そのあと、駿喜に風呂場に連れて行かれた。
駿喜は洗い流すから、と俺の身体に触れてくる。
風呂場にまた2人きりでいればそうなるとわかっていたが、俺はもう抵抗する気も起きず、結局風呂場で再度犯された。
身体を清めると、軽い朝食で焼いたトーストだけを食べ、制服に着替えて学校へ登校する。
俺は風呂場に上がった時点から家へ帰りたかったが、駿喜が俺のことをずっと見張っていたため、その機会を逃してしまっていた。
「…駿喜、いい加減手離せよ」
「ゆりちゃん、そのままだと自殺しそうだもん。無理」
「レイプ犯が言う台詞かよ…ッ」
駿喜は俺の言う言葉にピクリ、と眉を動かしたが、それ以降は何も言葉を発さず、ただ俺を掴んだ手をギュッと強く握って歩いていくだけだった。
握られた手はさっきよりも力が強くなっている。
駿喜から腕を振り払おうと暴れてみたが、一向に外れない。
駿喜に引きずられる形で学校へ向かっていくことに俺は恐怖を感じ始めた。こんなことがあって仲良く二人で登校もしたくないし、ヒコたんにどんな顔をして会えばいいのかもわからない。やっぱり行きたくない。逃げたい。
「おまえ、離せッ…!」
「……」
「おい、聞けよ…ッ!!」
「あれ、裕里か?」
突然、後ろから聞き慣れた声がした。
なんでこんなタイミングで…。
ゆっくりと振り向けばそこにはヒコたんが立っていた。
爽やかな顔に穏やかな笑みが浮かんでいる。
ヒコたんの顔を見た途端、なんとも言えない愛しさや安心感、そして今は会いたくなかったと不快感も感じた。
「おはよう。あれ?駿喜もいるのか。駿喜と裕里が一緒だなんて珍しいな」
「実は、昨日雨が凄くてゆりちゃんずぶ濡れになっちゃったから、俺ん家に泊まってたんだよね。だから朝も一緒に家から来たの」
「なッ…!!」
こいつ、なんで今そのことを…!
「おい、駿喜、てめぇ…ッ」
「へえ、そうなのか!裕里、風邪は引かなかったか?」
ヒコたんは駿喜の言っている意図がわかっていないのか、泊まったことなどには突っ込んで来ず俺の顔を覗き込んでくる。
ヒコたんの顔が急にアップになり、俺は気まずさから思わずヒコたんから目を逸らす。
「…うん、大丈夫」
「そうか。まあ気をつけるんだぞ、裕里は身体弱いから」
心配そうにするヒコたんにジリジリと心が追い詰められていく感覚がした。
なんで駿喜はヒコたんに昨日のことを言ったのか。
もしかして、駿喜は俺らがしたことをヒコたんにバラそうとしているのだろうか。
たしかに駿喜はヒコたんに対して出し抜いてやりたいという発言をしていた。俺とヒコたんの関係をめちゃくちゃにしたいのかもしれない。それなら、俺らの昨日の出来事を告げ口する可能性がある。
その考えがよぎると、俺は急いで奴の首元を掴み上げ、ヒコたんに聞こえないよう、声をなるべく殺しながら駿喜に食って掛かった。
「おまえッ、昨日のこと言ったら殺すからなッ…!」
「は、なに?もしかして、雅彦に知られたくないの?まあ、そう言うなら俺は別にいいけど。でも、君ら付き合ってないんだからこれって個人の勝手じゃない?それとも、雅彦以外と寝たことを知られて嫌われるのが怖いの?それなら、俺と付き合って正当化する?」
「はぁッ!?揶揄ってるつもり!?おまえ、俺のこと馬鹿にするのもいい加減にしろよッ!!」
最後の方は思わず声がデカくなってしまった。
しかし、駿喜は余裕の笑みでこちらを見下ろしているだけだ。ますます腹が立ってきて、さらに罵倒しようとした時だ。
「裕里も駿喜と仲良くなったんだな。よかった」
ヒコたんはそう言ってニコリと微笑んだ。
俺はその様子にズキリと心臓が痛み、駿喜を掴む手を離してしまった。
(ヒコたん、ごめん、俺はこいつと…)
ヒコたんは俺らがやったことを何も知らないでそう笑っている。自分がやってしまったことの過ちと隠していることでのヒコたんへの罪悪感に苦しくなる。
また、それと同時に俺が駿喜と関係が近づいていることに、ヒコたんは猜疑心や嫉妬心と言ったものは何も感じていないことにも絶望した。
昨夜のことを思い出し、叫び出したいと同時に、目の前がクラクラとしてくる。
一瞬立ちくらみがし、身体が傾いた。
ーーーしかし、倒れ込む前に何かが俺の腕を掴む。
「ゆりちゃん」
上を見上げれば、駿喜がこちらを見ていた。
ああ、夢じゃないんだ。
そう、ただ思い知らされた。
「ヒコたん……、ちょっと駿喜とまだ話あるから…先、行ってて…」
「?そうか?そうしたら先に教室に行ってるぞ」
いつもなら喜んでついていく俺が渋ったから不思議がった顔をするヒコたん。
しかし、ニコッと笑って、「またあとでな」と肩を叩かれた。
「…っ…!」
ヒコたん、ヒコたん、ヒコたんヒコたんヒコたんヒコたんヒコたんヒコたん…!
…………ごめん、ヒコたん。
胸がキツくてキツくて涙が出そうになり、目の奥がジンジンと痛む。
でも、俺はここで泣く権利はない。俺はヒコたんを裏切ってしまったから。
ヒコたんは遠くへ行って気配がなくなった。
「…おまえ、ヒコたんをどうしたいの。何が目的なの」
声が震えた。それでも、俺は精一杯駿喜を睨む。
一方駿喜は俺の手首を掴んだまま、ニコリと微笑んだ。
「どうもしないけど?ただ雅彦のものをとってみたかっただけ」
「それじゃ、ヒコたんのことが嫌いなの…ッ!?」
「俺は雅彦のこと、嫌いじゃないよ」
駿喜に手首をグッと掴まれ、捻りあげられる。
言い返す間もなく、突然の痛みで、顔が思わず歪んだ。その隙に駿喜の顔がグッと近づく。
駿喜の光のない茶色い瞳がジロリと俺を見た。
「ゆりちゃんのことも嫌いじゃないよ」
目を細めて笑う駿喜に、目を見開く。
様々な感情…動揺、嫌悪、憎悪、恐怖……それらが心の中で激しく混ざり合う。
「……俺はお前のこと嫌いだ…!」
「へえ、生意気」
こいつなんて嫌いだ、絶対に、絶対に許さない。
悔しさに震える俺の唇に駿喜はまた口付けた。
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