01




ひゅー、ひゅーと自分の喉元から頼りない音が鳴る。しんしんと降り積もる雪の中では自分の荒い呼吸が大きく聞こえる。
さすがに忍者からパクったクナイだけでは、討ち入りまであと何日か分からないものの、これからを考えると心もとない。…そもそもこれからも俺が彼らと一緒にいれるという前提ありきの話で、こんな勝手な人間をそう許してくれるとは思えないが。
都の刀屋や刀鍛冶の元に行けば指名手配により顔が割れているせいで所在がバレてしまうだろうと考えた末に、赤色と戦っている時にそういえば墓場があったのを思い出し、お墓なら刀の一本や二本拝借できるのではないかと期待を込めて鈴後の地までこうして来たわけだ。あの時は殺し合っていたので熱が昂って分からなかったが、こんな寒いならもっと厚着すればよかったと後悔している。
こうして、あの喧騒のどさくさに紛れて誰にも話さず人知れずここまで来れたのは幸いと言うべきか、今彼らに会って話をしたところで何を話せばいいのか。そも、彼らの元に戻っていいものか、少なくとも俺はもう戻らないつもりでいたのに、なんてどうにもならない思いが胸中を占めた。
途中忍者には見つかって追われたが、残さず退治したから問題ない。まあ、殺したかその場にクナイで固定させたかのどっちかだけど。
やっと辿り着いたその地で、竹やぶに手をつきながら大きく白い息を吐くと、胸のあたりが軋んで咳き込めば唾に混じった血が地面の雪を赤く染める。体の隅々まで寒いのは血を流し過ぎたかこの雪のせいかもはや分からないと思いながら、血が滲む雪を消すように足で周りの雪をそこに被せた。
しかし、あの赤色は基本殴る蹴るしかしないので、外傷らしいものとしては擦り傷骨折ぐらいでそこまで傷が化膿して腐ったり内臓がこんにちはしたりはしていないのが幸運だと思っている。中でどんな具合になっているかはわりと想像つくけど。
というわけで、トータルで半日ほどかかっただろうか。やっとの思いで見覚えのある橋にたどり着いたらゾロと河童と美女がいて道が合っててよかったと安堵するも、その後あれだけ死ぬと言っていたのにこうも生きているところを見られるとなんだか気恥ずかしさがこみ上げてきた。まだ会いたくなかったからこうしてここまで1人で来たというのに。
視線があった瞬間、胸がどきりと弾んだ拍子に口から言葉がこぼれ出した。


『なんだかんだ色々あったけどださいことに、こう、のうのうと生かされちゃって、』

「気は済んだか。」


目が合った瞬間、とっさに言い訳するように口から出た言葉が、ただの一言にひく、と喉が引きつって止まった。まっすぐ見られなくて視界が下向きがちになる。


『気は済んだか、って、そんな、喧嘩したみたいな言い方は…、殺し合いをしてきた奴に言うことじゃない。それはもうおかげさまで、刀は粉々にされて、縋ってきたものまで壊されて、挙げ句の果てに終わらせてもらえなくて、…中途半端に、殺されて、』


じわじわと視界が滲んでくる。
こんなはずじゃなかった。
こんなつもりじゃなかった。
こんなこと望んでなかった。
なんで死ななかったのか。なんで生きたくなったのか。
今でも死んでしまえばよかったのにと思っている。でも生きていることに安心している自分もいる。
目頭が熱くなって言葉が出てこない。熱のこもった息が白く空気中に霧散する。後悔のようなものが胸を打つ。
すると急に視界が暗くなって、ぬくもりが感じられたことでやっと誰かに抱きしめられたのが分かった。


「事情を詳しく知っているわけではございませぬが、辛いことがあったのですね。」


その言葉で漸く、家賊だった人たちが死んだと知ったことが、自分が殺されたことが、家賊ではなくなったことが、苦しかったのだ、辛かったのだと分かって堰を切ったように涙が大粒こぼれ出した。

嗚呼そうか、人が死ぬって悲しいことだったのか。
死んだなんて、悲しいぜお兄ちゃん。

悲しさと罪悪感が胸を占める。締める。息が止まりそうなほど苦しい。
贖罪を、贖いを、償いを、赦しを、許しを。この世界の兄である兄さんや俺を家賊と呼んでくれたお兄ちゃんたちを殺した奴らのことを地の果てまで追うほど憎むことができなくなった、壊すことができなくなった俺を。死ぬことができなかった俺を。今こうして息をして生きている俺を。



きみは宗教、ぼくの信仰
(さよなら神様)




208/224

 back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -