ドア総督



シルヴァラント編




自分はあまりこの街が好きじゃないのはすでに、
きっとロイドたちも気が付いているのかもしれない。

もちろん自分を必要としてくれた人たちや義勇軍の人達を除いてだけれど。
好き、嫌いというより苦手だ。

今までずっと総督府が総督府がと言って総督に期待を押し付けていて、実際ここの住民であるショコラも総督府が助けてくれるからと恐れ知らずにもパルマフルーズでディザイアンに面と向かって啖呵を切っていたそうだ、とロイドから聞いた。
母の店を蹂躙するようなこと、ショコラなら許さないだろう。
彼女らしいといえばらしいな。
それには苦笑いしか出ない。

まぁ話を聞くには今年の人間を処刑する数が一定より超え処刑されることもないという間引きの理由からだろう。
そんなもの、あのドレッド頭の気分次第で変わるに決まってると思っていたのだが。

奴らディザイアンが人間のことをどれほど嫌い、
見下してるかなんて異世界から来た自分よりもこの世界の人間が一番よくわかってるはずだろうに。


そして総督府へ着いた。
ここからの話は分からないから慎重に行かなくては。


まず、ドア市長がこの総督という役を務めている。
まだ歴史は遥かに浅いけれど街の住民は皆総督府に絶対的な信頼を寄せていた。
僅か二代でこれほどの信頼はさすがに賞賛には値する。

ディザイアンに対抗する組織があるというだけで藁にも縋る思いが皆にあったからだろう。
それでも構わずに人間を処刑しに来るから自分にとってはその効果は自分にはよく分からなかった。
それを言えば義勇軍の存在も良く分からないけれど……。
ディザイアンよりも魔物を狩ったりすることの方が多い。

人が処刑されるのを遠くからずっと見てるしかないのだ。
これ以上の被害を出さない為に。
たった一人の命より、街を守らないといけないから。

多分、自分が今まで平和ボケで安全な世界にいたから思えることなのだろう。
そして自分がこの世界に落とされて一年後、唐突に起こった義勇軍の隊長とその他兵士二名ほどが相次いで失踪した。
それでもギリギリのところで彼らはまだ市長のことを信じていた。
何も言わないが失踪した彼らのことも何も話すことなく無言を貫いていた。


しかし、その実態は街の住民にとっては残酷なものだ。
義勇軍からも絶対の信頼を寄せていた総督府が裏切っていただなんて。
いつからかは分からない。
それは会ってから分かることだと思う。

けれど総督府にとって、皆が自分のことを慕う姿を滑稽だと嗤いながら見てたのではと不信が募る。

それは許せない。
総督府の中に入ると驚くほどシンとしていて、そこには誰一人もおらず、訝しげに周りを見渡した。


『気味が悪いほど誰もいない……、側近の兵士も……どこへ行ったんだ?』

「……下の方から聞こえるよ」

「そうか?聞こえねーけど」

「誰もいないのだ。地下に行ってみるべきだろう」

「そうだな」


耳を澄ましても何も聞こえないので人より耳が良いらしいコレットと、クラトスの言葉に従って地下へと降りる。
進むうちに薄暗い空間に誰かが喋っている声が聞こえてきた。

それは見たくもないツーショットだった。
ディザイアンとドア総督が金について話し合っていたのだ。


「妻は……クララはいつになったら元の姿に戻れるのだ」

「まだだ。まだ金塊が足りないからな。だんだん少なくなってくるな」

「これがせいいっぱいだ!通行税に住民税、マーテル教会からの献金。
これ以上どこからもしぼりとれん!」

「まあよかろう。次の献金しだいではマグニスさまも悪魔の種子を取りのぞいてくださるだろうよ」


そう言い残し、ディザイアンは別の裏道へ去っていった。
残されたドア総督に娘がか細い声で父の名を呼ぶ。


「お父さま……」

「もう少しだ。もう少しでクララは元の姿にもどれるのだ。旅業の料金を底上げして……」

「どういうことだ」

「!?」


驚愕の余りに声も出ないのか、まさか今の会話を聞かれていたとは思わなかったのか。
ただこちらに顔を向けたまま固まっていたドア総督……ドアにロイドが一言入れる。


「何だよその面(ツラ)は、まるで死人でも見たような顔じゃねぇか」

「ねぇロイド。その台詞、ありがちだよ」

「うるせー!」

「何故、神子たちがここに……。ニール!ニールはどうした!」

『ニールさんならここにはいない』

「ソウマ…そうか……。ニールが裏切ったのか」

『裏切った?何をおっしゃる。
まさか街中が一番信頼を寄せていた人物がディザイアンと内通してたなんてな……本当ふざけた事しでかしてくれましたね、ドア総督』

「くっ……」


柄を握りながらドアを睨む。
最初からあまり信じてはいなかったがこの裏切りの代償はデカい。
この街はこの人物がいたから成り立っていたところもあるのだ。
ロイドがディザイアンとの話で耳にした事を聞く。


「あんたの奥さんがどうしたってんだ?人質にでも取られているのか?」

「人質だと……?笑わせる。妻なら……、
ここにいる!」


そこには緑色をした手が異様に長く伸びた生き物と呼んでいいのかわからないモノが檻の中にいた。

辛うじて人間だったころであろう衣服の残骸が胴体に引っかかったまま、シュゥシュゥとおよそ人間だったとは思えない呼吸音で檻の中で暴れていた。
ガシャンガシャンと檻を叩くが硬い造りのためか壊れる様子はない。

その見た目に驚愕し背筋がざわついた。
なんだ、アレは。
アレを人と称すのか?

ジーニアスが右手の甲を押さえながら引き攣った怯えた声を出した。


「うわっ!?そ、そんな……」

『(これが……ヒトだった……総督の奥さん?)』


ディザイアンはヒトを異形の者へと変える技術まで持っているというのか……?
鳥肌立つソレに臆しながらも必死に冷静であろうとした。

ドアの妻は、若くして亡くなったとしか聞いていない。
葬儀だけはおこなったが……誰も遺体を見る事なく棺を埋めたまま終わったと……。

ディザイアンに殺されたやら、人間牧場へ連れ去られたと噂は立ったが誰もはっきりとした真相を知ることはなかった。
その真相は人ならざる者にされ、地下にずっと幽閉されていただなんて……。
なんと、むごいことを。


『な、にをしたら人だったのがこうなるっていうんだよ……っ!』

「……泣いてる。あの人、苦しいって泣いてる」

「ま……まさか……」

「そうだ。これが私の妻、クララの変わり果てた姿だ!」

「だから、亡くなったことにしていたのね……」


クララの変わり果てた姿を見てリフィルが顔を伏せる。
愚かにも自分は悪くないと、ドアが捲し立てる。


「父が愚かだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために先代の総督だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。
私が奴らと手を汲めば妻を助ける薬をもらえるのだ!」

「それじゃあ、あんたはソウマを……この街の人を裏切ってるんじゃないか!」

「知ったことか!しょせんディザイアンの支配からは逃れられん」


所詮は人間とはディザイアンの玩具、この世界ではヒトはディザイアンから逃れられない運命なのだろうか。
ドア総督のその哀れな姿に何も言葉が出なかった。
その姿を娘の前であっても無様に見せつけているのだ、何も言うまい……。


「コレットが……神子が世界を救ってくれる!」

「神子の再生の旅は絶対ではない。前回も失敗しているではないか!
それにこの街の者は私のやり方に満足している。ただ、私がディザイアンの一員だと知らぬだけだ」

「黙れ!何がおまえのやり方だ!
あんたの奥さんは確かにかわいそうさ。
でもな、あんたの言葉を信じて牧場に送られたばかりにあんたの奥さんのようにされた人だっているかもしれないんだぞ!」

「だまれ小僧!自分だけが正義だと思うな!」

「ふざけろ!
正義なんて言葉チャラチャラ口にすんな!
俺はその言葉が一番嫌いなんだ!
奥さんを助けたかったなら、総督の地位なんか捨てて薬でもなんでも探せばよかったじゃないか!

あんたは奥さん一人のためにすら地位を捨てられないクズだ!」


「ロイド、もうやめて!みんなが強い訳じゃないんだよ。だから、もうやめてあげて!」

「コレット……」

「その薬っていうの、私たちで取ってきてあげよう?
そうしたら総督だってもうディザイアンの味方にならなくてもいいんだから」

「……私を、許すというのか」

「あなたを許すのは私たちではなくて街の人です。
でもマーテルさまはきっとあなたを許してくれます。マーテルさまはいつでもあなたの中にいて、あなたの再生を待っていてくださるのだから」

「私の中に……」

『……俺は、ハナから総督のことなんか信じてなんかいませんでしたよ』

「……」

『けれどこの街の住人の在り方も危うかった。
……けれど“あの人”は総督のことをずっと信じてた。俺はそれが許せない、あの人を見つけたら謝って下さい……俺は、それだけです』


憔悴しきっていたドア総督がこちらを見る。
ショコラだってココアだって、子供から老人までこの街の住民はみんなドアに心酔してた。
自分がいた世界は、国の……たとえリーダーでも信用できる要素など無かったからそれほどにまで命を預けられる要素はどこにあるのだろうと思っていた。

けれどドアもまた一人の人間だった。
少しの落胆と憔悴の瞳の中に光が見えたので前よりは民を想えるリーダーになれればマシになるだろうという少しの安堵。


それは鈍い音によって潰えた。


ドアの胸から手が生えてきてこちらに飛び散った血がズボンに付いたのを見て何が起きたのか理解できなかった。
ドアの胸がじわじわと赤い染みを作っていく。
キリア、ドアの娘がその年端のいかない顔に似つかわしくない声で嘲りだした。


『、え……?』

「ばかばかしい!人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差しのべて下さることはありません」


乱暴に投げ出されたドアの肢体が少女だったものの側で崩れ落ちた。
奇妙な手を生やしたキリアが見下した表情を向けていた。
ロイドが声を荒げる。
殺意と侮蔑に滲んだ表情をするキリアが嘲り笑う。


「何をするんだ!」

「お父さんでしょ!どうしてこんな……」

『お前……ディザイアンだな。総督の娘じゃない!』


抜刀してドアの娘“だったもの”に切っ先を向ける。
キリアだったソレは歪に形を変えながらまるで魔物のような姿へと変わった。
黄色の角に紫色の手脚は細く、爪は人を傷つけるためだけ尖ったかのような奇妙な身体。
これもディザイアンだというのか。
あのドアの妻だった存在よりもコレの方が化け物のように見えてきた。


「私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマさまのしもべ。
五聖刃の一人であるマグニスの新たな人間培養法とやらを観察していただけ。
優れたハーフエルフである私にこんなおろかな父親などいない」

「おろかな父親ですって……」

「おろかではないか!娘が亡くなったことも気付かず、化け物の妻を助けようとありもしない薬を求めるなどと。
あはははははは!」

「こいつ……!」

「許せない……!」


殺気立つディザイアンにロイドが武器を抜いた。皆が臨戦態勢をとる中、
自分も構えたまま視線を逸らし倒れた虫の息のドアを見つめた。
この人もまた、裏切られた存在だったのか……。
妻を見せしめの魔物に変えられて、ついに知らぬまま娘の命まで奪われた哀れな人。

ディザイアンという存在に偽りの箱の中で飼い殺された被害者……。
全てがディザイアンに支配される。


『やっぱり、この世界は歪んでる……』


ぽつりと呟いた声が、後ろにいた傭兵に聞かれているとも知らずに。
事実を言っただけだった。
この世界はどこまでも歪んでいて、仕組まれたかのように世界は静かに回っている。

狭い空間だがキリアだったディザイアンとの戦闘の火蓋が切られた。


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