3
辺りを不自然ではない程度に見渡す。
警官もいないし、突っ立ってる人間たちは特にこちらにも気に留めてもいないようだった。

そうしているとふと店の前で携帯をいじりながら佇む女の子が目に入った。

『携帯をいじって暇そうな女の子は狙い目だぞ』

そう田島が言っていたのを思い出す。

少しばかり様子をみていたが、誰かを待っている様子でもなさそうだ。俺はこの子に決めることにした。


「お姉さん、あの今お時間いいですか?」

なんだか定型文みたいな言い方をしてしまったが大丈夫だろうか。
しかしお姉さんはそれに気にせず、こちらの方へ顔を向けてくれた。
少し派手目であるが、この雰囲気だと話を聞いてくれそうだ。俺はそのまま田島に言われた言葉を話してみる。

前回は戸惑った話し方でぐずぐずになってしまっていただが、今回は相手がこちらに耳を傾けてくれる姿勢を持ってくれているおかげか、ペラペラとスムーズに言葉が出てくる。

「って感じなんですけど、もしお時間空いてるようでしたらどうです?お店覗いて行ってみません?」
「へぇー。なんだか面白そう!ちょうど暇してたし、いいよ」
「本当ですか!それじゃあ、今ちょっと連絡とってみますね」

そう言ってスマホを取り出そうとポケットに手を伸ばす。しかし、その女性に腕を掴まれた。


「でも、私、それよりもキミに興味があるよ」

ドキ、と心臓が跳ねた。そして目に入るのは少し開いた胸元から見える谷間。

こんな体験初めてでその女性の顔を改めて見つめる。

「私、先にキミとじっくり話をしてみたい」

そう言って、掴まれた腕を絡め取られ、大きな胸に当たる。
ーーーこれはイケる。
 

俺はその女性の色香にクラクラと当てられ、気づけば頷いていた。女性はじっくり話がしたいからと腕を引っ張って店とは反対方向に連れて行く。
そのままラブホ街に繋がる裏路地へきた時だった。


「万智。ここで何してるの」


そう聞き慣れた声が響いた。

その声に慌てて後ろへ振り向こうとするが、口元を手で抑えられ、胴に腕が絡みつく。抵抗しようとするが相手の方が体が大きく、うまいこと逃げられないように抱き抱えられてしまった。
女性は腕を離すと、近くにあった黒の単車に乗り込む。

(しまった…!)

そう思ったのも束の間。後部座席のドアが勢いよく開いて、俺は抑えられたまま車に乗せられた。



勢いよく車に乗せられたため、後部座席に体を押し倒れる。そしてそのまま、男は隣で乗り上げてきた。

「冬織…」
「…万智」

冬織が苦しげにそう呟く。
ブーン、とエンジンがかかる音がして、突然車体が動き出した。

ハッと前部座席を見れば、さっき話しかけていたはずのイケイケのお姉さんが大きくハンドルを回していた。


「なにこれ…どういうこと」
「万智。あそこで何やってたの」

呆然と呟く俺の肩を掴んで、冬織は俺の顔を覗き込んでくる。掴む冬織の手はカタカタと震えていて、これはもしかして分かっていて、あえて聞いているんではないかと思った。


「スカウト。キャバ嬢のスカウトしてた」
「万智が何でそんなことしてるの。それが危険な仕事だってわかってる?」
「…まあ、なんとなく」
「なんとなく?そんないい加減な気持ちで、あんな危ない仕事やってたの?下手したら捕まるんだよ?万智の人生ぐちゃぐちゃになるんだよ?それでもいいのかよ!」

冬織の掴む手がより強くなった。
やっぱりわかっていて、怒っているから、彼は震えているんだと理解した。



「………ごめん」


何に、と冬織は小さくつぶやいた。

俺も、何に謝ってるのかはわからない。ただそう言うのがここでは当たり前だと思ったのだ。

目を伏せると、冬織は掴んでいた肩の手を外した。
隣にあらためて座り直し、彼は前を向いた。


それを確認したのか、運転している女性が口を開く。


「…それで、どこに向かえばいいの」
「…あなたと落ち合った隣町の公園までお願いします」
「了解」

先ほどの甘えた声とは打って変わって、クールな女性を思わせる低いトーンの声だった。

女性は片手で運転しながらポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。





車内は十分に煙草の匂いが蔓延していた。

服にも染み付いてしまっただろう。何となくだが、自分から少し苦い炙った匂いがする。それぐらい俺たちは長い時間、彼女の運転する車のなかにいた。

車の動きが急にゆっくりとなり、急停止した。

目的地についたのだろう。女性はレバーなどをスムーズに動かしては、シートベルトを外してこちらを見た。

「着いたわよ」
「…ありがとうございます。謝礼はこちらで大丈夫ですか」


ジッと静かに座っていた冬織がポケットから財布を取り出し、万札を数枚取り出す。
あれから車内では冬織と一言も喋っておらず、煙だけが中で渦巻いていた。女性は金を取って親指で鮮やかに弾いていく。

「んー毎度あり。……ねえ、もしあれだったら家まで送ってあげてもいいわよ。こんなに夜遅いし、遠いでしょ?」
「いえ、結構です。もしお金が足りなければまだ出しますが?」
「あら、そう…。そんな自分より下の子からそんなに大金巻き上げる趣味はないわ、いらない」

そう言うと、女性はまた一本タバコを取り出し、火をつけた。
女性の好意をあまりにもスッパリと切り捨てた冬織を驚いて見てしまう。冬織にもこんな一面があったのか。

そして女性もそれによって見切りをつけたのだろう。運転座席でタバコをまたふかし始めた。

それが合図のように冬織は車のドアをあけて、車内から降りる。

「万智」

車から降りた冬織が俺を呼んだ。降りろと手を伸ばしてくる。俺も降りた方がいいだろう。そう思って、彼の手に俺も手を伸ばそうとした時だ。


「ちょっと待って。私からその坊やに話があるんだけど」


女性が突然そう言い放った。
もちろんそれに冬織が噛み付く。

「あの、なんでですか?お金はお支払いしたはずですよね?」
「謝礼は貰ったわよ。でも手伝ったんだから少しぐらいその子と話させてくれてもいいじゃない」
「貴方は彼と『話すこと』なんてないはずです」
「ちょっとしたお姉さんからのお説法よ。ガソリン代はまけてやってるんだから5分ぐらい話させなさいよ」

冬織は引き下がらない女性にグッ、と押し黙る。

「二人きりで話したいの。いいでしょ?」
「………。…3分だけですよ」

そう言った冬織は車の扉を閉めた。


「3分だけってケチやすぎないかしら。イケメンっていつも自分勝手よね」
「……えっと、その、話って何でしょうか」
「ああ、そうね。3分しかないんだもの。手短に話すわ」

女性はそう言って前の座席から顔を覗かせた。
こうやってみると、大きな瞳に赤いリップがよく似合う綺麗な女の人だと思った。

「あなた、何が目的であんな仕事してたかわからないけどこれ以上は辞めときなさいね。あんな堅気の友達が私に頼ってくるなんて、友達不孝もありゃしないわ」
「…?どういうことですか…?貴方って誰なんですか?冬織と知り合いじゃないんですか?」
「その、冬織くんって言うイケメンくんとは、たまたまゲーセンで会っただけの仲よ。私に突然話しかけてきて、この計画を持ちかけてきたの。まさか、そのターゲットが友人だったとはね」

そう言って女の人は窓の外を見た。

「あの子、良いとこの育ちの子でしょ。私が誰だかわかって話しかけてきたかどうかは知らないけど、こんな危ない人間と付き合わせちゃダメよ。貴方を助けるために私を使ったの。彼にはもうこんな真似させないであげてね」
「…貴方って一体…」
「それは秘密。でも、今回はイケメンくんと可愛い高校生だからアドバイスまでしてあげたの。…さぁ、早く車から出なさい。怖い顔で彼、ずっと睨んでるから」

そう言って顎で窓の外の方をさされ、横目で見ると、不機嫌そうな冬織がじっと車内を見つめていた。

俺は慌てて車の中から出てくると、冬織に腕を強く引っ張られた。


女性が車窓を開け、こちらをみる。

冬織が無言で見つめ返すと、彼女はフッと笑い、何を言うわけでもなくそのまま車を発進させ、遠くへ行ってしまった。




二人きりになったこの空間。
冬織は俺の腕をぎゅっと掴むと、そのまま歩き出した。俺もそのまま彼に引かれて歩き出す。


「…さっき何を話してたの」

ぽつり、と冬織は不機嫌そうにつぶやいた。
腕を引っ張ってグングンと歩いていく姿はいつもの穏やかな様子と違っていて、「珍しいなぁ」なんて暢気に思った。


「本当にお説教。これ以上こんな危ないことはしないようにって」
「本当にそれだけ?」
「冬織に危ない真似はさせるな、とも言われた」
「………」
「冬織、なんでおれがバイトしてるってわかったの?」


冬織の足が突然止まった。

何か話し出すのか。…そう思ったが、冬織はまた足を動かし始めた。


「万智が田島と最近よくつるんでるなと思ってたんだ。何かあったのかと思って、近くを通りかかったとき、お前が何か怪しげなバイトしてる話を聞いた。それがきっかけ。田島、アイツよく目立つからさ、繁華街にいったら、キャバ嬢の斡旋をしてる様子を見かけた。万智もきっとあの仕事の話をされたんだろうと思って、あの女の人使って万智を捕まえた」

そうか、初めから分かってたのか。
冬織の歩いていく後ろ姿を見ながら俺はそう納得した。


「万智、これ以上田島と関わるのは辞めて。アイツと関わるのは危険だから」
「うん。まあ、今回バイトも無断でブッチしちゃったし、アイツそれで怒ってると思うから田島と俺はもう話すことなんてないと思うよ」
「………本当に?」


あっさりと俺が返事したことに、万智がこちらを振り返った。
酷く寂しそうな、でも冷たく怒ったような目の色だった。

俺は至って、当たり前に、返事をする。


「うん。連絡も取らないし、話も極力しない。もちろん今度仕事誘われても行かない」
「…万智、俺はお前のこと心配してるんだ」
「もちろんわかってるよ。別に意地を張ってるわけじゃない。そんなに心配なら俺の携帯でも貸そうか?電話めちゃくちゃ来てると思うし。冬織が持ってれば俺、連絡なんて取れないだろ?」

ポケットから今度はスムーズに携帯を出すと、冬織の方へ差し出す。
田島からの連絡はまだ一件しか来ていないようだったが、この後連続して連絡してくるだろう。


冬織は俺の顔を疑心暗鬼にじっと見たが、しばらくして俺の携帯を受け取った。


「わかった、明日返す」
「うん、よろしく」


冬織は不思議そうに俺の携帯をしばらく見つめたが、自身のポケットの中に仕舞い込んだ。








それからは、少し肌寒い夜の中、俺たちは自分達の街まで戻ってきた。
繁華街からわざわざ遠回りさせたのは、田島達から俺を撒くためだろう。念入りな冬織に俺は笑ってしまいそうだった。彼はずいぶんと本気なようだ。俺もそれに応えるしかないな、と改めて思った。



「万智…家まで送っていくよ」
「いや、いいよ。そこまでは冬織に迷惑かけられないし、子供でもないんだから」
「それでも田島が来るかも」
「なんだよ、それ。それこそ、冬織と一緒にいたところ見られる方がまずくね?お前まで巻き添えで怒られるぞ」
「いいよ、俺は。万智が無事ならそれでいい」
「俺は俺よりも冬織が無事である方が大事だよ」

冬織が突然パッと顔を上げた。
どうしたのかと彼の顔を見つめれば、冬織は少し慌てたように目をキョロキョロとあちこちに回したが、どこか戸惑ったような諦めたような顔をして、ため息をついた。

「…わかった。何かあったらすぐ俺に連絡してよ」
「おう。って言っても、携帯はお前が持ってるんだけどな」
「あ」
「いいよ、家の近くに一応公衆電話あるし。念のため番号だけ教えておいて」
「今どき、電話番号とか…」

冬織は少し鼻先を赤くしながら、自分のスマホを弄って携帯電話番号を探し出した。そのまま数字番号を読み上げる。
俺は冬織のいう数字の羅列を、何度も頭で反復して覚え込む。

「おっけ。それじゃあ、何かあればその番号に電話する」
「うん…。万智、気をつけてよ」
「はーい」


俺は冬織と反対方向に歩いていく。何度か振り返ったが、冬織はその場から動かずじっとこちらを見つめていた。


結局、冬織は一度もその場から動くことはなく、俺が彼の姿が見えなくなるまで先へ先へと歩いていくしかなかった。ずっと彼は俺が歩いている様子を見つめていた。

そうして、いつのまにか彼の姿が消え、俺は静かな林の中を1人ひたすら歩いていた。



一つの灯りだけが宙に浮いている。
その方向は真っ直ぐと歩いていけば、俺はやっと家にもどってきた。



「ただいまー…」
「ん?お、おう。万智、おかえり」

(あかりが付いてたから、やっぱり)


おじさんは帰ってきていたようだ。

俺は靴をさっさと脱いで、リビングの方へ向かう。
リビングではおじさんは丸まりながら、荷物を何やら纏めていた。


「万智、今日は遅かったな。ご飯は食べたか?」
「さっきまで友達と会ってた。ご飯は食べてないからペコペコ〜」
「そうか。さっき鶏を焼いたんだ。まだテーブルの上にあると思うから食べなさい」
「はーい」

俺は手を洗おうと、台所で手を洗った。
テーブルの上にはこんがり焼かれた鷄が半身置いてある。

(白米はいいか。鶏だけだけで)

そう思って、椅子へ座る。
おじさんは相変わらず、何かをリュックに詰めていた。

「あれ?おじさんまた仕事?」
「ああ、明日から3日間トラックに乗って北海道まで往復だ。今回は少しばかり遠いから、もう今から出ていこうと思ってね。しばらくは帰ってこないから、ご飯はきちんと自分で食べるんだよ」
「はーい。わかってるー」

俺はそう元気よく返事しては鶏肉を頬張った。
モグモグと口を動かしながら、俺はおじさんが荷造りを完成させる様子を見届ける。



リュックに全て仕舞い込んだおじさんは、それをヨイショと掛け声を上げて背負い込んだ。
3日分の生活用品が入っているせいかカバンはパンパンに膨れ上がっていた。

おじさんはそのまま玄関の方へ向かって歩いていく。
本当にこんな夜中から出かけるんだ。おじさんは熱心に働いている方だが、こんな夜遅くに出かけるのは久々に見た気がする。
俺はそのおじさんの姿をただ、じっと見つめた。


「それじゃあ万智。出かけてくるよ、戸締りはしっかりな」
「……はーい、おじさんも気をつけてね」

俺は頬張っていた鶏肉を皿の上に置いて、椅子から立ち上がって手を振った。

おじさんもそんな俺の様子を見ると、目尻に皺を寄せて笑っては、手を振りかえしてくれた。

「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい!」



おじさんがドアを開ける。冷たい風が部屋を通り抜けた。


ふと、おじさんがこちらに振り返った。




「そうだ。危なかった、聞き忘れるところだった。…万智、お土産で何か欲しいものでもあるか?」
「お土産?」

急なことに俺は目をまん丸くする。おじさんはこくりと小さく頷いた。

そうして、おじさんの筋が通った首に強調された喉仏がやけに生々しく見えた。






「んー………肉!」



俺はそうニッと笑った。




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