キリア



シルヴァラント編



ディザイアンも当たり前のように闊歩し、それにビビりながらも隊長の側へとくっついていった。
例えるならば警察が警戒している街をマフィアがそこらをウロチョロしてるようなものだろう。
いつ一方的な乱闘が起きてもおかしくはなかった。


『隊長……本当にこの町は危険じゃないんですか?』

「かといって、ディザイアンを退去させる力はないからな。良くて牽制くらいだからお前も気をつけろよ」

『は、はい……』

「なぁソウマ、お前はこの町を好きになれたか?」

『……慣れはしましたが、好きかどうかは分からないです』


パルマコスタのそばにある人間牧場へ連れていかれる人を自分はつい先日見てしまったのだ。

あまりに自分がショックの表情をしていたのだろう、そばにいた町の人が慰めてくれたが
「ドア市長がなんとかしてくださる」とだけしか言わないのだ。

数日の間市長が何かしらアクションを起こすのだろうと淡い期待をしていたのだが、結局行ったのは義勇軍による見回りくらいだったしそれ以降も何も起こることもなかった。
数日後は誰も人間牧場へ連れて行かれた人を忘れたかのように当たり前の日常に戻ったことに2度目のショックを受けた。

以前、市長という存在について義勇軍の隊長に訊いたことがある。
ここの市長は連れて行かれた、処刑された者へなんの弔いも救おうという意思もないのかと。
それに対して隊長はこう答えた。


「そういうわけでは無い。ただリーダーというのは時に無力だと痛感することもある。
最小の犠牲というのが最大の目標にするしか無いんだ」

『……』

「力があっても全てを解決できるわけでは無い。
命より重い決断も時には必要なんだ。
市長は、それに従ったまでだ」



* * *



見た目は強そうに見えたが、所詮は見た目だけだと確信した自分は
プロネーマなる奴のしもべと謳うこのディザイアンへと最初積極的に突っ込んでいった。
紫の体となってまで奴らの従僕でいたいという感覚が分からないが、対立するなら戦うしかない。


『はぁっ!』

「小癪なっ!スパークヴォルト!」

『うわっ!』


雷の球状のものを放ち、威力は低いものの痺れが体に襲いかかる。
びり、と動きが鈍るがキリアの爪の攻撃を避けることは出来た。
リフィルからバリアーを施してもらいさらに防御力が上がる。


「この劣悪種が!」


背中から7本の先端が硬い爪でできた触手が生えて浮遊した。攻撃手段と機動力が上がったというわけだ。
このまま第三形態まで無ければ良いが、あったとしても倒すまでだろう。

ドア総督のことは許せないが、その道を無理やり選ばせたのはディザイアンたちだ。
こんなもの、断ち切らなければいけない。
無くさなければいけないのだ。

いける、と確信した。
本能のままに敵を屠ることだけを考えていた。
その後の一切を考えてはいけない。
考えてしまえば、きっと恐れてしまう。

クラトスが攻撃から強めの弾きを受けたディザイアンが仰け反った隙に、
足を強く踏み込んで得物を強く振り下ろした。

キリアの片腕を切り落とした途端、
溢れ流れる赤い血に思わず手を止めてしまいキリアの触手による攻撃を避けようとしたが、
腕に裂傷を負ってしまった。


『ぐぅっ……!』


同じ赤い液体が流れることにドアが胸を貫かれた記憶が邪魔をして嫌な感覚を覚えた。
見た目は魔物なのに、人を斬ることを拒む自分がいた。
思わず後ろに後退してしまう。

いやだ、殺したくない。

広場での戦いだって十分に動けたはずだ。
闇雲に攻撃してた訳じゃない、血だってこの手で流した。
クラトスの声にハッと我に返る。


「戦わないなら下がっていろ」

『っ、すみません……!』


リフィルに治してもらったが、これ以上の攻撃は足手まといになるだろう。
それ以上は攻撃せずに後衛の守りに徹し、ロイドとクラトスに任せてしまった。

自分が出るまでも無く、二人は息を合わせてキリアを斬りつけていく。
自分と違って、彼らは既に覚悟が出来ているのだ……それが悔しくて、無力感でいっぱいだった。

ロイドの攻撃が決まって見事致命傷を負わせた。
倒れるディザイアンだが、まだ息の根がありゆっくり起き上がったと思えばあの檻の鍵を力任せに残った手で壊した。


「馬鹿な……ならばせめて、この怪物を放ちおまえたちに死を……!」


パタリと地に伏せ、それ以降はピクリとも動かなくなってしまった。
既に絶命してしまったのだろう。
緩慢な動きでクララだった生き物が出てくる。
ソレに立ち向かうかと思ったがロイドが躊躇いを見せた。
さすがに主人公でも人を殺めることを躊躇うか……。


「……またかよ。また、辛い思いをしている人を倒さなきゃいけないのか?」

『ロイド君……!』


今にも腕を振り回すだけだが勢いの強そうな攻撃を仕掛けてこようとするクララにダメ元でダガーナイフを手に取り投げようとした、その時コレットが「ダメ!」と叫んだ。

その声に応えたかのようにピタリと手の動きを止めて、何もせず横をただ通り過ぎていった。


「あ、待て!」


ジーニアスの声に振り切るかのように外へと行ってしまったのだろう、建物の外から悲鳴が聞こえる。
追いかけようとしたが、掠れたドア総督の声が聞こえた。
まだ息はあるようだった。
胸元を真っ赤に染めながら息も絶え絶えの状態だ、死へと近づく姿に視線を逸らし目を伏せる。
もう、長くはないだろう。


「……キリアは、無事か?」

「キリアは……」

「本物の娘さんは無事らしいぜ。安心しな」

「そうか……。ロイド、といったかね……キミ……」

「ああ」

「先生、早く治療してあげて」

『……』


コレットの言葉にリフィルは回復魔法をかけるもドアの容態が良くなることはなかった。
静かに首を横に振る。

あの傷では奇跡のような魔術でも助からないとリフィルは無言で悟ったのだ。
いくらこの世界のマナという全ての命の元素の力でも、助けられる状態じゃない……魔術は万能ではない、のか。


「どうか、ショコラを……助けてやってくれないか。
おまえたちをおびき出すため利用された……哀れなあの娘を……」

「わかった」

「それから、これは勝手なのだがもしどこかで……妻を助ける方法が見つかったら、妻を人間の姿にもどしてほしい。
娘が戻ってきたとき一人ではかわいそうだ……」

「ああ、わかった」

「ありがとう……。
ソウマ、レナインを見つけたら……こう伝えてくれないか」

『……』

「隊長は私たち夫婦が……拾い、育てたことは、お前も知っているだろう……?
本当に、出来た息子だった……。
いなくなった、理由は……私も知らぬ……。
きっと……」

『……それは、本人に直接言ってやってください』

「そうだな……そうし、たかっ……」


ドアはロイドにカードキーを渡し、懺悔の言葉を残して、
そして振り絞るかのような言葉を勝手に託して静かに息を引き取った。
しん、静かになった空間にクラトスの正論とも不謹慎とも取れる言葉にロイドがカッとなる。


「……そろそろ行こうか」

「おまえ……!その言い方はないだろ!」

「落ち着けロイド。我々がなすべきことは?」

「……ショコラを助け、このあたりを支配するマグニスを倒すこと」

「その通りだ」

「……わかってる。あんたの言う通りだ。……すまない」

「行こう。ディザイアンを、倒そう」


クラトスの言葉に怒りを鎮め納得したロイド達は階段を上がっていった。
自分はドア総督の遺体を見てせめてもと放り投げられた手を組ませておく。
一人、リフィルの心の叫びのような独り言が聞こえた。


「……私の癒しの術は、ひと一人救えないの……?」


その魔術すら使えない自分にリフィルを満足させられるような答えは持っておらず、聞こえなかったフリをしてドアの元へ傅き静かに手を合わせた。
街とディザイアンの板挟みになりながらも守ろうとした想いは行方知れずのあの人と同じなんだ。やり方が違っただけで。

自分はとうにドアを糾弾する意思は消えていた。
全てを知ってそんなことをできるだろうか、救おうとしていたのに彼は救うことができなかった。
市民も、自分の家族さえも。
この世界は悲しみと苦しみしか生まない仕組みでできている。
どんな希望を持ったって、絶望しか与えてくれない。
……と異世界人は独りそう思った。



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