はじめまっせー!
結局、大の男がふたりそろって子ども用の着物を選ぶという、なかなかに珍しい光景がしばらく続いた。浴衣を選ぶにあたって総悟が驚いたのは、みおが案外派手な色合いの物を選ばなかったことだ。夕陽色の着物も女将さんが勧めたものであるらしい。みおは欲しいものの前に来ると妙にそわそわするものだから、総悟も銀時もなんとなくそれを察して、それを勧めた。みおが選んだ浴衣の中には、もえぎ色という、子どもが着るには少々渋い色があった。
「総悟みたい!かわいい?かわいい?」
と言いながら落ち着いた色合いのそれを試着して、くるくると回ってみせた。どこが自分らしいのか分からない、と総悟は思ったが、銀時はなんとなく分かるようで頷いていた。
ひと通り買い物を終え、店を出ようとしていた時だった。
「ぎんちゃぁぁああぁああぁぁぁん!」
「ぎんさぁああぁぁあぁぁああぁん!」
ドドド、とものすごい勢いで走ってくる人たち。みおは「うぉぉ、」と、驚いて総悟の背中に乗った。
「銀ちゃん大変ネ!お家が大洪水アル!」
「さっき神楽ちゃんがお風呂掃除しようとしたら蛇口が外れて水が止まらなくなったんです!」
「余計なことは言わなくていいネ!ワタシ蛇口にチョップなんてしてないアル!」
「…思いっきり墓穴掘ってんじゃねェや……。」
総悟は誰にも聞こえないように呟いた。背中のみおは不思議そうにふたりを見ている。
「え、お前らまさかそのまま慌てて家飛び出してきたの!?現在進行形で水流しっぱなしなのォ!?今月やべーのに水道代払えなくなるじゃねーか!」
銀時も呆れて…というよりはかなり慌てている。必死の剣幕でふたりをまくしたてる。
「あんね、みずはね、おうちのそとにある"もとせん"をしめたらとまるんでさァ!とんしょにも、おふろのちかくにありやす!」
きりっ、と自慢気にみおは言った。なぜ水道の元栓の位置を知っているのか疑問だが、いつも走り回っているみおのことだ。きっと誤って締めて怒られたりしたのがオチだろう。
「何アルカ、このちびっこ。…め、めちゃくちゃかわいいネ!欲しい!家に欲しいアル!」
「だめだよ神楽ちゃん…。すいません沖田さん。…その子は…?」
総悟の背に手を伸ばして、ぷにぷにとみおの頬をさわる神楽。新八も謝りつつ、みおの目を見て「こんにちは」と笑った。
「みおのなまえは、みおでさァ!ちゃーっす!」
「みお、初めて会った人には『はじめまして』でさァ。」
「ほむー、はじめまっせー!」
何をだ、何を始めるつもりなんだ。銀時は必死に笑いをこらえた。
「いいあいさつアル!ワタシ、神楽ネ!かぶき町の女王やってるアル!」
「僕は新八です。よろしくね、みおちゃん。」
神楽と新八の自己紹介に、みおは「あいっ!」と返事した。
「そんなことより、戻らなくていいんですかィ。きっと今頃床上浸水でさァ。ま、俺はそれでもいいけど。」
「サドのくせにうるさいアル。さっさとこっちにみお寄越せヨ。お前の背中にいると穢れるアル。」
「チャイナのくせに調子乗ってんじゃねェや、今日こそ引導渡してやらァ。」
みおは呉服屋のイスに座らされた。神楽は傘を構え、総悟はバズーカをどこからともなく取り出す。ふたりの目が合うと、なんの合図もなく攻撃が始まった。
「…ったく、みおの『はじめまっせー!』が現実になっちまったじゃねーか。ぱっつぁん、神楽置いて帰るぞー。水浸しになってジャンプがヨレヨレになっちまう。」
「あっ、銀さん待ってくださいよー!じゃあねみおちゃん!まだ今度ー!」
「あいっ!ぱちー、ぎんちゃー、おつかれっしたー!」
銀時も新八も手を振った。「おつかれっした」と「さようなら」はイコールではないことに気づいて欲しいと願いながら。みおもふたりの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。