the 陰

ガシャガシャガシャンッ。

「おーい、椎乃ちゃーん。まーた便所飯でもしてんの〜!」

 ダンダンと壁がなった。

「っく、ふ、ぅっ…」

 恐怖感から震えた声が出て、無理矢理口を押さえ込む。歯はカタカタと震え、また水をかけられるのては、と思ったら弁当を隠すようにさらに縮こまった。




 相変わらず、この前と現状は変わらず、嫌がらせは続いていた。

 大概は鳴々樹に絡まれて1日が終わってしまうが、こうやって運が悪いと鳴々樹のことを嫌う不良に絡まれてしまうのだ。
 教室にいても居場所はなく、鳴々樹に監視役を頼まれているクラスメイトがずっと俺のことを見ていて居心地も悪い。

 結局昼飯はこうやってトイレに篭る。

 そして案の定絡まれてしまうのだ。


「椎乃ちゃん早く出て来いってば、よぉッ!!」

ガゴッ!
体当たりしたのか、殴りつけたのかわからない。しかし、激しく叩きつける音が個室内に響き渡る。

「っ、ふ、ぅっ…」

精一杯両手で口元を抑え、恐怖感から逃れようと縮こまる。

(やだやだ、早く出ていけ…っ!)


そう思って目をぎゅっとつむった途端、パシャリと激しい水音が鳴った。


「……えっ?」

確かに大きな音はなった。
しかし、激しい感覚は肌に来なかった。そのかわり隣の部屋からぎゃははは!と言う声と水の滴る音が聞こえた。


もしかして、隣の個室に……。


そう思ったのも束の間、バンッ!!とドアを蹴破る音が響き渡った。


「へっ…?椎乃ちゃんじゃない?」
「誰だ、この陰キャ」
「まあ、良くね?どうせいじめられてそうな見た目してるし」

そう笑う不良たちの声が個室の外から聞こえて来る。


(どうしよう…俺と間違えられて、知らない人が巻き込まれてしまった……!ど、どうしよう…!)


こんなこと今までに起こったことがなく、突然のことで取り乱してしまう。
昼休み中ずっとこの角のトイレに引きこもってるなんて自分だけかと思っていた。
巻き添えで知らない誰かが、しかもよりにもよって、俺みたいな弱いものいじめが好きな柄の悪い不良に絡まれてしまっている。


(どうしようどうしようどうしよう……!)


自分のせいで他人が巻き込まれるなんて嫌だ。
ここは自分が出た方がいいのではないか。
あいつらは自分が目当てなんだから…。

−そう思って、個室の扉に手をかけたとき。



個室の壁が一気に振動して、ガタガタッと揺れた。

「あ"ッ!!」
「っぐぅ、」
「ヒィッ、あ、ガッ」

そのまま、3連続。
呻き声と共に、壁がダン、ダン、ダン、と激しく揺れる。強い衝撃音と異常な振動の強さに吃驚して、扉が勢いよく離れてしまう。


(え…?え?な、なに?突然なにが……)


外で何が起こっているのか、全く想像もつかず。


結局、俺は恐る恐る扉に近づき、施錠を外してドアの扉から個室の外を覗いた。


すぐ目の前には制服を着崩した不良達が伸びて床に突っ伏しているのが見えた。

ちょうど3人。
綺麗に散り散りに倒れ伏していて、鏡の前に1人、男が立っていた。


後ろ姿しか見えないが、髪は長く黒髪で、背格好もそんなに大柄ではなく、不良…という雰囲気ではなさそうだ。

でも、その男だけが1人ぽつんとその場に立っており、不良達は寝転がっている。

(この人が1人で…?)


力があるようには見えないし、3人を一瞬で片付けたような強さがあるようにも思えなかった。
しかし、ただ1人男はそこに立っていた。

おそらく、いや、確実に、この人が全員倒してしまっただろう。



「…」

あちらも、こちらの気配に気づいたのか、猫背の姿勢のまま後ろに振り返る。

前髪も長くて相手の顔は結局よく見えないが、髪の毛先からポタポタと雫が落ちており、上半身が濡れていることに気づいた。


(も、もしかして、隣の個室にいた人……!)


俺と間違えられて、上から水を被せられたのだろう。
黒い学ランがうっすらと濃くなっており、少しうねった髪はしとしとと水滴を垂らしている。

なんて言うことだ。
この状況に、血の気が引いていく。


長い前髪の隙間から目…があった気がした。

「あ……っ、っ」
「………」

思わず視線があって、咄嗟に言葉が出てこない。

「あ、あのっ、ご、ごめ…っ」
「…………」


ごめんなさい。

そう言い終わる前に、濡れた猫背の男は視線を逸らした。
そのまま俺の言葉も聞かずに、無言でこの場から立ち去ろうとする。


「あっ、待って…!」
「……」
「あ、あのっ」
「……」
「ありがとうございますっ…!」

バタン。


男は一切言葉を発さず、手洗い場から出て行ってしまった。


俺は1人、ぼうっと立ち呆ける。

ありがとう…?
自分でも何を言っているのかわからない。
でも、この場を助けてくれたのは事実だ。
この学校に来て、はじめてまともに助けてもらったかもしれない。だからか、感謝の言葉が先に出ていた。


そうやって勇気を出して声をかけたが、結局は無視されてしまった。
あのままで平気だったのだろうか。
何があの時起きたのだろうか。
一体、誰だったんだろうか。


その疑問は答えが出ないまま昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。



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