ねこねこ
「ふむー…、そーごぉ…、むにゃむにゃ…。」
「一体どんな夢見てんだか。」
道場の隅で薄手の毛布にくるまって眠るみおは幸せそうに表情を緩ませている。総悟はそっと竹刀を置いて、横に腰を下ろした。たまに入り込む風が髪を揺らす。竹刀がぶつかり合う音はうるさいのに、総悟とみお取り巻く空気はとても静かなものに感じられた。
こめかみの辺りから後ろに向かって、そっとみおの髪を梳いた。指の隙間からこぼれていく髪は、本当に自分と同じシャンプーを使っているのかと思うほどやわらかい。
なんとなくその感覚が気に入って、しばらく繰り返しているとみおのまぶたがピクリと動いた。起こしてしまっただろうか。
「おぁよー…ごぜーやす…。」
「まだ寝てなくていいんですかィ?」
のそり、とみおが体を起こした。
「んー…、やっぱり寝やす…。」
こしこしと目をこすっていたが、そんな可愛い行為じゃ目は覚めなかったらしく、今度は総悟の膝の上に倒れこんだ。すぐにまた寝息をたて始める少女を軽く撫で、また元のように寝かせる。眠る前まで元気に振り回していたプラスチック製のバットが、道場の壁に鮮やかだった。
「おーい、どんだけ寝てんだ、起きなせェ。」
気持ちよさそうに眠るみおの鼻をつまんだ。しばらくすると、息が詰まってきたみおが眉根を寄せて口を開き、次いで目を開いた。
「ぶはぁっ、そ、総悟、めっ!」
「さっさと起きねぇからこうなったんでさァ。」
目をまんまるにして起き上がったみおは総悟にぎゅう、と抱きついた。怒っているのかいないのか。おそらくじゃれているだけだろう。総悟がそのまま立ち上がると、みおはぶらーんとぶら下がる格好になった。首に手を回しているのでずり落ちはしないが、さすがにきつい。
道場を出るとすでに外は宵闇だった。暗闇に恐れをなしたみおはさらに強くしがみついた。
「う、総悟…、おちる…にゃん。」
「…は?今なんて?」
聞き間違いでなければ、語尾に「にゃん」がついていたはずだ。総悟はようやくみおの体を支えてやりながら聞いた。
「ふー、おちるかとおもったで…にゃん。」
聞き間違いじゃなかったー!
「その、にゃんってのやめろィ。」
「にゃん…?にゃんなんて言ってないで…にゃん。」
いや、言ってるだろ。と総悟はみおの頬をいつもより強くつねった。いつも「でさァ!」と言い切るところをわざわざ詰まらせて「で…にゃん。」に換えている。何が起こっているんだ。
「はぁー!おなかへりやしたーにゃんっ!」
「いい加減にしやがれィ。その語尾やめねェと晩飯抜くぞ。」
「なんでで…にゃん!みおはわるくないにゃん!」
みおは本当に訳がわからないと言ったような顔をしている。お前がそんな顔をするな、聞きたいのはこっちの方だ。
兎にも角にも、食事が先だ。夕飯を食べればおかしな言葉も直るかもしれない。
━━━━しかし、その口調は夜寝る前になっても戻らなかった。