9

腕をひっぱられながら街中を抜けて行く。

冬織はキョロキョロとしながら、歩を緩めることはせず、裏道へと突き進んで行った。


一つ道を違えば、そこは沢山のラブホテルが並ぶ通りへと変化する。
日は次第に落ちてきており、看板のネオンがやけに強調して見えてきてしまう。
慣れない雰囲気に緊張する俺。
しかし、それを気にしない冬織は俺の腕を引っ張ったまま突き進む。


あまりにもスタスタと早く歩いていく冬織にそのまま通りを抜けるのかと思ったが、冬織は前触れもなく道の途中で急に立ち止まった。


「ここが一番安い」


そういうなり、店の自動ドアの方へ足を進める。
俺はそれにギョッとして冬織を引き留めようとする。

「冬織!ここ、ラブホだぞ…!」
「わかってる。でも普通のホテルよりここの方が安い」

何とも思っていないのか、冬織は淡々とそういうなり、ホテルの中へズンズンと入って行ってしまう。

全く臆する様子もない冬織に俺は半ば呆れかけていた。

(ネットカフェの次はラブホテル?しかも未成年とか男同士じゃん)


しかし、店の外で放置されても困る。
俺は恐る恐る冬織の後をついて建物の中に入った。

入ってみると無人の待合室が広がっていて、大きなパネルと部屋の案内がおいてある。
受付、と思われるものもないようだ。ホテルの中に俺たち以外誰もいない。

俺がホテルの中を観察している間に、冬織はパネルの一覧の内容をザッと目を通すと、一番安い値段の書いたパネルにタッチした。

冬織が何をしているのかさっぱりわからない。
俺は後ろから冬織の背中を見ていることしかできなかった。

そうして冬織は数分も立たないうちにパネルの前から離れた。そのまま俺の方へ来て空いた手を取って握りしめる。

「こっち」
「え?」

冬織は俺の手を握ったままエレベーターの方へ近づく。
中に入るのは諦めたのかと思ったが、冬織は到着したエレベーターの中へ俺を連れて入る。
そのまま押し込められたエレベーターの中で冬織が手にカードを握っていたのを見て、部屋を借りてしまったのか、と小さく絶望した。

 

エレベーターが2階に着くと、スタスタと冬織は203号室と書かれた部屋へ行ってしまう。
カードをかざし、冬織は部屋のドアを開けると、ぼうっとしていた俺の腕を引っ張って部屋の中へ入れた。

ガチャリ、そうドアが閉まった。


男同士、ラブホテルという異様な状況だが、もう部屋に入ってしまったものは仕方ない。一先ず俺は冬織に大人しく従おうと決め、靴を脱いだ。


狭い玄関に靴を並べ、二人で部屋の中へ入る。

「なんだ、思ったより広いね」
「壁がピンクなのが気になる…」

俺はキョロキョロと部屋の中を見ながら、ベッドの方へ近づく。
部屋の中はベッドと大きなテレビ、小さなテーブルとソファが置いてあるだけだ。あとは少し透けたガラスの風呂場。

(完全に昭和ドラマで見るラブホテル、って感じだ)

俺はベッドに座り込みながら、この異様な状況に何とも言えない感情になっていた。
冬織は荷物をソファに置き、風呂場の方を覗いている。

「万智、風呂沸かしてくる」
「あ、うん」

冬織は上着を脱いで、シャツになると風呂場の方へ入って行った。しばらくするとシャワーの水音がきこえてくる。


一旦同空間からいなくなった冬織を見て一息ため息をつく。


(おじさん、どうにかして連絡を取らないと…)

いつ彼が迎えにくるかはわからないが、場所が変更したことは伝えられていない。
ここからどうにか脱出できないか、そう思って辺りを見回してみるが、格子型の窓しかない。
俺は玄関の方に行き、扉が開かないか確認しに行く。

ドアノブを捻ろうと手を伸ばした時、一つの張り紙が目に入る。

「ご利用終了の際はこちらの投入口に金額分を精算することで、ドアが開くようになります…??」

ドアノブを握って捻ったり押してみるが、ドアはピクリとも動かない。
ドアを押しても引いても一切動かないのだ。

「それ、お金入れないとドア開かないよ」

背後から冬織の声が聞こえた。
振り返れば、風呂場から出てきた冬織が廊下からこちらを見ている。
じーっと俺を介してドアを見つめている。

「それ、ドア開けるには利用分の料金払わないとダメなんだよ。ちなみに1泊でとったから、明日の朝までは出られないよ」
「1泊…!?ここに泊まるつもりなのか…!」
「そうだよ。ベッドがあるし、ネットカフェの個室よりもいいでしょ」


そう言って冬織は壁にもたれかがりながらこちらを見てくる。
確かにそうだが、ハメられてしまったような形に俺は釈然としない。

だがしかし退路を断たれてしまったようだ。少なくとも明日の朝まではここから出ることはできない。


俺が玄関からとぼとぼと戻ってくると、冬織はそのまま俺の腕を引っ張って部屋の中に入った。


「…また逃げようとしたの?」

ぽつり、と冬織が呟いた。
俺はそれに「別に」と答えた。

冬織は俺の返事に顔を顰める。

「俺といるのがそんなに嫌なの」
「そう言うわけじゃない」
「それなら俺から離れるような真似しないでよ」
「違うんだよ、冬織。俺はただ、心配なんだ」
「何が心配なの?もしかして、おじさん?あの変態野郎のことが?」

冬織がこちらをギロリと睨んだ。
俺は冬織の怒った顔しかここずっと見ていないな。何がそんなに嫌なんだ。何をずっと怒っているんだ。

冬織が少しずつ俺に近づいてきた。


「ねえ、万智。あのとき答えなかったよね。おじさんと家の中で何をしてたの」

冬織が黒い瞳でこちらを見つめてくる。

前回の問いでは冬織の手には刃物があった。

しかし今の手の中は空っぽだ。俺は冬織をみつめる。




「お前に言う必要があるか?」


そう思って口角を上げれば、冬織は俺の首に飛びついた。


ガタン、とベッドに身体ごと跳ね上がり、冬織が俺の上にのしかかる。

「万智、何笑ってんだよ!笑ってないで早く言えよっ!セックスしたのかよ!あんな変態野郎と!なぁ!!」
「っか、はっ…」

呼吸ができなくて、掠れた息みたいな空気が口から漏れる。
首を絞める手は思ったより強く、内臓が吐き出そうなほど喉元をキツく抑えられる。
−−−この時俺は、見誤ってしまったのだ。冬織がそんな短絡的な行動に走るはずがない、と。

「俺よりもアイツを選ぶのかよ!!あんな犯罪者ッ!!」

ぐぎぎぎ、と首の骨まで軋み始める。釣り上がっていた口角は情けなく弛緩し、息を吸いたくて舌を出すほど口が開く。


「っぃ、ふ、ゆっ、り……」
「万智。俺、お前のこと好きなんだよ…。ずっと好きだったんだよ、なんで見てくれないんだよ、なんで逃げるんだよ、なぁ」

その好きな相手の首を絞めている冬織は興奮状態で、俺の首を掴んだままだ。

「俺、お前のためにあんなにしてきたのに。どうして見てくれないんだよ、万智。俺、お前のためだけに、ずっと頑張ってきたのに。……だけど万智はいつも俺をほったらかして、どっかに行く……万智は俺から逃げてばっかりだよね?」


好きだ、と言っている相手にすることが本当にこれなのか。
冬織の首を絞める力で次第に酸欠になって行く。目の前が黒くなり、視界がぼやけ始めて。眼球がどろりと溶ける感覚がした。


「っ万智っ…!」
「ッゲェホ、っうぇ、ごほっ、ごほっ、ぐほっ」

急に開放された気道に勢いよく空気がなだれ込んでくる。その空気の大量吸入に圧迫されたように咳き込んで、口の中からきたない嗚咽が漏れる。

冬織は慌てたように俺を抱きすくめる。

俺の首を無意識に絞めていたことに気づいたようだ。

ガタガタと体が震えて、「ごめんなさいごめんなさい」と冬織が叫んでいる声が聞こえる。

ケホッゲホッと咳を吐きながら俺は静かに息を整えていく。


その冬織の泣きじゃくる声を遠くで聴きながら、俺はぼんやりとこの状況を俯瞰していた。




…おじさんは俺のこと、好きだったのかな?
好きだから、俺の前でオナニーしたのかな?興奮してたもんな。俺が顔を踏んでも興奮してたし、最後まで俺の足の裏舐めてた。

でも、それじゃあなんで俺を殺そうとしてたんだろ。おじさんは、あの時、俺を絶対刺し殺そうとしてた。

スウスウ、と下手くそに息を吸っては、枯れた咳を戻して、呼吸の乱れは整えられていく。


俺の頭の中はどこかストッパーみたいなものが外れてしまっていた。
奥底に埋まっていた自分が顔を出してニタリと笑い出す。



「っけ、は、っけほけほっ…。…っは、はぁ、ふ、はっ……。………あは、あは、あははは、あはははっ」
「…?ま、万智…?」

咳が止まると、次は俺は笑いが止まらない。

突然笑い始めた俺に、冬織は戸惑った声を漏らした。
それでも俺は声を上げて笑っていた。


なんだよそれ。面白すぎるでしょ。笑うしかないじゃん。

だって、冬織もおじさんと一緒なんだもん。凶器を突きつけて、自分の好きなように俺を捕まえて。おじさんと何ら変わらない。
言うのになぜ躊躇ってた必要がある。冬織も同じようにすればいいんだ。


「冬織ぃ…」

俺は不審がる冬織の顔を覗き込みながら笑った。


「俺はおじさんとセックスしたんじゃない。おじさんに殺されかけたんだよ」



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