the 望
○○○○○○

どれぐらい走ったのだろうか。
いつのまにか別の棟まで来ており、人気が少なくなっていた。最近でら滅多に使われていない離れの校舎のようだ。

必死に走ったせいで息がゼエゼエと上がる。俺は激しく動く胸元を片手で押さえながら、もう片方の手は男と繋いだままだった。
呼吸を整えながら、男を見上げる。彼も少し息が上がっており、後ろを向いていたが肩を大きく上下させていたのがわかった。

(お礼…言わなきゃ)

急に走ったせいなのか、それとも突然の出来事にパニックになっているのか、さっきから心臓がドクドクと言いながら胸の中が熱くなる。心臓が早って痛い感覚もするが、それは嫌な感覚ではない。

繋がれた手をぎゅっと握り返し、こっちを見るよう少し引っ張った。

「あ!あの…、助け、てくれて、ありが…」

ダンッ。

まだ全て言い終わらないうちに、何かを殴りつけて激しい音が鳴る。

「っ、ヒッ…」
「てめえ調子乗ってんじゃねえぞ。俺は助けたつもりはねえ」

思わず漏れ出た悲鳴にも関せず、男はそう淡々と言い放つ。…いや、淡々と、というよりは、冷々とした感じだ。
顔を反射的にあげれば、男の目がギラギラと怒りに満ちていることにさらに動揺する。

(な、なんで怒って…)

男はまだイラついてるのか近くにあったゴミ箱をガン!と蹴り飛ばした。それに俺は身体が固まってしまう。

調子に乗るな。助けたつもりはない。
男の言った言葉が頭の中で反芻する。これは助けてもらえたと俺が勝手に自惚れていただけなのだろうか。それなら、なぜ俺を羽島から逃がしてくれたのか。それは助けるつもりじゃなかったのか。他になにか、別のことが…。

男の顔を見つめながらぐるぐると考え込んでしまう。

男は収まらない怒りと共に髪をかきあげる。前髪が後ろにしなって顔の横にかかり、男の顔がはっきりと目の当たりになった。



凶暴な獣のような顔をした男だった。目は深い藍色で、イラついて舌打ちが鳴った口から鋭い八重歯がのぞいた。先ほどまでの大人しく暗かった雰囲気から一転して、まるで鳴々樹のような凶暴性を孕んだオーラへと一変する。

「お前見てるとイラつく」
「…ッ」

ズグリ、と刃物を胸に刺されたような衝撃が身体に走る。明らかに拒否されている。その一方で繋がれた手は解かれない。


「お前なんなの。嫌ならはっきり拒否れよ。どうして抵抗しない」
「…ッ、抵抗は…した…っけど…」
「は?あれが抵抗?見てもわからねえんじゃ意味ねーよ」
「…っ」

強い口調で責め立てられ、言葉に詰まる。確かに持てる力精一杯で反抗したかと言えばしていないし、大きな声を出しても誰も助けてくれないと半ば諦めてる気持ちもあった。
うしろめたさからか、無意識的に視線を下げれば、グッと掴まれた手を引っ張られ、男の顔が近くなる。

「そうやって黙ってんじゃねーよ。今も何も言わねえし、そういう態度があいつらを調子に乗らせてるってわからねえの?」
「っ…すみま…せ…」
「謝ってんじゃねーよッ!」

ガンッ!!と腰近くの壁を蹴り上げられる。
掴まれた手のひらはギリギリと捻りあげられる。恫喝され、無意識に目を閉じてしまう。

「黙るのがダメなら謝ればいいと思ってんじゃねえ!何一つ分かってねえんだな。それともわざとやってるのか?負け犬のフリして、あの羽島に媚び売ってんの?」
「ッ、い、ッ…!」

骨がギシギシというぐらい強く握られ、手がどんどん白くなっていく。骨を折れるんじゃないかというほどの痛みに、思わず涙が目尻に浮かんでくる。

「っ、ぁ…ッ、はな、し…てッ…!」
「離さねえ」

そういうと、男は俺の顔をいきなり打った。
パシンッ!と空気が張った音ともに、衝撃で顔が右に揺れる。右に流された顔をさらに左へとパシンッ!と強く叩かれた。

パシン、パシン、パシンッ。
三度くる強い痛みに、脳みそがぐらぐらと揺れ、目からは涙がボロボロと落ちる。そのまま男に頬を鷲掴まれ、涙が溢れる目で相手の顔を見上げるしかない。

「や…だ……っ、や、め…て……」

彼はなぜこんなことをするのか。

壁に無理矢理身体を押さえつけられ、一方的に激しく怒鳴られて顔を打たれているのに、意味が分からず笑えてくる。

俺に暴力を奮いたくてわざわざこんなところへ連れてきたのか。
それなら、なぜ一度目に俺へ暴力を振るわず見逃し、二度目では羽島の元から俺を連れ出してくれたのか。
もし、今までのような人間なら見て見ぬ振りをするか、その中に入ってきて同様に俺を痛ぶってきたはずだ。
でも彼は違った。
だからなのだろうか。彼は他の人間とは違うんじゃないか?そんな淡い期待と希望が生まれてきてしまう。彼は他の人間と違って、俺を救ってくれるんじゃないか。そんな馬鹿な考えが。


「お願い…やめ、て、くれ…」

お願いだ、もうこれ以上、俺を絶望に落とさないでくれ。

8/10
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