ふっかーつ!


「ふっ、かつ!でさァ!」

その日の夕方。何事もなかったかのようにみおは走り回り始めた。朝の苦労を返してほしいものである。

「あんまり暴れまわんじゃねェ。ぶり返すぞ。」

総悟は座ったまま片手でみおの腰に手を回して引き寄せた。治ったように見えるが、やはり少し体温は高いままだ。

「また風邪引いたら『おかーさま』に怒られっかもなァ。」

総悟はふいに言った。その瞬間、みおはぎくぅっ、と身を震わせる。

「お、おかーさまに、おこられ…。」

みおは総悟の背に隠れた。周りを伺うようにキョロキョロしている。まさか、幽霊の存在を信じているのか。

「総悟…。おかーさまは、おこるとこわいんでさァ…。」

しかし、その母はもう、とは言えなかった。みおは暗くなることもなく、純粋に母がいるかのように振る舞うからだ。

「じゃあ、じっとしてなせェ。」
「あぃ…。おかーさま、みおのことみてる、っていってたんでさァ…。きっといまも、みおのことみて、おこるんでさァ…。」

総悟ぉ、とみおは総悟にすり寄った。

「わりィことでもしたんですかィ?」
「総悟のいうこときかずにあそんでたら、ぜーったい、おこられやす!」

あーなるほど、と総悟は思った。叱ってくれる母はいないが、もはや母代わりの総悟がいるから、その人の言うことを聞かなければならないということだろう。律儀に母の言いつけを守ろうとするみおに、思わず笑みがこぼれた。

「総悟も、おかーさまにおこられないよーにしないといけやせんぜ!」
「俺は別に怒られやせん。」
「おこられやす!おかーさまは、総悟もぜーったい、みてるんでさァ!」

そんなわけない、と適当に返事をして受け流した。しかしみおは頑として譲らない。どんだけ母親好きなんだ。


━━━━みおに何かあったら、許さないわよ?


「え、みお今なんて…。」
「だーかーら!おかーさまは、いつもみてるんでさァ!」

風に乗って、女性の声が聞こえた気がした。まさか、あれは…。

鳥肌が立った。いろんな意味で。


…母、恐るべし。


総悟は絶対にみおを危険に晒さないようにしようと誓った。


Fin.




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