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彼女の強気な言葉に今は引き下がる事しか出来ず、仕方なしに助手席に乗る。
先日引ったくりを捕まえた時は荒い運転に怖がっている素振りを見せていたし、最近の尾行の調査結果では会社へ直行直帰しかしていない。
もし彼女が危険な運転をしたり追い付けなかったらハンドルを僕が握れば良い。


「走り去った車は黒のクラウンでしたよね?」

「ええ…、車高短でしたから見ればすぐに分かるはず」


真依さんはそう言うと飛ばしますと言いながらアクセルを強く踏む。体感速度も一気に変わり、車内にいてもエンジンの重低音が響いてくる。

「このまま都道を走ると山道を登ります。逃げ道はないので、必ず捕まえますよ」


山へ続いていく道のため閑散としている。見通しが良い道で余裕があるのか機嫌が心なしか良さそうに見えた。


「…随分機嫌が良さそうですね」

「まあ久しぶりにこんなにエンジン回してるんで。…大丈夫ですって、本当に捕まえますから」

ほら、尻尾が見えてきた、と山道を登り始めてから彼女が口にする。確かに2,3キロ先に黒いクラウンが走っているがあちらも相当速度を出しているのだろう、一向に距離が縮む気配はない。


「このまま泳がせて一気に近付きますので大丈夫。この山道は私の庭だと思えるくらい道を知ってるつもりなので少しは頼ってください」

「…前にひったくりを捕まえたときは、僕の車の助手席でとても怖がっているように見えたので少し心配はしています」

「あれは自分が運転してないし、安室さんの運転する車に乗るのも初めてだったので感覚が何も分からない状態だったじゃないですか」

自分の車は左ハンドルだから日本車の助手席でいきなりカーチェイスは怖かったんですよ、ハンドルを切りながら答える。確かに、今自分も右側の助手席にいるが、なんとも落ち着かない気分なのもある。

「自分の車の事と、この山道については人より詳しいつもりなので…下り坂に入るので、そろそろ攻めますよ」


そう言うと、最後の一登りで一気に加速しクラウンへと近付く。
下り坂に入ってからカーブが続くが一定の距離を保ち、いつでも捕まえられそうな感じがあるが、一般人を乗せながら拳銃一発も放つ事は出来ないので、これ以上距離を縮めないのか問うと、「焦らないでください」と尚も軽い口調で制される。

「前の車の運転手、あんまり運転が上手じゃないみたい。カーブでさっきからロールしまくってる。カーブの仕方を見てると多分故意的じゃないから、そのうち曲がりきらなくてスピンするか、下手すりゃ突っ込んで落ちるから」


彼女はそう言うと速度を落としながらもしっかり把握できる距離に戻しクラウンとの距離を空ける。瞬間、前の車が彼女の言った通りスピンして反対側のガードレールに突っ込んだ。


「ね、言った通りでしょ。じゃあ安室さん、近付くので轢き逃げの責任を取ってもらいましょう!」

確かに、はじめに考えていた事は杞憂で終わった。色々な面で彼女を甘く見ていたなと思いながらクラウンへと歩みを進めた。