the 再
鳴々樹からやっと解放された俺は処理をして身支度を済ませ、教室に戻ることにした。

鳴々樹はというと、この後用事があるとかなんとか言って、部屋からさっさと出て行ってしまっていた。鳴々樹はよく喧嘩をふっかけられるらしく、しょっちゅう喧嘩をしにどこかしらへ行っている。普段何をしているのか、どんな奴らと喧嘩しているのか。深く探ろうと思えば探れるのだろうが、正直俺はあまり鳴々樹に関わりたくはない。だから特に奴の情報を聞き出そうとも思わないし、鳴々樹が何をしているのかを知る由もない。

部屋から出ると、朝この部屋へ連れてきた派手髪の整った顔の男が立っていた。ずっと待っていたのだろうか。彼はじっと俺の顔を見ては「教室に連れて行く」と淡々と言った。鳴々樹がそう命令したんだろう。俺は何も言い返さず、コクリと頷いた。

そして、そのまま男が前を歩いて行き、俺はその後をついていって保護されるように、また教室へ戻ってきた。彼のおかげか、道中は何も問題は起きず、席に座るとチャイムがちょうどなってそのまま4限の授業が始まった。

相変わらず周りの不良達は授業を聞く気もないようで、トランプをしたり雑談をしたりと大騒ぎだったが、俺が必死にノートに書き込みをしていても邪魔する者はいなかった。
このクラスが鳴々樹のグループの人間によってうまく統率されていることが学校生活の節々に表れていた。


4限の授業が終わり、次が最後の授業だった。
俺はこの間にトイレに行きたいなと思い、その場から立ち上がった。すると、先程の男が真っ先に声を上げ、こちらへやってきた。
「おい、待て。どこに行くんだ」
「あ……。えっと、トイレに…行きたくて……」
「トイレ?」
眉を上げた男が、俺もついていくと口を開きそうになったのがわかり、慌てて口を挟む。

「あの…っ、トイレ、近くにあるので、一人で行けます…すぐ戻ってくるので…」
「………」

じっと顔を見つめられる。相変わらず無表情というか反応を示そうとしない様子で威圧感がすごい。しかし、俺がもう一度「一人で行けるので…」とボソボソいうと、男はしばらく黙ってなにか思案していたが、「わかった」と承諾したことで、一人で教室を出ることができた。しかし、その間も彼は教室から出て行く俺の後ろ姿をじっと見ていたが、特に口は出さず、じっと様子を見ていただけだった。



「はぁ……」

小さくため息が漏れた。

本当にずっと監視されてるようで疲れる。
さすがにトイレの時ぐらい一人にさせて欲しい。

俺はそう思いながら目立たないように廊下も端の方を歩く。ここで絡まれても困る。俺はなるべく早歩きでトイレへ向かっていた。
大抵無防備に外にいてると絡まれるのだ。それこそ立ち便器の前で一人で立っていれば暴力の的だ。そのため、俺は引きこもることができる個室で毎回用を足していた。
トイレも何箇所かあるのだが、どうせ個室で籠ることにならさっさと用を足して教室に戻った方がいいだろう。なるべく近いトイレへ行こうか……。そう考えて、歩くスピードが遅めた時だった。

ふわっと後ろから抱きしめられる。

「しいちゃん、おはよ」

身体全身を抱きしめて首横から顔を出したのは、羽島だった。心臓が大きく跳ねた。

「は、羽島…さん……」
「しいちゃん呼び捨てでいいって言ってるじゃーん。ね、俺らの仲でしょ?」
「は、羽島…」
「うん!なーに」

ニコニコと笑顔を向けてくる羽島。どうやら機嫌が良いみたいで、俺の髪を勝手に撫で上げてくる。俺は「いえ、呼んだだけです…」と目を逸らした。

「あらそう?それにしてもさー、しいちゃん一人で歩いてるなんて珍しいねー。セックス相手でも探してた?」
「は…っ!?ち、ちがいます…!」
「え〜〜違うのー?しいちゃんには最近鳴々樹の下っ端がよく引っ付いてたじゃん?それこそお姫様みたいにさ。だから、鳴々樹に飽きてお姫様ごっこやめたのかな?って」
「お、お姫様ごっこ……」
「あれ?そうじゃないの?」
「ち、ちがいますよっ!」

俺はお姫様扱いされていると勝手に思われているのか。非常に不愉快だし、されたくてされているわけでもない。

俺は相変わらず羽島とは目を合わさず、羽島から距離を取れないかと目線をキョロキョロさせる。しかし、誰も助けてくれるはずがなく、その場から立ち去ってしまう。
なんだかんだ、羽島もこの学校内では恐れられているのだ。関わろうとしないのが普通だ。


「しいちゃん〜。今からどこ行くの〜?」
「あ……俺はトイレに…」
「へえーじゃあ俺も行こうかな〜。ま、どうせ一人だったら、しいちゃん、トイレ行くはずがいつの間にか下っ端のカスみてえな奴らに絡まれてタイルの上で犯されてるだろうからね」
「………」

勝手に下品な妄想した男は、俺の腰を無理矢理掴んできて、そのまま掴んだ手で腰を撫でた。ぞわりと嫌な感覚が走る。さらに羽島は流れるように尻へ触ってきて、耳元で「ね?ほら、しいちゃんは隙が多い」と尻たぶを揉んだ。

正直、羽島だってそういうことをする人間だ。
だからこそ、お前が言うなと言ってやりたいのだが、歯向かってもただ羽島を喜ばせるだけなので、俺は結局黙って唇を噛み締めるしかない。
しかし、その様子にさらに羽島が上機嫌になっているのは俺は全く知らない。

「じゃあ、俺が連れて行ってあげるね〜いいよね?」
「……っ、あの…っ」
「…ねえ、それともここでブチ犯した方がいい?」

そう耳元で囁かれる。
本当にみんなクソ野郎だ…。拒否権なんかないじゃないか。

「っ……つ、連れて行ってくださ…い…」
「いいよー」

よしよしと羽島は頭を撫でてくる。
振り払いたいがそれを必死に必死に抑えて、拳を固める。我慢すれば何事も穏便に済むのだ。それがこの半年間でわかった論理だ。

羽島は俺が着いてくると確信し、俺の腰へ恋人のように腕を回して離れないようにすると、そのまま歩き出す。
トイレは目の届く距離にあったが、羽島はなぜか俺ごと反転し、逆方向へ向かってさらに階段を上って行く。

「え…?あ…あの…トイレは…」
「あそこだとまたカス共がくるだろー?俺が穴場連れて行ってあげる」
「は、はぁ…?」

上機嫌にそういう羽島に俺はもう逆らう気にもなれない。
羽島の扱いは鳴々樹と違ってまた難しい。
欲望に忠実な鳴々樹は遠慮や気遣いといったことは完全無視し、率直に自分の欲望を発言しては相手に悩ませる間も無く問答無用でやらさせるタイプだ。さらにできないことがあれば、全て暴力で解決させるため、ある意味彼の行動や思想は単純明快であった。

一方、羽島は鳴々樹に比べ俺の意見を聞いてくるし、基本的には態度は優しい。だが、スイッチが入ればそれも崩れ、従う素振りを見せても嫌がる素振りを見せても、自分の気分のままに性的な嫌がらせや暴力を奮ってくる。また相手を見下したり、自分が不利な立場になることが嫌いかと思えば、自分が傷つくような方向へけしかけることもある。そういう時の羽島はなぜかニヤニヤとしていて、更なる悪行を引き起こすのだ。本当に彼も油断できない。


結局そのまま階段をのぼらされ、4階のお手洗いについた。確かにここは人通りも少なく、廊下には不良校では珍しく人間が誰一人もいなかった。このままトイレに連れて行かないのではないかと不安に感じていたが、ひとまず安心した。

羽島が扉を開けて、体を密着させたまま中に入る。中には人は誰もおらず、きちんと便器も壊れてる様子はなく並んでいた。

ふぅと人知れず安堵のため息を漏らす。
その横で羽島が前を歩いて行った。

「はい、しいちゃん、おしっこしておいでー。せっかくだし俺もしよー」


パッと手をあっさり離した羽島に驚いて顔を見る。
羽島は俺の視線にもちろん気づいて「ん?」とにこりと笑った。

な、何もしないの…?

鳴々樹のせいで毒されてきているのか、用を足している時に何かされるのではないかと勝手に身構えていたため、何もしてこない羽島に驚いて固まってしまう。

「しいちゃん、漏らしちゃうよ?」

そう言った羽島はそのまま便器の前に立って用を足し始めた。鼻歌さえ歌っている。連れションしにきただけ、という態度である。
その様子を見て俺は慌てて隣の便器に立ち、ズボンの前を広げた。

なんだ…今日は何もないんだ……安心した。
なら、なんであんな脅し方をしたんだよ。

そう思って、気が緩んだときだった。

「へえーしいちゃんのおしっこシーンは初めてだなぁ」
「…!?」

羽島はいつの間にか身なりを整えていて、隣から俺の下半身を覗き込んでいた。まだ、出してはいなかったが、下着から性器を取り出していた。

まずい。嵌められた。

羽島のじっとした視線が自分の股間部分を凝視し、この異常な空間に思考が停止してしまう。

「しいちゃんしないの?」

そう言って、戸惑ってる俺に、羽島は後ろからまわりこんできた。そして後ろから俺の身体ごと抱きこみ、性器を掴む俺の手の上に自分の手を重ねてきた。

「おしっこできないなら手伝ってあげよっか」
「〜〜ッ!!!」

羽島はニコニコ笑いながら、早くだしなよ〜と俺の腹を押してくる。左手で腹の上……膀胱あたりを刺激され、支えるために掴んでいた手を包み込んだ右手がすりすりと撫で上げる。
揶揄った態度と完全に逃げ場のない状態に鳩尾がきゅうっと痛む。羽島は俺のそんな様子に笑っているのか、クスクスと笑う声が耳元から聞こえる。

「そんなに固まっちゃって……ねえ、鳴々樹と放尿プレイしたことあるの?」
「…っ!」

耳元で囁かれ、思い当たる節に体が強張る。
その様子に「へえ」と羽島の嬉々な声があがり、やばいという言葉が頭の中でいっぱいになる。


「もう経験済みか〜さすが淫乱しいちゃん!隅に置けないなぁ」
「…っ、ち、ちが………っ、やめっ…!」
「初めてじゃないんでしょ?なら、俺の前でももちろんやってくれるよね?鳴々樹のおまけで、俺ともセックスさせてくれるしいちゃんなんだからさー」
「っ…!あの時は…っ!」

お前が無理やり強姦したんだろッ!!!

そう怒鳴りつけたかったが、羽島は覆い被せていた俺の手をとんでもない力で握り締めてくる。

「っ、ぃいっ…!!」
「ほら、はやくしな?しいちゃんのこの小さなおちんちんからおしっこしてる様子見せてー?あれー?お腹ぱんぱんー、結構溜まってる?そしたら、色も濃いのかなぁ〜。あー、早く見せてよー、ね?しいちゃん」

ベロリと耳たぶを舐められ、甘く噛まれる。甘えた声をあげても何一つ可愛くない。さらに尻部に抱き込まれた羽島から何か熱も感じる。どうやらスイッチが入ってしまったようだ。もう手遅れだ。

耳たぶを噛み続ける羽島に、反射的に顔をそらす。そうすれば、羽島は興奮してきたのか俺の顔を強引に掴んで、顔を背けられないように固定してきた。羽島は真上から固定した俺の顔をガン見し、ぐりぐりと尻の柔らかな割れ目に狙って腰を擦り付けてくる。

「っ、あ…!ッ、や、めっ…て…っ」
「やーだ。俺がしいちゃんの泣き顔好きなの知ってるでしょー?頼み込んでもぜってえ離してやんない〜」

ごり、と明らかに硬いものが擦り付けられる。

何もしてないのに…。

羽島と密接にくっついているせいか、羽島の甘ったるい香水に身体全身包み込まれる。

体を動かそうとしてもビクともしないし、助けを呼ぼうとも誰も助けてくれない。もう無理だ。これ以上どうすることもできない。

頭がぐるぐるとして、泣き出しそうで目に思わず涙粒が浮いてくる。


だめだ、この状況は諦めろ…。そう自分に訴えかける。
抵抗すればするほどこいつは喜ぶ。ならば、思考を空っぽにしてやるだけやってしまえば事が済むんじゃないのか。鳴々樹を頼ることも今じゃできないし、もう諦めるしかないんじゃないか。

そう頭で理解しようとすれば、するほど、胸が苦しくなり、屈服される屈辱感とどうしようもなさに涙が止まらなくなる。

「…っぅ、う…」
「もしかして、しいちゃん泣いてるの?はぁ……、やっぱり可愛い。そんなしいちゃんが好きだよ…」

そう言って顔を寄せてくる羽島にもう身を委ねてしまおうか、と目を瞑った時。


羽島の動きが急に止まった。そして、突然顔にまわされていた手が外される。

バシンッ。

羽島の手が勢いよく何かを払った。



「…あのさー公開プレイは大好きなんだけど、妨害されるのはうざいんだよねー」
「…うるせえ、お前らが勝手に入ってきたんだろうが」

突然羽島以外の声が聞こえて、急に頭が冷える。

(誰かいる…!?)

羽島から拘束を解かれた身体で慌てて、その場から離れる。急いで引っかかったズボンを履き、身を守る。
羽島は俺が逃げたことは別段責めず、外人のオーバーリアクションかのように手のひらを上にあげた。

「あーあ、せっかくいいところだったのに邪魔が入っちゃったねーしいちゃん」
「っ、さわ…っ、ら、ないで、くださいっ」
「あれ?拗ねちゃった?」

拗ねたもなにも初めから許してなどいない。

ごめんねと頭を撫でてきた羽島に手をあげることはできないため、体を後ろに引いて逃げる。
羽島はそれに気を悪くするわけでもなく、「ありゃ残念ー」と言うだけだった。やつもこの状況に諦めているのか、あっさり身を引いた。


羽島は俺の方から視線を外し、もう一人の男の方へ顔を向ける。俺もその時に、やっと初めてこの空間に突如現れた男の顔を見た。


「ったくさー、こんなところで籠って盗み聞きしてるとかーどんな陰キャくんだよー」
「は?意味わかんねえこと言うな。お前らが勝手におっ始めただけで、聞きたくて聞いてねえよ。やるなら別のとこでやれ、汚物共が」
「うわっ、汚物って言われたーひどー」

(…っ!あ、こ、この人…っ)

羽島相手におくびもせず、悪口を叩きつけていたのはこの前、俺を助けてくれた髪の長い男だった。相変わらず前髪も長くて目や鼻の位置さえどこにあるかわからない。


「はぁー萎えたー。しいちゃん出るー?あ、でもまだおしっこまだか〜。んー、我慢は身体によくないよねー?そしたら、俺は公開セックスでもいいよ。それか共有で3Pとか?」

羽島はおちゃらけたようにそう言って、わざとなのか男に見せつけるように俺の頬や唇に指をツツ、と滑らせてくる。
そうすると、またスパン!とキレのいい音が鳴った。

「あぶっなぁー!ねえ、君さー、顔面狙ってくるとかわざと?」
「当たり前だろ。うぜえんだよ、おまえ。消えろ羽島」
「あ〜一応俺の名前知ってるんだ〜」
「…チッ」

男は舌打ちをしては唾を吐きだし、もう一度ガンッと羽島を蹴りつけた。羽島に当たったかのように見えたが、羽島の方が反応が早く、蹴りを華麗に避けていた。

羽島はそのままふわりと俺の後ろの方へ跳んできては、ぽかんと様子を見ていた俺の肩を自分の方へ引き寄せる。

「あーあ、しいちゃんテリトリー邪魔して欲しくないみたい。さっさと行こっか」
「…え、っ…」

羽島は俺を連れてここから離れる気のようだ。
その証拠に肩をくいっと軽く後ろへ引かれている。

でも俺からすれば、ここから移動したところで、羽島と一緒である限り、最悪な状況は改善されない。できれば、羽島から今は離れたかった。


「しいちゃんー?」
「……っ」

髪を撫でながら羽島が顔を覗き込んでくる。
優しい素振りをして俺を操ろうとしようとしている羽島に気づき、鳥肌が立つ。

(嫌だ、行きたくない…!)

でも俺は抵抗する術もないし、羽島に歯向かうことはできてもそれを超えた暴力に対抗することはできない。
そんなことをぐるぐると考えては、嫌悪感と焦燥感に押しもまれ、また身体は動かなくなってしまう。いつも俺はこういう時動けなくなってしまう。


だからなのか、もう俺は半ば無意識だった。

(助けて)

俺の中にある小さな希望からか、長い髪の男の方を思わず見た。
男はじっとこちらを見ているだけで表情は窺えない。



……しかし、一瞬だけ前髪の隙間から青色の瞳と目があった。






急に何かが飛んできて羽島が俺から離れた。

その一瞬でガバッと何かが俺の腕を掴み、そのまま引っ張り上げ走り出した。

(な、なに…!?何が起こってる…!?)


「しいちゃんっ!」

後ろから羽島が呼ぶ声が聞こえるが、ここで振り向いてはダメだ!と判断し、腕を引かれたまま走り出す。思わずこけそうになったが、持ち堪えてそのまま一緒に走り抜けていく。

一瞬の出来事で何が起きたかわからなかったが、必死に足を動かしながら前を向けば長い黒髪が揺れていた。



「あ……っ、!」

また、助けてくれた…!

長い髪の男が俺の腕を掴んで走っていた。
羽島から引き離し、そのまま俺の腕を引いてあの場から逃げ出したらしい。男の真意はわからないものの、俺は2度目の救いに心臓がはやって身体中が熱くなっていた。
勢いよく廊下を駆け抜けていくことで身体中も悲鳴を上げ始め、さらに心拍数が上がる。

ハッハッと息を漏らしながら、謎の高揚感とともに俺は男と廊下を駆け走っていった。

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clap! bkm


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