「桐条せんぱーい。なんでー、うちのガッコは、まだ試験やってるんすかー?」 「突然どうした、伊織?」 「ニュースで見たんですけど、今日って一般には終業式らしいっすよ」 「そうか」 「いや、そうか、って…他に何かないんすか…」 「仕方がないだろう?学園の方針だ。文句があるなら理事長に云ってみたらいい。多分、何も変わらないだろうがな」 「せんぱーい!そこは桐条先輩のお力で…」 「伊織、君は私を何だと思っているんだ?私も学園の一生徒に過ぎないんだぞ?」 「でも、風花の件で江古田は…」 「……伊織」 「…ハ、ハイ!すいませんでした…!」 (順平くん…そんなに落ち込まなくても試験は明日で終わりだし、月曜日からは屋久島だよ) (風花…多分、順平のやつ、落ち込んでるんじゃないから) (え?) |
「友近!お前のノート、全然ダメじゃねーか!」 「は?何が?」 「現社の問一!授業でやったそのままだってよ!」 「え、マジで?そーなんだ…。ってか人のノート借りといてその言い種はないんじゃないでしょーか」 「お前ッ、だって、自分のノートは完璧だって!」 「と、俺は思ってたんだけどなあ…」 「んだ、それ」 「でもさ、俺に借りなくても順平にはもっと身近にいるじゃん。ノート完璧な人」 「は?…あーああ」 「何、ケンカ中?」 「じゃないけど、なんっつーか…」 「気まずい?」 「まあ、そんな感じ」 「ふーん」 「なあなあ、お前って今順平とケンカ中?」 「え、なんで?」 「いや…違うなら別にいいんだけど」 「違う……あ、」 「あ?」 「いや、なんでもない」 「あ、そ?うん、じゃあさ、帰りにはがくれ行こーぜ」 「え、明日の試験勉強は?」 「いーのいーの。どーせお前も真っ直ぐ帰らないんだろ」 「まあ、ね」 (たまには俺が話を聞いてやろーじゃないか) (…なんて云ったらコイツ、困るんだろーなあ)(そーゆーの、慣れてなさそうだもんな) (不器用っていうか分かりにくいっていうか…) |
どっちが悪いかなんて誰が見ても明らかで、アイツにしてみりゃ何がどうなってんのかさっぱり分からなかったはずなのに、それでもアイツは少しも怒らなかったし、俺を責めたりなんかしなかった。 もしかしたらアイツにはそういった感情が欠落しているのかも、なんて考えたりもしたのだけど、それを何となく口にしたらたまたま聞いていたゆかりっちにこっぴどく叱られた。 「彼、悩んでたんだよ。順平の気に障ること、なにかしちゃったんじゃないかって」 正直、何を云われたのか咄嗟には分からなかった。ぽかんとしているとゆかりっちお得意の、「バカじゃないの?」が飛んできたので俺もいつものように応戦してしまったのだけれど、内心、すごく驚いていた。アイツにも悩むことがある、なんて思いもしなかった。 それって本当だろうか。一瞬だって悩んでいる素振りを見せたことがあるか?何時そんな瞬間があった?一体アイツのどこを見ていたらそんなことが分かるっていうんだ! 「リーダーってすごく解り難いから…。でも同じだと思うよ。同じように辛いし悲しいし、嬉しいんだと思う」 さっぱり理解できないでいた俺に、風花が窘めるように云うものだから俺はそれ以上何も云えなくて口を閉じた。 ゆかりっちは深くため息を吐き、風花もゆかりっちほど露骨でないにしろ気の毒そうな顔をしていた。 俺ももう少し、アイツのことを知る努力をすべきなのかもしれない。とか。そりゃあ俺だって、それなりには思ってる。 その翌日さっそく、俺は自分勝手なのは十分承知で、アイツに一方的に謝りに行った。 全面俺が悪かったよ、本当ゴメンな。すげえ小せえ男だって俺自身も思ってんだ。本当にゴメン。 悪いのは俺の方だって誰の目から見ても明らかなことは、当然俺にだって痛いくらい分かってる。そいつを全部認めるってのは案外、辛いことだった。 突然謝られたアイツは、当然かもしれないけれど、不思議そうな顔をしていた。 そして、「別に、気にしてないよ」なんて、いつもと少しも変わらない調子で云うものだから、それなりのプライドを捨て、間違いを認めた勇気も、全部台無しだ。なんだか腹が立った俺は、(ほうら見ろゆかりっち、風花!やっぱりコイツは人より絶対感情が欠落してんだ!少しだって気にしてなんかいなかったんだ!)なんて心の中で叫んだのだけれど、ふと視界に入ったアイツの表情に、そんなちゃちな自尊心は急激に萎んでいった。 僅かだけれど、嬉しそうに顔を綻ばせていたのだ。 (俺は、また…) 見間違いじゃないその表情に俺は言葉を無くし、改めて全ての非は俺にあったと誰かに懺悔したくなった。 でもそんな自分勝手な過ちを聞いてくれる誰かなど存在するはずもなく、また俺自身が誰かに話して理解されようと逃げる心を恥じたので、たとえば誰もいない境内に座り、犬を相手にこっそりと反省会をしてみることにする。 「アイツが悪くないってことくらい、俺だって分かってんだよ…」 「ワンッ」 「なんで俺ってこんなに余裕がないかなあ…」 「ワン…?」 (あーあ、難しいなあ) (誰かのことを考えるのも、俺自身について考えるのも)(何もかも) (簡単にはいかない…) |
「真田先輩、なんか楽しそうですね」 「ん?ああ、今日は満月だからな。気合いも入るさ」 「そういえば、今日って七夕なんですよね」 「今日は…7日か。そういえばそうだな」 「……」 「それがどうかしたか?」 「七夕といえば、」 「ああ」 「七夕ゼリーじゃないですか」 「……そうなのか」 「そうです」 「そうか…」 (なあ風花…俺は突っ込むべきなのか…?) (う、ううん…そっとしておいてあげた方がいいんじゃないかな…) 「ところで…その七夕ゼリーって何だ?」 「え、真田先輩、給食で食べたことないんですか」 「記憶にないな…」 「なんだ、明彦。知らないのか」 「なッ…、美鶴は知ってるのか?!」 「当然だろう?君も、七夕ゼリーが食べたかったのなら早く私に云ってくれれば工面できたものを」 「あ、じゃあ次は桐条先輩に相談します」 「そうしてくれ」 「ちょっと待て!結局、七夕ゼリーって何なんだ?!」 「七夕ゼリーは七夕ゼリーです」 「それ以上何を云えというんだ、明彦?」 「あるだろう!見た目とか!味とか!」 (…今日が満月だって忘れてんじゃないの、あの人たち) (ゆ、ゆかりっち…) |
「あれ…?リーダー、カメラ買ったんですか?」 「え…、あ、うん。一応写真部だし…」 「でも結構高かったんじゃないです?」 「うーん…まあ…」 「……」 「ええと…それなり、に?」 「………まさかリーダー、タルタロスで見つけたお金を使ったんじゃ…」 「…ごめんなさい」 「…まあ、他のみんなもポケットマネーにしているみたいだし…多少は、いいんじゃないですか?」 「山岸…、ありがとう」 「でも、わたしにはそういう収入がないんですよね…」 「え、あ、そうだよね!今度、見つけたら山岸にあげるよ!」 「あ、そしたらわたしも一眼レフが買えますね!ありがとうございます」 「……う、うん」 (山岸に、隠し事はできない…) |