かくれやたいまっぷ(仮)

 彼のおでん屋台は我が住処より歩いて五分の所にある。その二十歩向こうには焼き鳥の香ばしい匂いが漂い、直ぐ隣では麺を啜る音がする。どの屋台も拘りを持って至福の一時を提供し、俺やサラリーマンを惹きつけ小銭と時間を巻き上げて止まない店だ。今回はそんなかくれ荘近隣の屋台三店舗を三回に分けて紹介したいと思う。もし近くを通り掛かったら是非とも寄ってくれ。恐らく貴方の胃袋もがっしりみっしりと掴まれる事だろう。

 誉れある一番。紹介するのは先日行ったおでん屋である。この屋台、随分と席が狭い、小さい。元より屋台と言うものは大きさが制限されるが、この店はその制限以上の狭さなのだ。何が問題なのか。屋台に対してのおでん鍋の大きさである。おでん鍋が屋台なった、と言う風体。客が肘を乗せたり酒を置く出っ張りすら数センチしかない。当然、杯以上に幅を取る食器は手で持っているしかないのである。これに関しては頂けないが詰まり、おでん鍋が大きいと言う事はおでんの数と種類を多く置けるのだ。汁の染みたはんぺん、だいこん、たまごに昆布と言った定番の物からウィンナー、かまぼこやら豆腐やらかにかまやらきゃべつにんじんしいたけれんこん厚揚げ赤巻き等等――なんと言っても餅巾着は絶品。油揚げに包まれた汁色の餅。素晴らしい。又、この店、とても値段が安い。日々薄給である学生の財布にも優しい。きっとあついあついうまいと何個も頬張る事、請け合いである。易く請け合うな? ところがどっこい値段に反比例して味は安くないのだ。

 さて、俺も少し出掛けて来るとしようかな。


Jan 16th
ぶれる

 課題との取っ組み合いに辟易し街で一人英気を養っていた時のことだ。思いがけず旧友に再会した。
 未だ俺が素直で阿呆で青春と言った初々しい感情を持っていた頃の友である。詰まり中学校の同級生であった彼なのだが、時間の流れに逆らっておらず記憶と違い随分と変わっていた。服装が、顔付きが、身長が。しかし諸々ある変化の中でも特に旧友の隣にいらっしゃるブロンドの女性が、旧友の最たる変わっていた、所だろう。中学生時代の彼は女性と歩く事すら鋼鉄の意志で阻んでいたと言うのに。
 どうやら彼女は大学で旧友と同じサークルに所属していた先輩らしい。さらりと肩の上で揺れる髪を右耳に掛け、意志の強そうな目を細める仕草。笑みの形に象られた唇からは明朗な言葉が発せられる。本の少し、少しだけマネージャーに似ていた。

 兎にも角にも、旧友が幸せそうで、何よりである。


Jan 12th


 緊急措置としてコートを羽織り薄く頼りない布を首に巻き背を丸め寒い寒いと呟きながら俺は馴染みの屋台へと向かった。ふかふかと小さな屋根の下に溜まっている白い湯気で眼鏡が使い物にならないが、美味しい餅巾着とだいこん、ちくわはうむ、冷えた身体によく染みる。暫く昆布と練り物とを交互に摘み、暖簾から出た。
 財布が空いた分、腹が満たされてあたたまった帰り道は少しだけ体を伸ばして歩く。矢張り空気は冷たく痛いが建物の間を覆う夜空は透き通って冬の風情がある。春夏秋とは違う、青の色。昔北海道の工房で見た硝子細工を思い出した。序でに自分の持つ棒の先からぐにゃりと地面に垂れた硝子もどきの姿が頭の裏に浮かび憮然とし再び記憶の底へ沈める。その場面は思い出さなくて宜しい。
 思い出と戦っている内に古びて隙間風吹く自室に着いた。流石におでんだけでは暖を取れない。寒い。この寒さでは指も滑らかに動くまいと今日の課題を華麗に明日に見送り布団を被る事にした。

 大丈夫だ、明日は晴れる。


Jan 8th
空鳴き

 何方か! 腹が、腹に、何か下さい。抜かった俺が悪いのです。然し此処は一つ、何か、ラーメンやラーメンとかラーメン等を、頂きたい。このままでは学びの場にも行けず狭い部屋で本に埋もれ臥し、無駄に息を吸うだけの生き物となり果てるでしょう。

 追伸:醤油ラーメンであれば尚良し。


Jan 7th
大海原より出は

 皆様暫し、御拝聴下され。新年明けまして直ぐに俺は職場へと向かった。そう、仕事始めだ。元日に商業施設を開けようと考えたのは誰だ。確かに神社仏閣への参拝者他、日の出を迎える為外へ出て来た人をターゲットにするのは良い目の付け所、なのやも知れないが、元日だけは不可侵領域だろう少しは休め。だが今回は拍手喝采、感謝する。何せ我が店舗に女神がいらっしゃったのだから!
 女神と書いてマネージャーと読む。ご健勝で何よりでございます。元日営業に挑む先輩、後輩と共に俺は震えを抑えて新年の挨拶と去年の御礼を淀みなくお伝えした。何ヶ月振りの対面に些か記憶がふんわりしているが、どうやら女神はこれから別の店舗で働かれるらしい。嗚呼、残念等と萎れません俺も頑張ります。見送りながら拳を握った。因みに売上は前年を軽く越え――
「そんなことより。し、ん、ね、ん、始まるぞ!」

 此処は俺の繊細且つ震える心を綴る場所だと何度言えば分かるのかね、ジョンソン君。そして君のその声色は恐らく読まれていらっしゃる方々には伝わらんし断固伝えるものか。
「着物ヤッフー! ケッコンカッコカリ、ヤー!」
 落ち着け。全く以て、君は……待ってくれ。せめて挨拶だけはしっかりして行こう。

 改めて、ご覧の皆々様、今年も宜しくお願い致します。そして橋谷さん、わざわざお越し下さりありがとうございます。俺の方こそ、貴方にお会い出来、更にご挨拶迄頂けた事大変嬉しかったです。巧くもない小躍りをして喜びました。これからも宜しく頼みます。


Jan 6th
蕎麦

 年が暮れ、そして明ける。今日はジョンソン君と鴨南蛮を食した。あの一件があってから少しは回復した様だが未だ静かに遠い目をする彼の姿は心に突き刺さる。存外俺の生活にジョンソン君は深く関わっていたらしい。
 来年が彼にとって良き年になることを祈ろう。
 そしてこの文章を読んで下さっている方々も多幸であります様に。ご高覧感謝する。後何分も無いが、良い年を。


Dec 31st
春は遠き空

 回想である。
 目に眩しいきんきらきんのイルミネーションから松と寿の落ち着いた彩りに変わって行く街に背を向ける室内、胡座を掻いてまあるいショートケーキを切り崩す男二人。俺が望んだ光景ではない。華やかさどころか月の光すらこの部屋に入った途端、埃を被っているではないか。
 何故、俺は生クリームとスポンジを頬に詰めているだろう。苺は何処へ行った! ではなく。自分自身でも疑問だ。確か、カフェで口角が笑みの形から動かなくなる現象に見舞われ女神も他店のヘルプでお越しにはならず。せめて体力回復にと先輩から失敬した栄養剤を飲み帰宅した十二月二十五日二十四時――

 俺の部屋への入り口の前にジョンソン君が居た。四角い箱を持って突っ立って居た。
 既視感、凄まじい既視感。
 俺はこのシーンを既に見ている。今日の朝に。立ち位置は誤差の範囲だ。何しろ目が合えば笑顔になり近付いて来るジョンソン君とぱかりと開いた箱、と言う動きがトレースしたかの如き再現率なのだ。一瞬、撤退の文字が浮かぶも結局好奇心を抑えきれず、幾つかの言い訳を心中で呟きながら箱を恐る恐る覗く。はい、おめでとうございます! そこに鎮座坐しておられたのは自室の冷蔵庫で未だ欠ける事なくおさまっているであろう物体と全く同じ姿のケーキであった。分かっていたさ。大切なのはこれからだ。然り。何故ジョンソン君がホールケーキを二つ持って来たのか。そして俺に渡すのか。答え次第では年越しの鴨南蛮蕎麦却下も辞さぬ構えである。この目的の見えない日記の様な何かを読まれている奇特で素敵な諸兄も気になるところではなかろうか。
 取り敢えず、部屋へ通せば相変わらずの混沌だな! とジョンソン君。余計なお世話だ君にだけは言われたくない。と、話を逸らすな。さて、さて。ジョンソン君。正直に言え。このホールケーキはどの様な心境の変化なのかを……おおい、ジョンソン君。固まった彼の沈黙が何を意味しているか、暫し考えていると徐に目の前のアメリカ製銅像が動いた。
「……おれ、好きなオンナノコが出来たんだ、ぞ」
 おお、そうか。そうか、ってすまん、どうやら俺としたことが眠気で君の言葉を正しく拾えなかったみたいだ、え、合っている? 好きな子が出来た? 成る程、その方はケーキ屋さんで働いているのか。
 喜ばしい事である。友人に三次元の春が訪れた。と、思ったのも束の間、ジョンソン君はこう続けた。
「それでもってそのこに振られたんだ」

 全く以て、訳が分からないながら俺に出来たのは泣きそうなジョンソン君に箸を手渡して共にケーキを崩す事だけだった。


Dec 27th
ホール

 早朝、ジョンソン君が丸い砂糖の塊片手にやって来ました。職場で見慣れた物ではある。だが、しかし。ピンク色のクリームが華やかなデコレーションされたホールケーキ、真っ赤な苺も乗ってるよ! だと……何だこの違和感は。そしてどうした君はその様なキャラクターではないだろうあれか今流行のケーキ系男子と言うやつか可愛らしい甘味で画面の中の可愛らしいあの子を釣れるとでも考えているのかジョンソン君?

 俺は混乱しているのかも知れない。


Dec 25th
 


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