the 前
ーーあの黒い髪と黒い目が俺を追い詰める。





トイレに駆け込んで個室のドアを閉めた。
個室はいい。誰にも自分のことを見られず、誰も俺の行動や考えを縛れない。自分だけの一人の空間。
そう、そのはずだったのに。


「椎乃(しいの)くーーん、遊ーびましょーー」

……ガチャリ。
鍵は閉めたはずなのに。

トイレの蓋を閉めて、便器の上で蹲っていた僕を複数人の男たちが個室の外から見ている。

「椎乃くんいつもこの中に篭っちゃうからさぁ。悪戯しといたわ!」

ギャハハハハ。辺り中にその下品な笑い声が響き渡る。引っ掛ける鍵の先端が削れていて、弁の部分が壊されていることに今更気づいた。

俺がいつもこのトイレの一番端の個室を使うのを知っていて、わざと鍵を壊したんだ。
その用意周到な手口に、俺は悔しさと憤りを感じる。

男たちはそんな俺の様子を気にする風もなく、個室の壁から覗いては笑った。


「俺ら1ヶ月ぶりなんだよね。あそぼーや」


茶髪の髪を痛めた男がそう言い放ったと同時に、激しい衝撃がやってくる。

「…っ!!」


一瞬の威力と体が冷え切っていく感覚に既視感を覚えがあった。
ヒタヒタ、と雫が滴り、髪や服がベッタリと肌に張り付く。

みず、水をかけられたのだ。


「まずは身体を洗おうぜ、椎乃くん」

男たちの声が遠い意識の方から聞こえている間に、便器の上から無理矢理引き摺り下ろされていた。
目の前は真っ暗で、濡れた衣服が不快感でしかない。

「椎乃くん座ってないで、早く出てこいよー」
「ほらー、サンドバッグ、早く早くー」

(トイレが逃げ場所だったのに…。その逃げ場所さえ無くなってしまった)

無理矢理個室の外に連れられた俺は意識朦朧としているうちに、自身の足をもつれさせてその場に倒れ込んでしまった。
身体全身が床へとひれ伏し、やっと治りかけていた痣がまた痛んだ。

男たちは無様にも転んでしまった俺を囲んでギャハギャハとバカにして笑う。


「ほらー椎乃くん〜。サンドバッグやるか便器やるか〜選ばせてやるよ〜」

冷たいタイルと、男たちの落書きやら乾いてこびりついた血などが付いた靴履きが目に入る。
これから俺は暴力に遭うのだ。
その状況を嫌でも理解させられ、今から行われる悲惨な攻撃をこの何度も繰り返したシチュエーションからどうなるか算段する。…幾度も繰り返したその光景を想像してしまって、泣き出しそうだった。

(誰も救っちゃくれない。助けなんていない。俺はここで憂さ晴らしの格好の的なんだから。仕方ないんだ)


「それにしても男がシャツ透けても全然興奮しねーな」
「お前が水かけろって言ったんじゃん!」
「もうちょっとマシになるかと思ったんだよ」
「はぁーそんなことどうでもよくてー。とりあえずさぁー、椎乃くんはどっちがいいかって聞いてんだよー。好きな方選ばせてやるってー。早く決めろよ」

男たちが好き勝手に暴言を浴びせる。

一人の男は倒れ込んで起き上がれない俺の頭を汚れた上履きでぐりぐりと踏んで、遊び半分にいたぶってきた。好きな方を選ばせてやる、そう言った男だ。


「…………ゃだ」

嫌だ。全部嫌だ。

しかし、自分勝手に駄弁り込む不良たちは誰も俺の言葉なんか聞いちゃいない。最初から俺に選ばせるつもりもない。当然、俺が呟いた言葉を何一つ聞いたものはいなかった。


「あーあ、椎乃くん名器って噂有名じゃん?1発抜かせてもらおうかなぁとか思ったけど、男だし?胸もないし?そんな白けたツラ見てたらヤる気なくなったわ。はい、今日はサンドバッグね」


ほら、やっぱり。俺の言葉なんか聞いてくれやしない。


頭を踏みにじっていた足が突然頬を蹴り殴る。

「っグィ…!!」

受け身が間に合わなかった俺は顔を蹴り飛ばされ、頭を地面にぶつけてしまう
クラクラと脳みそが揺れている。…やばい、そうだ、逃げないと、逃げないと行けないのに。このままでは叱られてしまう。


しかし、頭はガンガンと痛み、前は暴行を受けたせいで視界が集中しない。隙ができた俺を見て、他の男たちも持て余した気力で俺の胴体を蹴り上げる。

「あーあ!早く立ってよ、椎乃くん!これサンドバッグじゃなくて、ただのサッカーボールになってるよ!」
「っオラァ!おい!てめえ、身体屈めて守ってんじゃねーぞ!」
「…うわっ、ちょっ。こいつ吐いたんだけど〜」


ガンガン、と身体中を複数に及ぶ鈍い痛みが襲い、脳神経がどんどんバグっていく。
気づいたら思わず唾液と胃液を吐いていた。

(よかった、ご飯を食べていなくて)

食べかけの嘔吐物でも出したら、彼らの暴力行為はより過激さを増していただろうから。
そんな思考が過っては消える。

ガン、とまた伏せていた顔を蹴られた。

「ハァ〜マジでいいボール。もうちょっと肉付き良いと蹴りがいがあるんだけどなぁ〜」
「俺蹴るの飽きたわ。そろそろ拳行きたいー。ちょっと椎乃くんぐずぐずして遅いから立たせてよー顔面にやりたいからさぁ」
「はいはーい、お前のボクシング癖やべーな」

複数人の男が倒れ込んでいた俺の身体を無理矢理引っ張り起こす。俺の身体を気遣うわけがない彼らは、痛みを上長するように無理に引っ張り上げた。濡れた制服と肌を乱暴に掴まれ、打撲跡など気にせず身体に無遠慮に触ってくる。

俺は個室扉の前に吊り下げられたキリストのように立たされた。
結局2人の男に支えられる。支えていた1人の男は変態野郎のように俺の尻をひたすら撫で回していた。

スッと影が落ち、殴りたいと言った男が俺の目の前に立つ。


「よーっし、いっくぞーー。せーーーの!」

バキッ。

男の握り拳がもろに顔面にめり込む。衝撃で、口の中を歯で掠めて切ってしまった。

「…ぅあっ!」
「椎乃ーダウンすんなよーまだ1発だぞ〜」
「おいおい、便器の方が慣れてそうだな。パンチ1発よりもケツん中なら何発されても平気ってか?」
「お前。ずっと椎乃とやりたがってんな?ホモ?」
「ちげぇよ!ばか!コイツの穴めちゃくちゃイイんだぜ。この前はやばかった」

人が殴られているのにも関わらず、1人浮いたような下粋な男は俺の尻穴を探し当てるようにズボンの上から指で擦ってくる。

「〜っぃ…!」
「なに、お前この前のやつ、参加してたの!?おいおい、なら先に言えよー」
「え?なになに?それ殴るよりもイイ?」
「もう、やべえやべえ!な?椎乃。この前みたいに俺のちんこ舐めてくれよ」

コイツ…!
俺の尻を弄り回している奴、『この前』いたのか…!

思い出したくもない。鳴々樹(ななき)がいなかったせいで、俺は……。

何人もの男の性器を咥えさせられたから誰が誰だか知らないし、何人舐めたかなどもう覚えていない。
しかし、味を占めたようにまたあの行為を強要させてくる男にイライラとし、尊厳もなくて悔しさが後を引く。

「…っ」
「おい、椎乃〜。なに嫌そうな顔してんの?お前に拒否権なんて、ねえだろうがよぉ!!」

「あがッ!!」

尻部ばかり触る手に気が取られていた。苛立ったように男は俺の髪を掴んで、すぐ後ろの扉に俺の頭部をぶち当てた。

「…っぁ、っぃ……」
「おい、椎乃脱げよ。早く尻出せ」
「後でまたサンドバッグボコボコにさせてね〜〜」
「コイツの穴、マジでほんとにいいの?」

頭を抱えて扉に背中を預ける。頭部の痛みに気を持って行かれて、男たちに反抗することもできない。座り込んだ俺を押さえ込んで、男たちは濡れたシャツやズボンを剥ぎ取りにかかる。

やだ、やめてくれ、本当に、やめてくれ…!

この前の記憶が目の前でフラッシュバックしかけた。




「あっれ〜?何してんの?」

チカチカと目の前が点滅したのも直ぐに、間延びした甘い声がした。わざと上擦らせたような、猫がねだるような声。

「おい!誰だよ!俺たちは、イイ、と、こ……」
「えー?なになに?いじめ中?あ、でもイイとこってことは気持ちいいことかな?セックスでもするの?」
「は、羽島(はじま)さん、あの、その」

ハジマ。
聞き慣れた名前に、イヤでも顔が思い浮かぶ。
目だけで上を見れば、男たちが振り返る向こう側に、金髪とワックスで後ろに毛を逆撫でさせた綺麗な顔の男がいた。思っていた通りの人物。
ハジマ……羽島だ。

よく見れば、ところどころの毛先は別の派手な色で髪色が染められ、その色は一種類ではなく何種類もある。彼はどこか変人だ。その様々なカラーリングした毛先は熱帯にいる派手な色の鳥の羽のよう。

節々にカラフルな色を散らした髪をチャームポイント、と称する羽島は俺と目が合うと、いつもの胡散臭い笑顔を見せた。


「やっほー、しいちゃーん。今日は何され中?」

羽島が俺に声をかけたことで周りを囲んでいた男たちが一切に悲鳴をあげる。
羽島が俺に気づいてしまった。男たちはそれに恐怖しているのだ。

これは彼らも最悪だが、俺にとっても最悪な事態だ。


「ねえねえ、だからー何してんの?って、うわっ!あ!おい!ちょっとー!」

バタバタバタバタ!激しい駆け音共に、男たちはこの場から逃げ出した。物凄い勢いだ。俺はそのまま再度トイレのドアに身体を押し飛ばされ、先程まで蹴られていた腹部が変に捩れて痛みに悶えた。やばい、逃げ遅れた。

「…ぐっ…!」
「あら、しいちゃん大丈夫?まだ本調子じゃない感じ?」

羽島は直ぐ様俺に駆け寄ってはそう声かける。シャツやズボンを脱がしかけられた俺だが、せめてものとびしょ濡れのままでも無理矢理服を引き寄せて肌を隠した。

羽島はそんな俺にも気にさず、ゆっくりと俺の頭頂部に触れてきた。警戒心も見透かしているのか、甘い笑顔は崩そうとしない。

「声かけただけなのにさー。あんなすぐに逃げちゃってー。悪いことやってますよーって言いふらしてるようなもんだよねー」
「………」
「まあ、しいちゃんに構うやつなんか悪いこと考えてるやつしかいないだろうけど」

そうにこーっとわらって、俺の頭頂部の髪をサラリサラリと撫でる。触られても恐怖感しかない。
本当に不愉快な男。関わりたくない。

「しいちゃん。それにしてもさービショビショだね。バケツ水でもぶっかけられた?その格好じゃ風邪ひいちゃうよ」
「…っぐ」
「なに?どうしたの?」

痛みに狼狽えてしまった俺をジッと彼は綺麗な琥珀色の目で見つめてくる。あの黒髪黒目の男とは違う色。鳴々樹、あの男はいま…。
鳴々樹の言いつけが今になって俺を縛る。


「…、だいじょうぶです…おれに、かまわない、でください…」
「そんなこと言ったってずぶ濡れだよー?」
「ほっといてください…っ」
「だってさー」

羽島はそう言いながら、頭部の形を象るように手を這わせる。

「鳴々樹にこんなの知られたら、怒られるっしょー?」


鳴々樹。
黒髪黒目の、鋭くて、冷たくて、怖い男。
その名前を聞かされ、今日1番ゾッとした。
頭の中で何度も思い出しても言葉に出されてしまえば、その状況が現実味を増した気がしてくる。


「…鳴々樹には……言わないで」


俺が恐れるのは、男たちに虐められることでも、性的な暴力を振われることでもない。鳴々樹を怒らせること、それだけだ。


「…鳴々樹には、言わないで」

もう一度そう言葉を紡ぐと、彩豊かな表情を見せる男は口角を綺麗にあげては、黙っていた。


その沈黙に、俺はこの男に主導権を握られてしまった。


羽島という男は、どうしても嫌いだった。
……でも、鳴々樹よりは。

鳴々樹よりはマシだ。


俺が抵抗をやめたのがわかったのだろう。羽島はニコリと口角を上げた。


「いいよ。怪我、治療してあげるよ。痕見つかったら怒られるでしょ」

羽島はそう強引に俺の腕を引っ張っては、自分の胸の中に引き寄せた。

「……」

よろけながら立ち上がった俺は羽島の強引な力に引っ張られながら、肩を抱かれて男子トイレを出て行くのだった。








男子トイレの外には、授業をサボる不良たちがたくさんいた。
それでも羽島と共に歩いていれば何も声をかけられない。ただ遠くでジッと見つめられるだけだ。

羽島がいるから、俺は今何もされていない。

あのグシャグシャな格好で外に出ていれば、すぐに別の男たちに襲われて身体は痣だらけだっただろう。一瞬、羽島の返事に反抗しようとした自分を押し止めておいてよかった。言っても叫んでも、聞いてもらえない絶望だけの暴力が目に見えていた。


羽島の隣を歩かされて、理科室へと連れて行かれる。理科室に入れば、こんな不良高校、だれも真面目に授業受けてるわけなんてなく、空き教室のように閑散としていた。

「俺の穴場、ここなんだよねー。しいちゃんすわってー、タオル持ってくるよ」

まるで勝手を知っているようだ。というか自分の持ち部屋のように理科室を扱う。
しかし、羽島ならそうかもしれない。生徒たちや教師たちを黙らすのも簡単な男だ。


「はい、しいちゃんタオル。ここさー、雑巾みたいなやつしかなくて、俺の体育用に持ってきたタオルでも良ければ。もちろん授業出てないから未使用だよ」

あ。まあ、雑巾みたいなので拭いても、しいちゃん平気かもね。


羽島の漏らした一言にタオルを貰おうとする手が震えた。

…そうだ、こういう男なのだ。
羽島の言葉が心臓を突き刺す。

しかし、俺は彼の言葉に何も反応せず、ただタオルを受け取って、首に布地を滑らせた。
無言で淡々と髪や首元の水滴を拭っていく。


「しいちゃんー、制服脱がなくていいの?濡れてるでしょ?服、乾かしとくよ?」
「…っ、い、いいです」

必死に声を振り絞って、羽島から顔を背ける。
優しさのように見せる彼の言動も信じられない。

ぎゅっと服を引き寄せれば、肌にまたシャツのへばりつく感覚がした。


「そっかぁ。まあいいや。なんかあったかいものいる?お湯沸かしてくるね〜」
「ぁ、はい…」

羽島は特に何もせず、頭に被ったタオル越しにポンポンと撫でると、その場から離れた。

ホッ、と息が漏れる。羽島に、なんで?と詰められなくてよかった。

借りた羽島のタオルは質がいいのか濡れた髪の水分をどんどん吸い取っていく。部屋の中は案外寒くなくて、シャツもやんわり乾いてきた。身体が次第に不快感がなくなっていくと、俺の気張った警戒心は徐々に解けていく。、

早くここから出たい。携帯は教室に置いてきた。鳴々樹に呼び出されていたら困る。彼を怒らせたくはない。

…あいつがいるのに別のことを思案する余裕まで出てきていた。



「しいちゃん、はいお湯」


気の飛んでいた俺の背後から突然羽島の声が聞こえた。

バシャァ。

「…っぅ…!!」

半ば反射的に椅子から後退する。
しかし、退く際に跳ねた湯が手の甲に触れた。熱さ特有のビリリ、とした痛みがやってくる。

「っ、アンタなにして、っ!?」
「あー!久しぶりにしいちゃんの怒鳴り声聞いた〜!最近喘ぎ声しか聞けてなかったから、新鮮〜!!」
「…ッ!」

きゃっきゃとはしゃぐ羽島に、言いかけた言葉を押し殺して黙り込んだ。
まんまと羽島の煽りに乗ってしまったような形で反応してしまったことに悔いの感情が来るが、それよりもこの状況に乗せられていたことに俺は苛立ちが大きかった。


「でもあともうちょっとだったのになぁ〜。最近しいちゃん勘が鋭くなった?俺たちのせいかな?」

羽島はそう笑いながら、沸騰した湯が入った金属のポッドを持っている。
アイツはその沸いた湯を俺にかけようとしたのだ。俺がいた場所には熱湯が床にばら撒かれ、湯気が上っている。あと一歩遅れれば全身火傷まみれだった。

俺は羽島との距離を取るように後退する。

「…っ…」
「あー、しいちゃん逃げないでよー。ねえねえ、水責めって気持ちいい?バケツに顔無理矢理突っ込まれたり、熱々のお風呂に体縛られた状態で入水して身動き出来ないのとか…楽しいかな?」

羽島は一瞬にして想像したのか、惚悦な表情を浮かべる。

コイツの1番苦手なところがこれだ。
狂った性癖をしてやがる。しかも人が苦しみもがいてるところに快感を感じるのだ。俺は羽島にその対象として付け回されている。羽島がこう言った危険な行為をするのはもう何回と知っていた。


俺は距離を取って行くが、羽島は熱湯の入ったポッドを相変わらず持ったまま近づいてくる。

背中がトンと壁に触れた。もうこれ以上距離は空けれない。
どうしたらいい。このまま素直に従っても、羽島の好き勝手にされるだけ。きっとあのお湯を俺全身にぶっかけて大笑いするんだろう。昔、羽島に脅され、言う通りに従った結果、興奮した奴によってより過激なプレイを強要された。気を許せばつけあがる。それなら抵抗する方がまだマシだ。


俺は近くにあった木椅子を咄嗟に取り、羽島目掛けて投げつけた。


「おわっ、あぶなっ」

咄嗟の出来事だったが木椅子を避けた羽島。しかし、気がされたのか、するりとポッドが手から離れた。水がぶち撒けられる音とポッドが床に叩きつけられた高い金属音が鳴り響く。

羽島の服には不運にも掛からなかったが、熱湯は全て地面に流れ出て行った。


「へぇ〜。しいちゃんやるようになったじゃん〜。最初はビビってお漏らしまでしてたのにさ」
「…ッ!う、うるさい、っ!俺、鳴々樹に呼ばれてるので帰ります…!!」
「え〜?傷手当てしなくていいの?鳴々樹にバレるよ?」
「いいですッ、自分で言いますから…!」

俺はそのまま壁際まで寄ると、壁際を沿って理科室から逃げ出そうとする。
この距離なら逃げ出せる。
部屋から出るあと一歩。

そのところで、腹部に勢いよく何かが当たった。



「っがぁ…!!!」

痛い、思ったよりも痛みが強い。
思わず立てなくなり、その場に足元から倒れ込んでしまう。とんでもない鈍痛だ。

「許可なしに誰が帰っていいっていったよ、しいちゃん」

(しまった…ッ!)

羽島が上から俺を見下ろしている。
床には先ほど羽島から振り落としたポッドが転がっていた。

羽島は俺に近寄るとら無理矢理首元からシャツで体を引き上げる。抵抗したくとも、腹部が抉られたように激痛が走り、ろくに動けない。


羽島はそのまま俺の身体を机の上に、荷物みたいに前から押し倒し、シャツのボタンに手をかけた。

「は、羽島っ、やめ、」
「うるさいうるさい。どうせ口だけの抵抗なんて意味ないよ。この前の傷さ、どうなったか見せてよ」

羽島はそう言って、俺の顔を机に無理矢理めり込ませる。
頬が机面と摩擦し、殴打した腹部は机の角に当たって、痛み悶える。

羽島はそんな俺に何も気にせず、シャツを乱雑に脱がして行った。
腕に裾を通したままの中途半端な格好で背中の生地を下に引き下げられる。

素肌が空気に晒される感覚がした。


「へえ、こうなったんだ」
「…ッ!」

羽島はどう言った感情なのか、よくわからない笑い声を漏らしながら、俺の背中に指を這わせた。

「〜ッ!や、やめろ…!!」
「えー?なにが?まあ、10日前の傷だからもうなくなってるだろうと思ってたけど……上から別の傷つけられてるじゃん。なにこれ?鞭?ナイフ?」

傷跡に沿って羽島の指が伝い、爪をキッ、と立てられる。
その感触に俺は、押し殺していた記憶がついにフラッシュバックする。



真っ暗い部屋に十数人の男たちが目の前にいた。
俺の服を無理矢理剥ぎ取り、床の上で何度も犯し、それを数多の男たちが眺めている。

「やめ、ろよ、っ…!!」

もちろん暴れたが、大声をあげればその度に剥かれた裸に靴裏で蹴り倒される。
男に犯されている最中は、他の男たちが寄ってきて、俺の身体を好き勝手に弄ったり、手やら足やら口やら体の至るところを使って自身の性器の欲を発散した。
俺の身体がイケなくなっても何回も何回もマワされる。

所詮俺の身体がどうなろうとも興味ないのだ。だから、打撲痕だらけの身体と他人の精液塗れの男を男たちは抱ける。


この輪姦が中盤に差し掛かった頃、羽島が現れた。
相変わらず派手な髪色は暗闇でもよく目立った。
羽島も男たちと同様、どんな状態の俺にでも
勃起してグジャグジャになった後穴に挿し入れてきた。

羽島は女慣れしているせいかテクニックは上手い。羽島の腰使いは俺の感じやすいところを的確に刺激し、ただ快感に溺れていく。
俺はこの時もう反抗という言葉すら浮かばなくて、ただ流れに身を任せようと思っていた。目の前の出来事に目を閉じようとしていた。


羽島は恐ろしいやつなのに。




「やだぁ!やめろぉっ!!っああ!!」
「人間ってすごータバコの火痕こんなに薄くなるんだねぇー。根性焼きされてるときのしいちゃん、本当に悦かったよー。泣き喚いてー、真っ白な肌が真っ赤になってー、しまいに失禁までするんだもん!本当可愛かった」

そう言って羽島は消えかかっていた痕跡にガリガリと爪で傷つけていく。
タバコを押し付けられた痛みも同時に甦り、脳内が拒絶反応を起こす。

「あ"あ"っ…!」
「そうそうーその声その声。あーやばーい、勃ってきた。ねえ、しいちゃん顔見せて」
「っい''っ"……」

顎元を掴まれ、無理矢理後ろを振り向かされる。
甘いマスクと蕩けた瞳が俺の顔を覗き込む。悔しくて、痛くて、辛くて、歯の奥を噛み締めれば、羽島はご褒美を貰ったように喜んで笑う。

「あぁ〜!かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい。やっぱりしいちゃんが1番だよぉ。こんな好みなコ他にいないって」


羽島は興奮したように俺の唇に口付けた。
羽島のちんこはガチガチに勃起していて、ズボン越しに尻に擦りつけられる。
あの時もそうだった。吸いかけのタバコを背中に押し潰され、無理矢理バックで身体を貪られた。興奮した羽島は手をつけられない。数多の火傷痕をつけられた。



「…んグッ、ッ…!!」
「んぅ、ぅ、んんっ」

興奮した羽島の舌が俺の口内に入り込んでくる。
羽島自身の声も漏れるほど、唇を押し付け、長い舌で俺の舌を絡め取っては、ぬちぬちと音を立てて擦りつける。
舌でも自慰行為に耽っているのではないかというほど、羽島は俺の口内を犯しまくった。


羽島のキスはねちっこい。
そして、執拗に強請られるため、息ができなくなる。

力は自然と抜け落ちて行ってしまい、ほぼ机に寄りかかった状態で、羽島の手が俺のズボンのベルトを外した。


「っん、んんにぃ、っあっ…!」

羽島の手がするりと俺の性器を包み込んだ。わずかに勃ちかけたちんこを羽島はギュッと握り押しつぶす。快感を寄せつける動きではない、それどころか圧迫して痛みまで催させる。

「っィ…!」
「しいちゃんは勃起しちゃダメでしょ。便器なんだから、挿れる側も吐く側も出す側でもないの。ぜーんぶ貰って、クソまみれになる側だよね」

羽島がそう言って、背中に爪を立てた。今日で3度目の引っ掻きだ。

「あぁ"あ"あ"ッ…!!」

治りかけていた傷もまた炎症を起こし、3箇所の傷がジリジリとこの身を追い詰めて行く。
痛みに悶えていても、羽島のキスや擦り付けられる腰の動きは止まらない。


もう限界だった。
全て耐え難かった。俺のプライドも全て、全部投げ出してしまいたかった。


助けて、もう誰でもいいから。

そう願った時だった。










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