それは奇跡と呼ぶにふさわしい


「ぎんちゃー!ぱちー!ちゃいなー!」

インターホンを押すまでもなく、玄関の外でみおは叫んだ。

「みおちゃんいらっしゃい。沖田さんもお久しぶりです。」
「おー!みおー!何して遊ぶアルカー!?」

大きな声に反応した新八が快く玄関を開けて招き入れた。まだ会うのは2回目だが、すっかり打ち解けている。

「あんねー、くるまもらったのー!これ!みてー!」

わざわざ総悟が担いで持って上がってきた車をふたりに見せびらかす。車というワードに反応した銀時も奥から顔をのぞかせた。

「車ぁ?…ってなんだ、おもちゃじゃねーか。」
「旦那、こいつァ案外聡いんでねィ。おもちゃなんてこたァとうに気づいてんでさァ。」

『どろだんごはたべられやせん』事件がいい例である。

「おーっ!めっちゃかっけぇー!いかすアル!」
「でしょー!!」
「みお、乗ってヨ!ワタシみおが乗ってるとこみたいアル!」
「おっけーでさァ!」

どたどたと神楽とみおが出て行く。新八が気をつけてね!と叫び、総悟も暴れんじゃねーぞと声をかけた。


その、直後だった。


「んっ、えっ、あっ、うわぁぁぁああぁぁ!」

なぜか階段を車で駆け下りようとしたみお。もちろんそんなことできるはずもなく、足は地を離れ、みおはガタンガタンと落下していく。

「みおーっ!」

神楽が手を伸ばしたが、一歩届かなかった。

落ちる、誰もがそう思った。下手をすれば死。そこまでいかずとも、大怪我はまぬがれないと直感した。

総悟は迷わず『万事屋銀ちゃん』と書かれた柵を飛び越え、瓦屋根を滑り降りた後に飛び降りた。2階くらいなら怪我はしないだろうし、もしかしたら先回りして受け止められるかもしれない。

総悟が地面に着地したと同時に、階段から車が激しく弾みながら落ちてきた。そこに、みおの姿はない。

「っ、みお…!」

バッと振り返った。視線が、地面から順番に階段を上っていく。すると、階段の中腹辺りで草履が目に入った。しっかりと足がはめられているそれ。さらに視線を上げると、先日購入したばかりの浴衣が目に入った。色白のみおによく映える濃紺色である。またさらに視線を上げた。濃紺に合った鮮やかな赤の帯。そして、驚きに目を見開くみおの顔。

「せ、せーふ…?」

みおは両手を広げて、階段に仁王立ちしていた。

何が起こったのかと言うと。

階段を落ちていくみお。本人もとんでもなく焦った。弾む勢いで両手がハンドルから離れ、胴体も車から飛び跳ねる形で浮いた。そのまま車だけが落下していく。丁度この時、総悟も地面に着地した。

その時なのである。みおが奇跡と呼ぶにふさわしい行動を起こしたのは。

ふわりと浮いたみおはもちろん重力に従って下の段へ促された。そして、幸い回転することがなかったために、そのまますぐ下の段に両足をついてしっかりと立ったのである。

「みお!」

総悟は階段を上ってみおの両肩をがっちりと掴んだ。みおは未だに何が起こったか理解できていないのか、心ここにあらずといったような表情である。

そしてようやく万事屋メンバーも我に返り、みおに駆け寄った。みおは目を見開いたまま皆を見つめて、呟く。

「び、びっ…くり、しやした…。」

そう呟けば、みるみるうちに目に涙が溜まっていく。

あーぁ、また泣いた。溺れた時と似たような流れになり、ようやく総悟も胸をなでおろした。銀時も後ろからみおの頭をわしゃわしゃと撫でている。

「まぁ良かったんじゃねーの?みおにケガもなかったし、総一郎くんもかっこよかったし。ぷぷっ。」
「全くもってその通りネ!…飛び降りた時に脚の1本くらい折れれば良かったアル。チッ。」

銀時と神楽が口々に言った。今更ながらに、この幼児のために2階から飛び降りたのはなかなかに恥ずかしかったかもしれない、と総悟は舌打ちした。頬を赤く染めることはしない。ポーカーフェイスである。するとそこに、一度階下に降りていた新八が上がってきた。

「あの、沖田さん。これ…。」

その手には『車だったもの』の部品がいくつか握られていた。やはりあの落下で壊れていたか、と総悟は思った。ひとつを手に取ってみたが、かなり細かく壊れている。直すことは無理かもしれない。

「みお、車壊れちまいやした。」
「ふっ、ふぇっ、えぐっ…。っも、もういい、くるまやらない…。」
「そう言うと思いやした。」

かなり危ない場面だったとも思う。車遊びには懲りたようだ。ひとつ言えるのは、「車を譲り受けて約2時間、早くもぶっ壊してしまいました。車をくれたおばちゃん、ごめんなさい。」ということだこである。

「みおも泣いちまったし、出直しまさァ。旦那、お騒がせしやした。」
「良いってことよ。なかなかオモロいモン見せてもらったしな。また来いや。」

快く言ってくれた銀時に一礼して、総悟はみおを抱っこした。階段を降りた先にある部品には手を付けずにその場を立ち去る。真面目なメガネ野郎が片付けてくれるだろう。

「まったく…。ちょっと考えりゃ分かることだろーがィ。」
「うっ、ぐすっ、すいやせんでした…。」

次からは気を付けるように、と言えば、みおは頷いて目頭を隊服に押し付けてきた。じわじわと黒い色が濃くなっていく。はぁ、と総悟は息を吐いた。

何はともあれ、無事で良かった、と。


Fin.




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