 (ああ、そういえば…) (あの人からは、一度もおめでとうって云ってもらえなかったんだな) ------------------------ |
「玄関先が騒がしかったみたいだが、何かあったのか?」 「あー、犬がいたんすよ。神社の犬らしいんすけど、飼い主が少し前に亡くなったのに神社を離れようとしないらしくて」 「忠犬だな」 「駅で待ってはないっすけどね」 「ハチ?」 「ぶわッ、お前突然会話に入ってくるなって!」 「前売券、貰ったんだけど…いる?」 「いらねーよ」 「じゃあ真田先輩にあげます」 「は?あ、ああ…」 「公開はハチハチの日ですから」 「そ、そうか…」 (つい受け取ってしまったが、前売券2枚なんてどうしたらいいんだ…?) (彼女とか連れていけばいいじゃないですか?) (え!真田さん、彼女いたんすか?!) (…いない) (……もし、誰も誘う人いなかったら誘ってください。俺、付き合いますから) (そんな同情はいらない!) |
「こんなことは云いたくないが明彦、少し動きが鈍ったんじゃないか?」 「俺だって云いたくはないが美鶴、技のタイミングを忘れたのか?」 「ふ、場違いな補助スキルを繰り出す明彦には云われたくないな」 「昨夜、派手にスリップしていたのはどこの誰だったか」 「……」 「……」 「山岸、どうかした?」 「あっ、あの!桐条先輩と真田先輩が…!」 「……あー、うん」 「ど、どうしたらいいんでしょう…?」 「ほっとけば?」 「…えッ?!」 「だって、お互いに云ってること、全部本当のことだし」 「ええ…ッ」 「どうやって云おうかって困ってたから助かったな」 「…リーダー…」 「あ、山岸。今日もタルタロス行きたいからよろしく」 「……はい」 (ゆかりちゃん…わたし、リーダーのこと、ちょっと誤解してたみたい…) (え?何かあった?) (リーダーって、ちゃんとリーダーなんだね…) (え、まあ、うん…?) |
名前を呼ぶと、きみは本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。いつもどこか寂しそうな表情しか見せなかったきみにもそんな顔ができたのだなと驚いて、なんだか不思議で、とても嬉しくて、もう一度名前を呼んだ。 「ファルロス」 「なあに?」 「ファルロス」 「なになに?」 最初に会ったときは机越しだった。 次に会ったときは互いの距離がかなり離れていた。 今きみは、ベッドの隅に膝を揃えて正座して、楽しそうに目を輝かせている。 「ファルロス」 「はいはい」 ついに堪えなれなくなって、同時に吹き出した。それが全く同じタイミングだったから、面白くて、また笑う。 「ねえ」 笑いすぎたせいで目の端に溜まった涙を指で拭いながらきみは云った。 「ぼくらは友達、だよね」 そこにあったのはどこか懇願に似た眸で、隠そうとした切実は声に滲んでいて、だけどそれに気が付かない振りをして、きみに手を伸ばした。 「俺はきみのことをまだ何も知らないけれど、」 そしてきみの頭にそっと手を乗せる。 「だからまだ、きみのことを友達って云えるのかどうかは分からないんだけど、」 きみはぎゅっと両目を閉じて、それがなんだかとても愛らしくて、笑みが零れる。 「でも、なれると思うよ。ファルロス、今日はきみの名前を知ることができて、良かった」 恐る恐る目を開いたきみに微笑みかけると、きみは驚いたように目を見開き、そしてまた嬉しそうに笑って、大きく頷いた。 (理由なんか分からないけれど)(でも、きみのことは、大切だって思うんだ)(きみに会えるのを、実は本当に心待ちにしていたんだ) (だけど同時に、すごく不安になるのは、どうしてなのかな) (そんなこと、分からなくていいけど) (でも、) (…なんだろう) |