ツゥーッと聖の手の甲が赤い線を引く。
「っは、ひ、ィッ」
手を開ければカッターは手元からすり抜け、落としてしまう。
自分を傷つけたことがあったとしても他人を傷つけたことは今まで一度もない。
やってしまった、という焦りと人を傷つけた罪悪感で脳みそがグルグルと混乱する。早く逃げた方がいいのに、震えは身体全身に行き渡り、立っているのもやっとだ。
「ゆりとおそろいだね…」
「っあ、は、はなせっ…」
「やだ。ゆりも気持ちよくなろ?わかるでしょ?リスカ気持ちいいって。ゆりならわかってくれると思ってたんだ」
そう言った聖は落ちたカッターを拾い上げて、さぁと次は手首に押し当ててくる。
奴は勝手に話を完結させて、自分の手首に傷をつけさせるのだ。
「次はゆりの番」
聖は俺にカッターを押し付けてくる。血は払ったのか、鋭い鋼色の刃が見えている。
恐怖心で応えることもできずただただ震えてしまう。そんな俺を見かねて聖は顔を覗き込んでくる。
「ゆり?しないの?すっごく気持ちいいよ?もしやらないなら、俺がしてあげよっか」
聖が俺の震える左手を掴んで、右手からカッターを奪う。聖は優雅になれた手つきで、血脈を抑え、左手に向かってまた刃を立てようとする。かなりの出血量をやる気だ。
頭の中で警報が鳴り響く。
これ以上はだめだ。死んで、死んでしまう。
キャパオーバーを超えかけた俺は思わず叫んだ。
「っ、やめろっ!嫌いだッ!!こんなの気持ちよくなんてない!」
驚いて隙ができた聖から急いで手首を引っ込め、後ろに隠す。運良く刃は当たらず、今回は切られなかった。
しかし、俺のそんな態度に聖は引き下がらない
「うそだよね?ゆり」
「嫌いだっ!痛いし、汚いし、気分悪くなる!」
「痛い?気持ちよくない?嘘だ、ゆりだってリスカしてたじゃん。いっぱい切って、いつもSNSに上げて…見て欲しかったんでしょ?誰かとこの気持ち、共有したかったんでしょ?」
違う、何か勘違いしている。
たしかに昔はリスカの写真をSNSに上げて、承認欲求を満たそうとしていた。でも、それは構って欲しかっただけ。誰かに心配されたかっただけだ。リスカなんて嫌いだ。痛いし、俺は血を見たって何も感じない。
お前は勘違いしている。
そう言おうと口を開いたが、聖の顔がグッと近づき、唇を塞がれる。
「だから、俺、ゆりのこともっと好きになれたのに」
ギリッと肩を掴まれた。
「俺の気持ち分かってくれるの、ゆりだけだと思ったのに」
逃がさないとでもいうように聖は顔をグッと近づけ、俺の目を覗き込む。
「俺のこと拒んだら、ゆりを殺して俺も死ぬから」
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