聖は俺の顎を掴み、そのまま口を開かせる。
再度降ってくるキスに吐き気がする。口内に舌を入れて、内頬や歯筋までベロリベロリと舐め上げられるが、そこに気持ちを伴った快感さはなく、気分悪さしかない。
キスの方に気を取られていると、するりと手がシャツの隙間から入ってくる。
「っ、な、なにしてっ…!」
大声で叫ぶが、聖の手は止まらず、するりするりと肌を撫でていく。
「全部俺の痕がつけばいいのに」
聖の長い爪が、キッと腹部の肌に食い込む。
「いっ…!!」
傷痕を深くするように刃を突き立て、引っ掻く。
「っあ"ッ"…!!」
「ゆりが悪いんだからね。俺のこといつも無視してさ」
「本当許せない」
ギリギリと痛みがさらに強くなる。
聖は恨み辛みをぶつけるように俺の身体へ傷をつける。
苦しくてもがく声しか上がらない。
「う"、っあ"あ"…ッ!」
「ゆりー、痛そうだね?でも気持ちいいでしょ?こっち、勃ってこない?」
聖はそう言って、スッと股間に手を伸ばしてきた。
「ッあ"ッ、やめ、やめろッ」
「なんで?気持ちいいよね?気持ちいいでしょ?」
そう言った聖は萎えている俺の股間を鷲掴み手の腹で刺激を与えてくる。しかし、勝手に触られるその感覚が気持ち悪くて仕方ない。無理矢理にでも俺のちんこを勃たせようと服越しに先端を狙ってくる。
「っ、ほんとにっ、やめろよ、ッばかッ」
「ゆり、そんな言葉聞きたくないんだけど?」
「うるせえッ、はなせよッ」
「ゆり、気持ちいいよね?」
気持ちよくなんてねえよ!
そう叫びたくとも、無理矢理ズボンの中に手を突っ込んだ聖が俺の性器を素手で握って、息を飲み込んでしまう。
「あ"ッ、や、やだって、ねえッ、あ"あ"ッ」
「ゆりの小さいね。早くおっきくして気持ちよくしてあげるね」
ベロベロと唇を舐められ吐き気がしてきそうだ。聖は唾液などで濡らしもせず俺のちんこを握っては、無理矢理擦り上げたり、皮剥いて溝をぐりぐりとなぞりあげる。
触り方が気持ち悪い!
ヒコたんはこんな触り方しない!そもそもちんこを触ってもらったこともほぼないけども!
ヒコたんと違う手というだけ悪寒がせり上げ、ベタベタ這い回る手を払い除けてやりたい。
でも、暴れようとする前に聖のでかい身体は俺を抱きこんでしまい、グッと潰すように性器を握り込まれては逆らうことができない。
グニグニ、グチグチ、と聖は俺のちんこを握っては擦りあげた。
「ゆり、気持ちいい?気持ちいいよね?ね?」
気持ちよくない。気持ちよくない…ッ。
わずかな刺激にちんこは柔らかく芯を持ち始めているが、それでも嫌悪感からか完璧に立ち上がることはない。
息を殺して耐えていた時、ちんこを触っていた聖の手が後ろへ回った。
後穴にぞわりッ、と指でなぞりあげられる。
−−−そこに触られるのは一番許せなかった。
「やめろおッ!クソ野郎!てめえ何してんだよ!お前なんか死にやがれッ!!!」
「は?今なんて言った?」
「死ねッ!気色悪りぃって言ってんだよ、メンヘラがッ!!!」
怒りと嫌悪感がマックスまできていた。聖の顔を前にして、俺は真正面にそう大声で叫びあげる。
聖の手がピタッと一瞬止まり、俺はアナルに指を入れようとする聖の手を必死に剥がそうとしたその途端、唐突にもう一方の空いた手で頬骨をギリッと掴まれた。突然のことに動きを阻まれてしまう。
「おい。ゆり、今気色悪いって言った?気持ち悪いって言った?俺のこと拒絶した?ゆりが?それ、本気で言ってる?まだわからないの?あたま馬鹿すぎるの?ゆり?死ぬのはてめえだぞ?」
目に、聖の目ん玉がくっつくんじゃないかって距離で覗き込まれる。近すぎて、目の奥の深みのある水晶が濁って見える。
首を絞められたようにその瞬間呼吸ができない俺は、身体を硬めることしかできない。
絡めとるような聖の視線が気持ち悪くて怖い。目に見えない圧に息を詰まらせていると、フッ、と聖の息がかかった。
その一瞬の間、俺は聖にガッと足を掴まれ、大きく脚を開かれる。
身体を無理矢理ひっくり返され、聖が背中から抱きこんできた。
なんだ、と思う暇もない。聖は腰の方に手を回し俺のベルトをガチャガチャと乱雑に外そうとベルトに指を絡める。俺の衣服を脱がそうとしている。そして、同時に聖の方からもガチャガチャとベルトを外す音が聞こえてきた。
(やめろやめろやめろやめろやめろッ!!!!)
頭の中は警告音で鳴り響き、これは本気だレイプされると脳内で喚き立てている。
聖がより身体に覆い被さってくる。
自分のベルトが外れ、ズボンから下着を引き抜こうとされた時、血液がドッと全身を駆け巡った。
「うわああああああッ!!」
俺はもう、無我夢中で聖の腹を肘を使って殴った。
「ッグァッ!」
俺を脱がすことに夢中だった聖は攻撃がまともに腹へ入ったようで、めり込んだ痛みにわずかに隙ができる。
蹲る聖から抜け出すと急いで俺はカバンの方へ駆け寄り、聖から遠ざかるようにして震える足で逃げ出した。
「ゆりぃぃい!!!」
地響くように聞こえる聖の怒号。
しかし、足が慄くも無理矢理奮い立たせて俺は学校から飛び出した。
******
聖に捕まらないよう、遠く遠くへ逃げる。
なるべく外へ逃げたが、まだ追ってくるかもしれない。
午後から土砂降りだった雨は緩むはずもなく、強く降り続いていた。
「っはぁ、はあ、はあっ…」
足がガクガクと震える。息を整えるため、物陰に隠れ座りこむ。
雨でびしゃびしゃになっていくズボンから携帯を取り出し、一応周りを確認しながら、電話をかける。
(ヒコたん、助けて!)
しかし、長いコール音だけしか聞こえてこない。
「ひこたん、ひこたん、出てよっ…!!」
そう願っては叫ぶ。何度も何度もかけては、コール音を聞き続けた。
それでも、出てくれると信じてかけ続ける。
……だが、結局ヒコたんが電話に出ることはなかった。
「う"っ、う"ぉ"ぇ"っ」
唐突に胃からせり上げてくる苦味。
聖に追い詰められて怪我を負わされたことに、精神的ショックがデカすぎたのだ。
こんなところで吐くわけにはいかないと、嘔吐感を必死に押し殺し、前に進み出す。
薄ぺらい胸に握りしめた拳を当てればドクドクと心臓が嫌な音を立て、雨はザァザァッと勢いを増して肌に叩きつける。
「ヒッ、コた、ん、助けて、助けてよぉ、ねえ…ッ」
地面に蹲って座り込む俺は傘なんて放り捨ててきてしまった。背中や首にバチバチと激しい雨粒が打ちつけられる。
しかし、それでも、誰も助けてなんてくれない。
ヒコたんでさえ。