11.しらない、しらない


「っ、まよ、まよー!」

みおは走った。細い路地の向こうに見える光に、土方がいると信じて。

「あァ…?みおじゃねぇか。総悟とザキはどこ行った?」

タバコを踏みつぶしながら、土方は屈んだ。

「まよ、まよ、あっち!」

ぽてん、と土方の目の前でこけながら、土方の袖を引っ張って訴える。その瞳は涙で濡れていて、声も切羽詰まっている。その様子にただならぬものを感じた土方は、迷うことなくみおを抱き上げて路地の奥へ走りだした。

咆哮、絶叫、悲鳴、雄叫び。

それらがだんだん大きく、鮮明に聞こえてくる。少し開けた場所では、総悟と山崎が背中を合わせながら刀を構えていた。辺りは、血の海である。

総悟は視界の端に土方とみおを捉えると口角を上げた。

「みお、上出来でさァ。」

目を細めて一瞬緊張を解いた総悟。みおは土方を蹴り飛ばすと、その腕を飛び降りて総悟のもとに駆け寄る。小さな体は浪士たちの足の間を滑り込むようにぬって行った。

「そーごぉぉぉ!」

大きく飛躍して、総悟の左腕に飛び乗り、力いっぱいしがみついた。

「あぶねーから遠くにいろって言おうとした途端これだ…。ったく。しょーがねぇから掴まってなせェ。」

未だにバスタオルを離そうとしないみおに苦笑いしながら、刀についた血を振り落とした。みおはしっかり頷いて首に腕を回した。バスタオルが一回、はためいた。

直後、総悟の体が縦横無尽に動き始めた。耳に残るのは斬っても斬っても湧くように出てくる浪士たちの悲鳴。刀が皮膚をなで斬りにする音。そして、鼻をつく血のにおい。

みおは怖くなって、より強くしがみついた。総悟の隊服に顔を埋めたが、濃厚な血のにおいは消えない。いやだ、きもちわるい。どうしてこんなことに。自分はただ、ほのおのにおいがすると言っただけなのに。どうして、多くの人が血に塗れる事態が起きているのか。

ふと、視線を上げた。自分を抱えながら、不利な状況で刀を振るう総悟の目は、あの、鈍く光る目だった。

しらない。こんな総悟、しらない。

優しくないけど、抱きしめたら抱きしめ返してくれて、寝るときはいつも隣にいてくれて、文字を教えてくれて、日常生活に必要な礼儀を叩き込んでくれる。そして、ちゃんと出来たら褒めてくれる。そんな、だいすきな総悟じゃない。

ぽろり、と涙がこぼれた。それと同時に、ぐいっ、と髪の毛が強く引かれる感覚がした。

「きゃ、いやぁぁあぁ!」

突然強く引かれ、首に回していた手が離れてしまった。瞬時に反応した総悟は左腕に力を込める。そして、そちら側にワンステップ。

バサッ、ザシュッ。

みおの背後から血飛沫があがった。ぴちゃ、と血が頬を濡らした。倒れる浪士の手には、みおの髪の毛。切ってしまったほうが早いと判断した総悟が、刀で切り捨てたのだ。

ほっとしたのも束の間、予想外の事態で浪士たちに突っ込んで行ってしまった総悟の背後に、刀を振り上げる男が見えた。

間に合わない、総悟はそう考え、上体をずらした。せめて、みおにだけは当たらないように。

みおは目を見張った。はじめて、総悟が傷つく瞬間を見ることが、恐ろしかった。ぎゅっと手に力がこもる。

「ゃ、いや、」

全てがスローモーションに見えた。みおは精いっぱい腕を伸ばして、総悟の頭を抱きしめた。

「━━━━━━━っ!」

甲高い、およそ声とも呼べない叫びが、響き渡った。




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