にゃんにゃん


仕上げみがき終了後、総悟とみおは向かい合って正座していた。

「みお。」
「にゃんっ!」
「…お前の名前は?」
「みおはみおで…にゃん!」

「で…」まで溜めておいてその後に「さァ」が続かない。調子が狂うとはまさにこのことだ。

「みお、猫って知ってやすか?」
「ねこ!にゃん!」

知っているらしい。動物図鑑で見ただろうから、当然か。

「みおは、猫好きですかィ?」
「みおは、ねこで…にゃん!」

はぁ…?いつからお前は猫になったんだ。もう訳がわからない。悪い夢だと言ってほしい。しかしあの時確かに寝入ったのはみおだ。自分が夢を見ているのはありえない。それに、一度目が覚めた時は猫語ではなかったはずだ。寝ている間に何があった。

試しに喉に触れて撫でてみた。案の定嬉しそうに目を細めている。さすがにベースは人間なのでゴロゴロ…とは鳴らないが。これは、猫になりきっている、という解釈で良いのだろうか。

「寝てる時、どんな夢を見たんですかィ?」
「ゆめ…?んー?」

夢と現実の境が無くなっているのだろうか。もしかしたら1回起きたことすら覚えていないかもしれない。まして記憶が曖昧な幼児なら十分にありえる。

総悟がみおの「にゃん」をやめさせたい理由は、単に気に食わないからではない。もしこのまま外に出て万事屋に会おうもんなら、やいのやいの言われそうだからだ。それこそ「やっぱりみおをロリとして見始めたアルカ!サドからロリコンに昇格ネ!」「にしても『にゃん』だなんて総一郎くんもやるじゃねーの、萌え属性?」と言われるのが目に浮かぶ。ロリコンは既にひとり存在しているのでキャラかぶりだけは避けたいものだ。…いや、断じて自分はロリコンではない。フェミニストでもない。

「じゃあ、道場に行ってから、みおは何をしてやしたか?」

正解は、寝ていた、である。これ以外の答えが返ってきたら、確実にそれが原因だ。

「ぷ○きゅあになってやしたにゃん!」

あぁ、見えてきた。見えすぎて恐ろしい。

「たたかって、勝ったのに、まーたあいつらおおきくなったで…にゃん。でもそれには勝てずに…。あれ?そのあと…?」
「参考までに聞きやすが、その敵はどんな奴だったんでさァ。」

ぱちぱち、とみおは何度か瞬きした。ずっと綺麗な正座は崩さずにいるままである。

「んーと、ねこで…にゃん!」

それだ。総悟は頭を抱えた。自分があの時無理に起こさなかったらこんなことにはなっていなかったかもしれない。だが、後悔しても遅い。元に戻す方法は、みおがこのことを完全に忘れるか、もう一度同じ夢を見て敵を倒すか、もしくは━━━━。

総悟はテレビをつけた。夜中だが関係ない。テレビボードの中にある、○りきゅあのDVDを取り出してセットした。第14話「襲撃のネコネコ軍団」である。序盤はすっ飛ばして変身シーンから再生した。

「みお、倒しなせェ。」
「うぉぉ、ぷり○ゅあのしゅくせーをくらえ!」

━━━━直らないのなら、直るか危ういのなら、今この場で「ねこ」を倒してしまえばいいのである。

総悟は眠い目をこすって少女の戦闘を見守った。おもちゃのバットをぶんぶん振り回して、みおには見えているらしい敵を倒している。

ただ、不思議なことがある。なぜみおはぷりきゅ○として目覚めなかったのか。敢えて相手役のねことして目覚めたのはどうしてか。ぼーっとテレビ画面を見つめながら考えた。シーンはお決まりの、敵の巨大化を迎えた。なんとかビーム、なんて言いながら黒い波動が戦士たちを襲っている。

最近は敵も物理攻撃だけじゃなくなったのか。確かに、戦士だけが光り輝く波動を使うのはフェアじゃないように思う。遠距離攻撃が出来るのはかなりのアドバンテージだ。

━━━━『きゃあぁぁっ、たすけてぇ!』

テレビから悲鳴が聞こえた。見ると、ひとりの戦士が敵に呑まれそうになっている。

「うわぁぁ、やられそうでさ…にゃんっ!」
「惜しいっ!」

思わず突っ込んだ。「ァ」まで言い切れたら完璧である。頑張れ、勝つんだみお。みおはこの戦士と自分を重ねてしまったからねこになるという微妙な終わり方を迎えてしまったに違いない。頼む、勝ってくれ。勝ってその語尾をやめてくれ。総悟はみおとは別の意味で手に汗握りながら、事の顛末を見守った。



「てめぇら!夜中にドタドタうるせーんだよ!」



ぷつん。

「あっ、ぷり…○ゅあ…?」

にゃん。とみおは鳴いた。そして同時に、テレビが切られたことにも泣いた。

「チッ、イイトコだったのに…。」

総悟は舌打ちした。もちろん、"イイトコ"というのは内容が面白いという意味ではなく、みおが元に戻りそうだったという意味である。

「あぁ?いいからさっさと寝ろ。DVD没収するぞ。」

そう言って、テレビを切った張本人である土方は去っていった。もう一度付けようにも、みおのテンションはしっかり下がってしまって、もう上がることはないように見えた。加えて、睡魔も襲ってきているのだろう。目に涙を浮かべて、突如切れたテレビに呆然としながら総悟に抱きついた。

「おやすみ、なせェ…。」

にゃん、と小さく聞こえたのは気のせいにしてもいいだろうか。充電が切れたように眠る少女を布団に寝かせ、自分も眠りについた。


━━━━次の朝は、みおにとっての勝利の朝であった。しっかりちゃっかりがっちり勝てた。総悟にとっても最高の朝だ。「にゃん」の地獄から逃れられたのだから。

結局のところ、寝ればなんでも直る、といったところだったのであろうか。ふたりの1日は何事もなかったかのように始まった。


Fin.




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