10.まよかたさんへの、みち

「あーーー!そーご!ここ、ここぉ!」

パトカーの窓から身を乗り出すようにしてにおいをかいでいたみおが、急に叫んだ。ばんばんとパトカーの側面を叩いている。

「よぉし、ザキ、止めろィ。」
「え、は、はい!」

そこは、大江戸スーパーの正面。山崎は路肩にパトカーを止めた。

「本当にここに何かあるの、みおちゃん…。」

山崎は半信半疑で尋ねた。今日も人がにぎわう大江戸スーパーで何かあったら、大変どころの騒ぎではない。

「ほのお!ありやーす!こっち!」

右手で指さし、左手は総悟と手を繋いだみおは元気よく歩き出した。幼児の先導で大の男ふたりが歩みを進めるとは、なんとも滑稽な絵面であるが。

「おい山崎、屯所に連絡いれろィ。こりゃあ、大当たりの予感でさァ。」
「えっ、は、はぁ…?」

大真面目な顔の総悟を不思議に思いつつ、山崎はケータイで屯所に連絡を入れた。…土方はなかなか聞き入れてくれなかったが。みおがケータイを奪って「まよ!おそい!」と言い残して切ってから、ものの数分でパトカーの音が聞こえたもんだから、この幼児、ただものではない。

細い路地を抜けて、大江戸スーパーの裏手。民家が林立するなかに、ひときわ怪しい建物を見つけた。みおも小さな声で「あんね…、ほのお、ここだよ…!」と指を指して止まった。総悟も山崎も、何をどう言って家宅捜索に踏み込めば良いか逡巡していた時だった。

「サツの音が聞こえると思ったら、正面にいるじゃねーか。お前ら、どうしてここが分かった?」

ザザッ、という音と共に3人は囲まれた。攘夷浪士の集団である。総悟は舌打ちをした。土方がパトカーの音なんざ鳴らさなかったら。よし、後で殺る。

「あんねー、みおが教えたげたんでさ!すごい?すごい??」

出方を伺う場面で、浴衣にバスタオルを羽織った幼児が一歩前に出た。浪士は「はぁ?」という顔でみおに切っ先を向ける。そして小さく、「殺れ」と聞こえた瞬間、一斉に襲いかかってきた。

総悟は刀を抜くより早くみおを抱き上げた。その間山崎がどうにか猛攻をやり過ごす。キィン、という金属音が幾重にもなって聞こえた。

「バカヤロー、空気読みやがれィ。」

そして、総悟はすらりと刀を抜いた。右手に刀、左手にみおである。おんぶのほうが両手を使えるぶんには良いのだが、みおを背中の盾にするようで嫌だったのだ。

「よく聞けみお。今から道を開きやす。走って元いた場所に戻って、土方さん達にここを教えなせェ。…出来やすか?」
「っう、あ、あぃ!」
「相変わらず、良い返事でさァ。」

総悟は柔らかな頬に口付けを落とした。抱きしめることも、撫でてやることもできないこの状況で、精いっぱいみおを落ち着かせようとしたのである。あんなに無謀な姿勢を見せていたみおは、今や泣き出す寸前であった。

「山崎、」と総悟が呼ぶと、会話が聞こえていたのか趣旨を理解した山崎は返事をしてこちらにやって来た。ふたりとも、みおがいることに気を遣ってか、敵を切らないようにすることに骨を折っていた。

「行きやすぜ、みお。真選組として初の大仕事でさァ。」

そう言うと総悟は、目にも止まらぬ速さで敵を打ち負かしていく。全て峰打ちで。みおは必死に総悟にしがみつきながら、道が開くその時を待った。

キィィィン、しゅるる、ドスッ。

目の前の浪士の刀が弾かれ、地面に刺さった。その瞬間に総悟はみおを投げるように降ろした。みおも総悟を蹴るようにして跳び、路地に着地した。振り返らず走り出す。総悟がいるから大丈夫だという謎の安心感があった。

背後から「走れ!」と叫ぶ総悟の声がした。ぎゅっとバスタオルを握って、一心不乱に走った。




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