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お礼/3



「アリガトゴザイッシター」

 外国人店員の、片言なんだかやる気がないのか、適当な言葉を貰って店を出る。袋は二つ。肉まんが入ったものと、菓子パンやカップ麺が大量に入っているもの。コンビニを出て直ぐ右側の細い路地へと入ると先ほど呼び止めた老人がこちらに気が付いて立ち上がる。

「座ってていいですよ。はい、どうぞ」
「有難う。何だか申し訳ないね・・・」
「いいんですよ、私が無理矢理呼び止めたんですから。・・・ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いや、いやいや。全くもってそんなことはない。感謝こそすれ、迷惑なんてことは一切ないよ・・・」

 その言葉にホッとする。老人は、私が「いただきます」と食べ始めたのを確認してから、両手で持った肉まんを少し掲げるようにして「いただきます」と呟いて頭を下げた。どうやら礼儀正しい人のようだ。

「いただきます、とはいい言葉だね。命に感謝するいい言葉だ・・・」

 欠けた歯の間から湯気を出しながら、老人が言った。肉まん一つにそんなしみじみと言う事かね、と思いながら私は適当に相槌を打つ。

「・・・そうですね。当たり前の事ですが、命を頂いていることに感謝しなければいけませんね」
「命を奪い、それを食らうことで命が繋がる。それに感謝する言葉を発することが習慣付いているここは、素晴らしい国だね」
「あれ、もしかして外国の方でしたか」

 客観的なその物言いに、私は首を傾げて老人を見やった。

「ああ、そんなところだね」
「へえ、気がつきませんでした。日本語お上手ですね」

 その返答に違和感を覚えつつも、私は深く考えることはしなかった。言葉を濁したような発言だ。この身なりだし、何か深く聞かれたくない事情の一つや二つあるだろう。

「この国の言葉はなかなか複雑で、覚えるのに苦労したよ」
「まあ、文法とかも英語とは違いますし、和製英語とか平仮名、片仮名、漢字と覚えることは多いですもんね。・・・私は10年ほど学校で英語の勉強しましたけれど、何故だか全く話せません。素直に尊敬します」

 諦観を含んだ私のその言葉に、老人はまたもやカカッと笑う。

「それは凄い。結果が出ずに10年も学ぶとは。その忍耐力と諦めの悪さを別の方向に活かした方が良かったんじゃあないかい、お嬢さん」
「全くもってその通りで・・・」

 本当に、その通りだ。若干読むことと聞き取ることはできるものの、話すことができない。これはこの国の教育制度の問題なのか、それとも私の勉強不足なのか。そう老人に伝えれば、彼は愉快そうに言う。

「それはどちらも悪いだろう。10年かけて教えても相手が学ばないというのは教え方が悪いからだ。一方で、習得したいと思いながらもそれに見切りをつけなかったお嬢さんも頭が悪い」
「うっ・・・」

 この老人、先ほどから感じていたが案外歯に衣着せぬ物言いをする。とはいえ、痛いところを突かれた私は反論もできずに押し黙るしか無かった。

「ああ、そういえばお嬢さんは何故、私なんかを呼び止めたんだい」
「え、ああ。ええと・・・・」

 話が逸れたことに内心ラッキーと思いながらも唐突に投げられた質問に少々動揺する。何故、と聞かれても咄嗟に体が動いてしまったので深い理由など無かった。しかし、理由がなければ老人に怪しまれてしまいそうな気がして、これを機に考えてみる。
 何故、初対面の醜悪な見た目をしたホームレスなんかを呼び止めこうして一緒に肉まんを食べているのか。しかも隠すように持っている袋にはコンビニで買った土産の食料が大量に詰まっている。
 
 「・・・・ううん。多分、誰かと話したかったのかもしれません」
 
 目的も夢もなく、ただ何かが変わると思って家を出てきた。一人暮らしには慣れていたから不便は無かったが多分、寂しかったのだと思う。友人はいたが、皆夢に向かって忙しくしていて、それに私は引け目を感じて自分から連絡することはしなかった。心配して連絡してくれる友人もいたが、彼女らが嬉しそうに語る話が・・・・正直言って妬ましかったのだ。そうして勝手に自分から距離をとってしまった。
 上京しても変わらない、むしろ悪化する現状。ただ動く屍のように日々を過ごし、いつの間にか半年が過ぎていた。自分の性分、周りの環境、この世界、それら全てに軽い絶望感を覚えている。私は誰でも良いから話したかった。そして、1人孤独に冬の夜を徘徊する彼を勝手に自分と重ねてしまったのかもしれない。
 口に出せば止まらなかった。いきなり何を言い出しているんだ、と頭のどこかで待ったがかかるが、押しとどめていたものは止まる事なく濁流のように流れ出ていく。隣にしゃがむ老人はそれを否定もせず、そして肯定することもせずにただ黙って聞いた。話が終わる頃には、手に持った肉まんは既に暖かさを失っている。

「・・・すみません、会ったばかりなのにこんなこと話してしまって。これ、あの・・・お土産です。ここで出会ったのも何かの縁なので、良ければ食べてください」

 出し切ってしまた後に残ったのは、羞恥心と虚しさだった。隠していたコンビニ袋を半ば強制的に老人の手に握らせて、その場を去ろうと背を向ける。しかし、老人の枝のような手に腕を掴まれて逃げる事は叶わない。

「お嬢さん、待っておくれ」

 有無を言わせないような語気に、思わず足を止め振り返る。何も言わず、数回何かを決めたように頷いた老人はゴソゴソとポケットから何かを取り出して、掴んでいた私の腕を引き寄せ手のひらに置いた。

「・・・・鍵?」

 それは繊細な装飾が施されたアンティーク調の鍵だ。手持ちの部分には深緑の美しい宝石が輝き、ブレード部分はヴォード鍵のように複雑な形状をしている。全体には小さな蔦が巻きついているが、・・・これでは鍵の役割を果たせないだろう。
 渡された物の意味がわからず正面の老人を見やると、彼はそっと私の手を包み込んでしっかりとそれを握らせた。

「これは礼だ。お嬢さん、色々と親切に有難う。縁が合えば、また会えるだろう。君は優しい、優しいが故に傷つき易い。どうか心を強く持って、そうすれば自ずと扉は開く」

 ポンポン、と確認するように拳を優しく老人は叩く。その皺くちゃな手がスルリと離れていった。

「え、あの・・・・・・・あれっ?」

 この鍵は一体なんなのか、それを訪ねようと顔を上げたが、老人の姿は忽然と消えていた。




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