the 後
「羽島お前なにしてんの」

聞き慣れた声。無感情な低い音。

俺だけではなく、羽島もピクリと反応する。


「あーあ、鳴々樹じゃーん」

羽島は一気に顔色を悪くしたが、その表情はなぜか口角が吊り上がっている。
羽島は俺から視線を外し、相変わらずニタニタと笑いながら鳴々樹の方を振り返った。

「俺に何か用?」
「お前には用はねえよ。椎乃に何してんだよお前」
「んー?なんだろ?当ててみて?」

そう羽島が笑った途端。
羽島がいきなり目の前で横にぶっ飛んだ。


「鳴々樹…っ」

恐怖のあまり声が漏れる。

鳴々樹は蹴っ飛ばした羽島をもう一度退けるようにドカッと蹴り付け、こちらに寄ってくる。

羽島も相当強いはずだ。それでも、鳴々樹に数メートル以上吹っ飛ばされていた。羽島は痛みで悶えて声もでていない様子だった。


ハッと羽島から意識を戻すと、鳴々樹の大きな図体が近くにあった。
鳴々樹のただただ黒い瞳孔がこちらをみている。


「椎乃なんで電話でねえんだよ」
「っあ、きょ、教室に、忘れ、てて……」
「あーなるほど」

鳴々樹は無表情でそう答える。
顔のパーツが全く動かず、ただ素の整った顔がなんの感情も作らないでこちらをみていた。

なるほど、ということは納得してもらえたんだろうか。この回答については、羽島のように蹴られることはなく、了承されたみたいだ。その安堵感に小さく呼吸した。



「…で。携帯教室に置き忘れて、羽島と何遊んでたんだ?」

鳴々樹の冷たい声に身体中がゾッと震えた。
恐る恐る、鳴々樹を見上げる。

「あ、の、えっと、ぁ…」
「俺言ったよな。俺の電話には3秒以内に出ろって。なに約束破ってんだよ、椎乃」

鳴々樹の言葉に身体が勝手にカタカタと震え出し、震えが止まらなくなる。
息が上がり、汗が一気に吹き出して、声を出そうと思っても、ぁ、とか途切れた音しか出てこない。

目の前がチカチカとして動けなくなる。そんな俺に、鳴々樹が近づいた。

「椎乃」


「っぐぁ…!!!!」

躊躇いもなかった。鳴々樹の拳が勢いよく腹にめり込む。構えなど十分に間に合わず、ダイレクトに拳が入った。先ほど金属物を殴られたのに、それ以上の激痛が走る。

「っぁ、ぁ、」
「椎乃なんでお前約束守れねえんだよ。他のやつに触らせんなっただろ」

痛みに息ができない。浅い呼吸を繰り返している俺の顎を問答無用で鳴々樹は掴み上げる。
目の前に近づく鳴々樹の黒い瞳。それを見ても怒りや悲壮そう言った感情は全く見えず、鳴々樹か一体何を考えているのかわからないことに俺はまた恐怖を感じた。



「何か言うことは」

鳴々樹の無感情な声。
ついに、怖くて何も言葉が出ない。
本気で彼を怒らせてしまった。それだけがわかる。


鳴々樹は短気だ。

俺がすぐ答えれないと見限ったのか、髪を無理矢理掴んだ。

「おい、謝れ」

「…っ!」

髪を掴んだ手を地面に叩きつける。もちろん俺の顔はそのまま床に強く当たった。
鳴々樹は俺の痛みを堪えている様子など興味もないように、冷たい地面と横頬を擦り合わせ、広い手のひらでぐりぐりと顔を押し込む。


「謝れって言ってんだよ。言わねえとわからねえか」

また再度顔を叩きつけられた。
痛い痛い痛い痛い。
これ以上は無理だ。殺される、殺されるかもしれない。


俺が何か悪いことをしたわけではない。
ただ歩いていただけだ。
絡まれてしまうこと自体が悪というなら、俺はこの学校にいてはならないのだろうか。


理不尽だ。
いつもこんなの理不尽で、おかしなことだとわかっている。
でも俺に成す術はいつも従うことしかない。
絶対的強者、鳴々樹の言う通りにするだけ。


「っ………ぁ、め、ん…い………ご、っめん、なさぃ…っ」


もう、泣くしかなかった。
ほんとは泣いたって強くなれやしない。
涙の数が増えようとも一度も俺が変われたことはない。

それでも、泣いて許しを乞うしかない。
泣いてる理由なんて、もうわからない。
意味のない謝罪を繰り返す。


「鳴々樹…っ、ごめ、っん、ごめん、な、さ、いっ……」

鳴々樹の押さえ付けていた手が離れた。
無様な格好で泣きじゃくりながら謝る俺に、鳴々樹は満足したのだろうか。

しかし、鳴々樹は俺を無理矢理また引っ張り上げると、抱きかかえては机の上に俺の身体をあげる。
そのまま後ろから支えるように、抱き込まれた。


「そいつ連れてこい」

鳴々樹が命令した。
俺ではない。いつの間にか教室の入り口に待機していた不良たちに言う。
鳴々樹のもとに従う不良たちだ。

(いたんだ…)

鳴々樹は強い。
この圧倒的強者に逆らうどころか、自ら下につきたいと志願する者までいる。その者たちはいつも鳴々樹の護衛を張るように周りをひっつき回っている。きっとこいつらのことだ。羽島が吹っ飛ばされ、俺が地面で許しを乞うて謝罪するところまで見ていたのだろう。
キリ、と胃が痛む感覚がした。自尊心など地に堕ちた。


そして、その中の複数人の男たちが羽島に近寄る。

鳴々樹の考えていることはいつもわからない。

でも俺がやれることもない。

俺はただ静かに、不良たちに抱え込まれた羽島を見つめた。


「羽島。起きろ」
「〜〜っ。っか、ハッ…!!」

ドスン、と不良の1人が腹を殴りつけた。
それに羽島が息を吹き返したように、声を漏らす。
鳴々樹は羽島が起きたことを確認すると、俺の身体をグイッと自分に引き寄せた。


「羽島、椎乃に触れた場所を言え。もし、嘘なんかでもついたら、歯一本ずつ折る」

鳴々樹がそう言葉を発すると、不良の1人が羽島の指を折り曲げた。

「グアアアア…ッ!!」
「っ…!!」

俺は思わず見ていられず目をそらした。

自分の痛みも嫌だが、他人を痛めつける様子を見て喜ぶわけもない。


「ッギィ…!!っは…ッ!ッ……ハッ、わ、わかった、っ」

羽島がそう顔を歪めながら答えると、男たちに無理矢理立たされた。

何が起きるというのか。
羽島は顔を真っ青にしながら、一つ答えた。


「…手首」

鳴々樹がその言葉を聞いて俺の腕を取る。
突然腕を掴まれ、俺は嫌な予感に腕が強ばる。


(もしや…!)

鳴々樹の唇が手首に触れた。

ガブリッ。


「いたぁ…ッ!!」


鳴々樹の歯形が俺の右手首にしっかり跡取られる。
鳴々樹が手首に歯を突き立て、噛み付いたのだ。


これは、タバコの時と同じだ。
マーキングのように俺に傷をつけて、自分のものだと印をつける気だ。

羽島や自分の子分の前で、鳴々樹は俺の肌を晒し、牙痕を付けていく。

見せしめのように行われる行為に、自分がまるで玩具にされたように錯覚する。頭がクラクラとして、この現実を拒んでいた。


『お前は俺のものだ』

何度も言われた言葉が頭の中に響き渡る。

(嫌だ!俺はお前のものになんかに…)


もう片方の手首も勢いよく噛まれた。

「いッ−−、ッグ…ぅ…!」

…痛い。

鳴々樹の与える痛みは俺を追い詰める。
歯を食いしばり、顔を伏せるが、汗はぼたぼたと垂れた。先ほど乾いたはずの涙がまた汗と混じって溢れる。



…それから。



「右肩」
「首」
「腰…」

「っぐぁぁ、ぁ!!」

鳴々樹が羽島の言葉通りに齧り付く。
痛みで顔を背ければ、たくさんの人間の目が目に入った。
ジッと静かにこちらを見続ける目が怖い。恐怖感に包まれたかと思うと、また鳴々樹の鋭い刃が体に突き刺さった。


羽島はもちろん、性器に触れたことも答えた。

「ッヒ、っ」

鳴々樹は性器にも容赦なく歯を突きつける。

「っヒィ、ぅ"、ぁ…、ア"ァ"ッ…!!」

痛みに大粒の涙が溢れ、泣きじゃくるしかない。歯形がつくほどではなかったのが幸いだったが、躊躇がない鳴々樹に恐ろしさを感じる。



「ッヒッ、はっ、はっ…ハッ……」



「…これで最後か?」

鳴々樹がそう問うた。

もうどこに触れられたかなど覚えていないが、多分これで終わりだ。ほぼ素裸の状態の俺は、鳴々樹に抱きかかえられていた身体を机の上に下ろされ解放される。そのまま身も心もボロボロになった体で机上に凭れ掛からせた。
項垂れたまま羽島の方に目を向ける。


一方、問われた羽島は相変わらず身体中の傷が痛んで、息が上がっていた。

しかし、なぜだろうか。
奴は痛みで腕も上がらないような様子なのに、こちらを見ながらニタニタと笑っていた。何故笑顔を浮かべている。なんで笑える余裕がある。何を考えて…….。

俺の体は、ブルリと震えた。




「あと……しいちゃんとセックス、したかな」




羽島の言葉に一気に血の気が引く。

(なんで、アイツ、そんな嘘を……!!)


俺は羽島とセックスなんてしていない。未遂だ。
なのに、羽島は気が狂ったのか、出まかせを言い出した。
まずいまずいまずい。鳴々樹が絶対にキレる。


「違う!」

そう、俺が叫ぼうとしたが、それは遅く−−−その前に、羽島が目の前でぶっ飛んだ。



「え…」

羽島の身体が不良たち丸ごと宙に飛び、地面に押し崩れた。

俺たちを遠巻きに見ていた不良達もその光景に青ざめる。



ただ1人、その場を作った当事者の鳴々樹だけはこの状況に冷め切った目をしていた。

羽島に長い足で数歩で近づくと、羽島の綺麗な顔面を問答無用で片足で踏み潰す。

…羽島が反応しない。
彼はもう気を失っていた。


「…このクズ、両足の骨折ってから焼却炉に捨てとけ」

そういうと、鳴々樹は完全に気を失った羽島の身体を蹴飛ばした。
ゴロゴロとまるで人形のように羽島が転がる。


それを合図に他の不良達が我に返って羽島の方へ勢いよく集まっていった。


呆然としていた俺もハッと気を戻したが、鳴々樹にすぐに身体を掴まれ、抱え上げられてしまう。

「っぁ、鳴々樹…っ」
「俺は戻る。あとは片付けとけ」

鳴々樹はそう一言子分に言うと、俺を抱えたまま教室の出口に歩き出す。

やばい。鳴々樹に連れていかれてしまう。


抵抗するために身をよじろうとするが、ズタズタに弱りきった俺の身体は訛りのように重たい。俺の意思に反し身体は自由に動かなかった。
それに抵抗したところで鳴々樹相手だ。すぐ抑え込まれてしまうだろう。


俺は結局、鳴々樹に逆らえなかったのだった。








○○○○○○


鳴々樹に運ばれてやってきたのは、いつも鳴々樹が授業をサボる時に使ってる空き教室だ。
どこからかき集めてきたのか、ソファやクッション、小さくはあるがシングルベッドなどもある。

鳴々樹はそのシングルベッドに俺を下ろす。


俺はそれに慌てて、鳴々樹の服を掴んだ。

「な、鳴々樹っ、さっきの話…っ」

セックスなんてしていない、嘘だ。
そう伝えようと鳴々樹を見上げる。

しかし、鳴々樹は羽島を蹴り付けた時と変わらない冷め切った目をこちらに向けてくる。


「椎乃。黙ってろよ、俺機嫌悪いんだわ」
「まっ…!鳴々樹っ…!」

おれの静止など一切聞かず、ベッドに乗り上げてそのまま俺の上に被さってくる。
話もできないまま、身体をシーツの上に押し倒され、先ほどいた理科室のときのように再度首元に舌を這わされる。


「〜っ…!」

ベロリ、ベロリと舌を性急な動きで動かしながら、晒されている肌に鳴々樹は大きな手で触れる。
反射的に身を翻すが、そんな小さな動き、鳴々樹の力は敵わない。

鳴々樹は愛撫もままならないまま、いきなり、尻の後穴に指を差し込んでくる。

「っ!!、い、ったぁ!」

潤滑油で慣らされていない秘部に直に触れられ、激痛が走る。しかし、鳴々樹は、大声をあげる俺なんか一切気にも止めず、ぐりぐりと中へ指を押し進めていく。

「っひぃ、ぐ、っああ…っ」
「…」

鳴々樹はただ淡々と指を動かして、乾いた指で奥のしこりを刺激する。
まだいきなり奴のものを挿れられてないだけマシかもしれない。しかし、濡らされず、快感も得にくいこの状況で、尻を弄すことは慈悲深いとは言えないだろう。

ジクジクとする痛みに悶えながら、締まった後穴を広げられる。
指でグリグリと押したり広げたりするうちに、2本の指が入り込み、ふちを押し上げられた。


「椎乃、足上げろ」

それだけ言った鳴々樹は、無理矢理足を担ぎ上げた。

(まさか、こんな状態で突っ込むのか)

準備などできてない。
十分に解されていない穴に鳴々樹のものを挿れるのはとんでもなく辛いのは嫌でも知っている。

俺が少しでも力があれば…。

そんなこと後悔したってもう遅い。鳴々樹に、反抗などそもそもできないのだ。


鳴々樹は容赦なく、そのまま、性器を突き入れた。


「っあ"あ"あ"あ"あ"ー!!!」


断末魔のような叫び声が響き渡る。

鳴々樹はこんな直近で俺の叫び声を聞いても、ピクリとも反応しない。
むしろグリグリと中に押し込んで、腰を打ち始めている。
グチャリグチャリ、と中を掻き混ぜ、暴れる鳴々樹の性器は凶器でしかない。


「ぁ"、あ"あ"っ、な、っ、なな、きぃっ、や、っいぎぃ…!!!」

汚くて、地響きみたいに喉をガラガラにした喘ぎ声が漏れる。

これがまがいにもセックスと呼ぶだろうか。
ただ一方的な暴力だ。

鳴々樹が恐ろしい。
この状況に何も感じず、ただただ暴力的な挿入を繰り返している。
鳴々樹の性器が中を攻め立て、俺の体は完全に鳴々樹に支配されていた。


「っぁ、が、鳴々樹っ、ぁ、やぁ、やめ、やめてくれ、っ…!!」

泣きながら鳴々樹に縋り付く。
無理矢理にでも鳴々樹の腰を掴んだ。

揺さぶられた身体が限界だと言っていた。きっと鳴々樹もどういうことがあったのか、気づいている。男子トイレで殴られたり蹴られた痕はもう青アザになり、羽島に痛めつけられた身体は鈍痛で痺れている。

鳴々樹に縋り付く俺に、鳴々樹の動きが止まった。




「…お前は都合が悪い時ばかり俺の名前を呼ぶな」


幸いにもまだ腰の動きは止まっている。

しかし、黒い瞳孔がグッとこちらに近づき、恐ろしいほどの至近距離で鳴々樹がそう囁いた。体温が凍りついていく。自分の浅はかな思考回路を読まれてしまったと思った。


「他のやつに触らせんなって何度も言ってるだろ。なんだこの痕、羽島がつけた痕だけじゃねえだろ」
「っぅあ、ぅ、ぐ!!」

殴られて時間が経ち青痣になった部分を、遠慮もない力で押される。
青痣や噛み跡、痺れなど身体中が傷だらけだ。

声が出ないよう、痛みで歯を食いしばり耐えるが、鳴々樹が頬に思いっきりパンッと平手打ちをかます。


「他のやつにこんな痣作らせて、俺が触れるのは嫌か?大したワガママ女王様だな」

ほおがジンジンと腫れ、熱を持つ。

俺は本当に鳴々樹のことが1番恐ろしい。
傷だらけになっていても、自分の独占欲に身を任せ、その倍の痛みで痛めつける男。

俺が痛めつけられるのが悪いのだという。
俺が鳴々樹のものとしてそばに居ないから、こういう目に遭うのだ、と。


理不尽であった。
鳴々樹の暴力に理由は存在しない。
羽島が快楽と楽しみを理由とするなら、鳴々樹はただ気分だ。感情さえ働かない時もある。

躾だと彼は言った。


「そういやこの前マワされたときも羽島がいたな。なんだ?お前、羽島に尻尾でも振ってんのか?」

「ち、が、違う…っ!!」


羽島に取り入っているなんて勘違いされては困る。鳴々樹に無我夢中でしがみつき、呂律の回らない舌で必死に弁解しようとする。

「羽島は、たまたまっ…!っ偶然通りかかったのを、助けてもらっただけで…だから、違う、っ!鳴々樹っ…、鳴々樹!」

鳴々樹の腕に精一杯の力で縋り付き、違うのだと声をあげる。
鳴々樹に見放されたときが1番怖い。どうなってしまうのかわからない。離れたいのに離れられない。めちゃくちゃな感情だった。



鳴々樹は淡々とこちらを見ていたが、面白くなさそうに呟く。


「ふーん。そうやって羽島も誘ったのか」


違う、鳴々樹。

しかし声は出ず、ただ震え、口は開いているのに息ができなかった。
絶望のみだ。相容れない。思考すら届かない。


息が詰まって呼吸ができなくなってしまった俺とは反対に、鳴々樹の直近に感じる生暖かい吐息の温度が唇から伝わっていく。身体のあらゆる場所が鳴々樹に今浸食され、食い扶持られる。




「羽島が好きなのか?」

馬鹿にしたような、でも揶揄ってはいない鳴々樹の声が響く。



羽島が好き?馬鹿じゃないか、好きなわけがない。
この学校のやつら、全員大っ嫌いだ。
誰一人好きな奴なんていない。 

お前も含めてみんな嫌いだ。



言葉がこぼれ出る。

「…すき、じゃない。羽島なんか好きじゃない」

そうだ、誰一人好きな奴なんていない。心の底から気を許した奴なんて、誰一人。


弱者として暴力を振るわれ、身体皆ごと搾取される。
絶対に気を許す奴なんていないし、これからもいないのだ。



『でも』


鳴々樹に捕まった身体が震える。

鳴々樹と体を繋げたあの日から、俺はもう逃げられない運命なのだ。

この男の執着という鎖からは逃げられない。
俺にはやつに歯向かうなど無理なのだ。




「……俺はお前のものだ」




−−−キッと鳴々樹を睨み返した。

俺が精一杯できる抵抗はこれだけだった。

自分をお前のものだと認める屈辱的な行為。

しかし、それは事実であり、現実となっていた。今の俺は認めることでしか自分を守れない。


だからこそ、俺は、お前のことを心の底から憎んでいることを忘れない。どんなに身体や心を痛めつけようとも、奪われようとも、俺はお前を愛さない。
俺を縛り付けても許さない。



俺のその様子をジッと見つめる鳴々樹。
反抗的、と思われたかもしれない。またそれでブタれるかもしれない。

だが、鳴々樹は直ぐに口角をクイと吊り上げただけだった。


「…そうか」


そう言うと、鳴々樹は再度膝裏を抱え込んで、腰をグラインドさせる。

グイッと奥深くに鳴々樹の性器が入り込み、息が詰まる。それでも先程の様な激しい痛みはなく、むしろ何処か、腰奥がゾクゾクとする様な痺れが伴う。


(〜〜〜っ、なんだ…っ)


鳴々樹はそのまま浅く息を漏らしながら腰を打たせる。
先ほどと行為自体は変わらないが、動きは全くもって違う。

鳴々樹は暑く息を漏らしながら、何度も俺のしこり部分を性器の先で引っ掻く。鳴々樹の性器の側面がズリズリと内壁を擦り、押し潰される窪みに排尿感にも似た独特な快感が駆け巡る。

「っあ、っふ…、ぅん、んむ…ぁん、あっ、あっ…!」

甘い蕩けた感覚に一気に脳が沈んでいく。
先ほどまでの痛みが引き金となったのか、急降下する甘い痺れは俺の脳機能を低下させるのに十分だった。
緊張して強ばったものから、気持ちよさと言う甘さに身体はみるみる弛緩していく。


「っあ、な、鳴々樹っ、ぁ、ん、っあ、」

舌がだらりと垂れ、口から無意識に唾液が溢れる。
それを鳴々樹は丁寧に舐めとって、唇にキスを落とす。あまりにも丁寧で繊細な触れ合いに、これが本当に先ほどまで暴力を振るっていた鳴々樹なのか?と笑えてくる。

しかし、それでいて彼は執念深かった。


鳴々樹は小さく喘ぎながら体を揺らす俺の、手首や腰などに噛み付いた跡を唇で這い、そのままキスを落としていく。

何度も何度も、確かめる様に。自分の噛み跡で、俺ぜんぶをマーキングして。





「椎乃、お前は俺のものだ」

 
そう言って、濡れた俺の唇にかぶりつく。




「お前を絶対離せねえ。一生、お前は俺のものだ」



鳴々樹。

涙が溢れた。でも悲しくはない、悔しい。



お前なんか嫌いだ。

絶対お前なんか許さない。
許してたまるものか。
お前がつけた傷跡は俺を抉り続け、一人の人間としての尊厳も全てズタボロに引き裂いてしまうほど大きな傷だ。


でも、今は、『お前のもの』だ。


お前の恐ろしい暴力の下。俺はお前の腕の中にいる。
お前に従うことしか生き延びる術はないのだ。
お前に逆らうなんてありえない。

KING(キング)は鳴々樹。お前1人。




全ては"キング"の言う通りに−−−。



俺は鳴々樹の触れた唇を、そっと受け入れた。





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